お嬢様ごめんなさい、今日も別の女に抱かれました……

伊藤着

プロローグ

第1話 ニコ様には言わないでください



「ほ、本当に良いの……こんなこと、してさ」

「……俺から誘ったんです。良いに、決まってますよ」



 学園の寮に、どこか熱を帯びた声が響く。

 窓から差し込む陽光は赤みの強い黄色。まだ夕方と呼べる時間帯。

 男の声に、女はゴクリと唾を飲み込んだ。



「でも、絶対に誰にも言わないでくださいね?契約魔法も使ってもらうから」

「う、うん!言わない言わない!絶対に言わないよ!」



 首をカクカクと動かし、女、『シャイア』は首肯する。

 ダークエルフの彼女の髪は白く、肌は褐色。

 宝石のように輝く赤い瞳は、これからのことを期待してかジワッと潤んでいる。



「ううっ……まさか、こんなブサイクなアタシに、こんなチャンスが来るなんて」


「……」



 男、『シモン』はそれを見て。



『めっちゃ可愛い女の子なのになぁ……』



 と、この世界に転移して何度目か分からない疑問を内心で思う。



 男はシャイアの顔と身体をマジマジと眺める。

 彼女の顔はまるで少女モデルのように整っている。鼻筋が通っていて、目はパッチリ、それでいてクドくない。

 戦士である彼女は、元の世界で言うところの剣道少女のような、どこか爽やかな雰囲気を持っている。

 体型はスレンダー。

 歳の頃にしては高い身長を持ち、胸は控えめで尻は少し大きい。


 現代日本の視点では、とても美しい少女だ。

 そんな少女をこれから抱けると思うだけで、男の股ぐらはいきり立つ。

 早くやらせろと、語りかけるかのように。



 しかしながら男は美しいと感じる少女は、この世界では《醜い》とされていた。



 シモンから見るとブサイクな顔が、この世界では美しい顔であり。巨体のデブなどが、この世の理想的な体型と言われている。

 彼からすれば腑に落ちないものではあるが、それのお陰で役得にありつけるのだから、有り難くもあった。



「じゃあ、シャワーあびましょうか」



 シャイアは、ただコクコクと頭を縦に振った。




 ◇




「ご、ごめんね……」

「? なにが?」



 俺が脱衣所で服を脱いでいると、彼女は何故か俺に謝ってきた。

『ごめん』

 その意味がわからず、たまらず疑問を投げかける。

 すると彼女はビクンと身体を固くした。



「そ、その。アタシこんな顔だから……身体くらいは、綺麗に見せたくて、その、だから」



 何かを言い訳するように言葉を並べるシャイア。

 だが、俺が黙って見ていると耐えかねたように服を脱ぎ始めた。



「なるほどね」



 彼女が制服に隠していたもの。

 それは胸にグルグルと巻かれたサラシと、それに隠された美乳。

 美醜逆転世界においては、均整の取れた身体は醜いとされる。だから、彼女は隠していたのだろう。



「ごめんっ、……やっぱ駄目だよな、こんな顔も身体もヤバいヤツ。……あはは、ごめん、帰るね」


「待って」



 シャイアは脱いだ制服をガッと掴むと、背を向けて走り出そうとする。

 慌てて俺は彼女の肩を掴んだ。



「俺は、嫌いじゃないよ。その身体も、顔も。……嫌じゃないからやってるんだ」


「えっ……」


「それに、君がお嬢様に協力してくれたら俺は嬉しい。だから、改めて提案なんだけど」





「抱かせて上げる代わりに、お嬢様とこれからもパーティを組んでくれないかな?」



 ◇




『ウソ、本当に、アタシで勃起してる…………?』



『全然痛くないっ♡頭焼けるくらい気持ちいいっ♡』



『中に出してっ♡、ハーフエルフ産ませてぇ!』




 ◇




「ふぅ……良かったよ」

「あ、ありがとうございまひたぁ……♡」



 行為を終えた俺達はドロドロの身体で抱き合った。

 少し身体を動かしただけで、腰のあたりからニチャニチャとした感触が返ってくる。

 思わず、眉を顰めてしまう。


(……後で掃除しないといけないな、バレたら一大事だ)


 そんな後処理のことを考えていると、吐息がかかるほど近くの少女は不安げに俺に話しかけてきた。



「……また、会ってくれる?」


「もちろん、でも分かってるとは思うけど……」


「うん、『ニコ』とはパーティを続ける。別の人と組んだりしない……」


「よろしい、じゃあこれからも、……ヤらせてあげる」



 ほんの少しだけ、首を傾ける。

 目と鼻の先にある彼女の方へと。



「あっ♡」



 ちゅっ……。



「じゃあ、これからも《お嬢様》をよろしくね」




 ◇



「し、シモ〜ン。どうしよう、シャイアがパーティを抜けるなんて……ボク、このままじゃ赤点になっちゃうよ〜」



 学園に備え付けられた寮の一室に、情けない涙声が響く。

 声の主は『ニコ』

 金髪のショートカットが可愛らしい、ハイエルフの貴族様であり、俺の御主人様でもあった。



「なんでダンジョン攻略の課題が出る時期に戦士をスカウトするんだよ〜!他の皆もシャイアが抜けるなら辞めるって言うしさ〜!」


「大丈夫ですよ、お嬢様」


「なにが大丈夫なのさっ!もし赤点になったら、シモンにかまけて成績が落ちたなんて言われて、シモンは家に戻らないといけないんだぞっ!ボクはシモンが近くにいてくれないと我慢出来ないよぉっ!」



 数年前、この世界に転移した俺を拾ってくれた、ニコお嬢様の一家。

 彼女達に拾われたことは、俺にとって大変な幸運であった。


 だって彼女は、めちゃくちゃ可愛い。


 絹糸のような、サラサラとした金髪のショートカット。パッチリと開いた翠の瞳。光を反射する輝く白い肌。エルフである彼女の耳は尖っており、時折感情に合わせてピョコピョコと動く。


 お嬢様を初めて見た時は、こんなに可愛い子がいるのかと驚いたほどだった。

 しかしながら、この世界は美醜逆転世界。俺から見て可愛いということは、この世界では大変なブスになる。


 ブスという理由でニコお嬢様はあまり人には好かれない。

 しかし、だからこそ俺のように隔意を持たない人間に対してはすぐに懐いてくれた。



 今となってはあんなに可愛い子から、依存に近いほど愛情を向けられている。

 その上、学園の寮の中とは言え、同棲に近いような生活。俺に文句なんて、あろうはずがない。

 ずっとこんな生活で良い、いやこんな生活が良い。まさに、夢のような暮らしである。


 しかしながら、この生活を続けていくためには、いくつか解決が必要な問題が起きていた。




 まず1つ目。

 『ニコ様が駄目人間になりつつあること』


 入学に合わせ、ご当主様の反対を振り切って俺を学園に連れてきたニコ様。

 彼女は夜な夜な俺にマッサージをさせたり、お風呂で戯れたり、添い寝させたり。

 国の中枢を教育するための学園で、宿題もせずにそんなことばかりをしているものだから、成績がボロボロになっている。


 ニコ様のお母様、ご当主様もそれを強く懸念していて。

 だから、先日の帰省の時に条件をつけたのだ。



『もしも、これから一度でも赤点をとったならシモンくんはニコから取り上げます、私のお付きに変えるからね♪』



 ご当主様の言葉は、お嬢様の心を入れ替えさせた。放課後になるとニコお嬢様は、一人で運動場や机に向かうようになった。

 見たことのないほど、切羽詰まった顔をしながら頑張るお嬢様。しかしながら、これまでの負債を返しきれていない。というのが現状である。



 そして2つ目。

『学園の仲間がパーティを抜けると言い出したこと』


 ニコ様が通う学園では、ダンジョン攻略という授業がある。

 4人一組でパーティを作り、学園に存在するダンジョンを攻略する。という授業だが。

 ニコのパーティに入っていた戦士役のシャイアが他のパーティにスカウトされたため、『パーティを抜ける』と言い出したのだ。


 ニコのパーティは、足手まといであるニコを、他の3人でカバーするような体制。

 当然、シャイアが抜ければパーティが瓦解することは目に見えていた。


 彼女が抜ければ、ニコお嬢様は赤点を免れないだろう。

 しかし、頑張り始めたお嬢様がこんなことで赤点になるというのは忍びない。

 だから、俺は身体を売ってシャイアを引き止めることにしたのだ。



「大丈夫ですよ……さっきシャイアと会いましたが、やはりパーティに残ると言ってましたから。考え直したんでしょう」


「えっ!?本当!?……やったーーーーっっ!!!」



 ニコお嬢様は飛び跳ねるように喜び、俺に抱きついてくる。



「これでなんとかなるっ!シモンっ!これからも一緒だからねぇっ!」


「ええ、そうだと良いですね。だから、頑張ってくださいね」


「うんっ!!!……………あれっ?シモン、なんか匂わない?」




「…………ちょっと、汗を掻く仕事をしていたものですから」



 まっすぐにこちらを見つめるお嬢様の瞳。

 何故かそのキラキラとした瞳に見つめられると、居心地が悪くなってしまった。


 ごめんねお嬢様。

 君のためでもあるから、許してね。


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