第34話 『まだ好きなんじゃないの』?……ははっ、ないない!


 アタシ、シャイアの一日は、朝日が昇る前から始まる。辺りがまだ暗い時間帯に、のそりと起き上がり。訓練で痛みの残る身体に鞭を打ちながら、朝の準備。


 ブサイクのアタシは化粧なんてしないから、その分だけ時間は浮いてはいるけれど。

 何事にも最低限、ってものはある。



(これだけは、やっとかないと……)



 ロクに、飯も食わず。

 アタシは上半身を露わにすると、洗っておいた帯状の白い布を胸を隠すように巻いていく。

 年に見合わぬほど育ってしまった胸を隠すように。できるだけ、小さく見せるように、グルグルと。


 1年前はまだ、膨らみかけ。といった可愛らしいものだったんだけど。今では、笑えないほど大きくなってしまった。胸が大きい人が嫌われるこの世界では、致命傷と呼べるほどに。

 最低限これくらいしておかねば、少ないながら存在する男子生徒達から、冷たい視線を浴びることになるだろう。



(はぁ…………)



 とはいえ、毎日やるのは中々にめんどくさい。

 だからこそ、考えてしまうこともある。

 別に、男子から嫌われてもよくない?と。別に彼氏を作りたくて学園に来ているわけではない。

 それに、学園の男子なんて子供っぽいし、ブサイクのクセに高慢ちきばかり。全然、好きになれない。

 だから別に、嫌われても構わない。


 アタシは、スベリアと共に『魔王』と『四天王』になるために、ここにいる。なのに、毎日サラシを巻いている、この時間は非効率。やめてもいいはずなのだ。



 ……そのはず、なのに。

 サラシを巻かずに、扉を出ようとすると身体が硬くなって動けなくなってしまうのは、なぜだろう?

 明日こそ巻かずに出ていくぞ!と気合を入れて寝ても、そればかりが気になって少しも眠れない。


 毎日、少し早起きしてまで、訓練中に息苦しくしてまでも。アタシは少しでも自分を綺麗に見せるため、胸にサラシを巻き続ける。

 そのことが、自分でも不思議だった。



(もう、アタシには。

 綺麗に見せたい相手なんて、居ないのにね……)



 なのに、なんでなんだろう……。

 ああもう、クソッ……!



「……あああぁっー!!!」



 その、答えに行き着きそうになってしまって。込み上がる感情を発散するように、小さく咆哮した。


 ハッ、と。

 叫んだ分の羞恥は一拍遅れてやってきた。朝から、何やってんだ、アタシは……。恥ずかしさを忘れるため、また叫びたくなるが、グッと拳を握ることで回避する。


 ここは一人部屋ではない。相部屋の住人とは仲良くやっているつもりだが、朝っぱらから叫ぶなんて非常識にもほどがある。幸いにも、先ほどの声では起きなかったようだが、起きていたら厄介なことになっただろう。


 アタシは手早く水だけ飲んで、気を紛らわすかのように日課の訓練に向かった。




 ◇




 朝起きてから、3時間。

 眠気覚ましの訓練を終わらせたアタシは、教室でコックリコックリと船を漕いでいた。


 いけない、いけない。と必死で頭を振るけれど。またユラリと崩れ落ちそうになる。

 ……なにせ、今日の課題は『帝王学』。

 魔王を目指すスベリアならば、ともかく。

 力だけで四天王になることを目指すアタシが聞いても、ソレ役立つの?との思いが拭い切れない。

 四天王になったら、雑務は部下にやらせるつもりだし。ソレが四天王のスタンダード。

 自領の統治から四天王業までこなす、あの鬼ババ、……いや、ドロシーさんが異常なのだ。



「寝てはいけませんわよ?」


「……はいはい」



 右隣に座るスベリアが、凍える視線で睨みつけてくるから仕方なく聞きはするけれど。やっぱりアタシには関係のない世界に感じてしまう。

 まあ、赤点取らない程度に頑張るわ……。




「すーっ……!ぐぅーっ……!すぴぃー……!」


「「……はぁ」」



 しかし、授業中に枕を持参して眠る、この馬鹿は聞いてなくていいのかな……?


 ドロシー様が四天王を退いても、ノーヴィ家の領地自体は残る。この無能ちゃんが将来生きていくためには、親から貰った領地を上手いこと運営する以外やっていけないと思うのだが……。



「んぐぐ、ぐぉーっ……!ぐーっ……!」



 最早、教師からは匙を投げられ。

 うるさいから、せめて枕に突っ伏して眠ってくれないか?と言われるほどに諦められている。


 当初は、慣れぬ訓練に付き合って貰ってるから疲れてるんだろう。なんて引け目もあってスベリアも強く言えなかったけど。もう、数ヶ月経つんだぞ?ニコ、流石に、お前さぁ……。



「スベリア、アイツは、いいの?」


「…………今さら、勉強しても追いつけないでしょ。まぁ、不幸中の幸いですが、アイツも強くなってきてます。今度開かれる体育祭で好成績を修めれば、筆記の免除がつきますから、なんとかなりますわ」


「……そう、ね。体育祭ならアタシ達でカバーもできるしねー。そうだ、そうだ……」







(何でアタシが、コイツの手伝いしてんだ……)



 なんて、不意に襲ってくる心の声にも、もう慣れてしまった。なにせ、ここ数ヶ月。毎日、ニコのブサイクな寝顔を見る度に、疑問を抱いているのだから。


 ニコが、アタシ達にとって必要。

 魔王になるためには、都合の良い存在。

 それは、いい。だから許す。

 パーティに入ることも許容する、我慢する。


 でも、シモンさんは。憧れの、あの人は。

 怠惰なニコには、相応しくない。

 そこだけは、譲り難いのだ。


 いや、別にアタシは、シモンさんと付き合いたいだなんて思っているわけではない。

 そんなこと思っていい立場でもないし、自惚れられるような外見もしていない。

 だから、ノーヴィ家を出てすぐに、アタシは諦めた。

 そう、諦めた。諦めたんだ……。


 でもーーー。



(アイツでいいなら、スベリアのが良くない!?)



 アタシは無理でも、愛すべき心友ならば。そんな思いが拭い切れない。

 大金持ちで、胸もそこまで大きく育っておらず、頭脳明晰、文武両道、成績優秀、将来魔王。


 そんな、スベリアが。あんなニコ如きを相手にして諦めているのが、悔しくて仕方ない。


 アタシから見ても、スベリアは良い奴だ。

 貧乏なアタシを買ってくれて、未だ根深く差別される『ダークエルフ』の復権のため、魔王になるなんて希望に満ちた夢を見せてくれた。


 確かに、アタシ達はシモンさんが純粋なのを良いことに、弄んだという負い目はあるけれど……。


 アンタは、戦えるスペックがあるじゃないの。

 なんで、ニコが狙ってるってだけで諦めてんのよ。アンタなら、可能性あるのに……。

 そんなアッサリ、諦めるの?諦められるの?


 アタシは、……。



 グルグルと廻る、不満。

 でも、すでに決まったことだ。今さら不満を伝えるくらいならば、しっかりと自らで考えて、ニコを参加させるかの会議の時に言うべきだったのだ。

 考えることを放棄したアタシに、今さら不満を言う権利なんてない。


 だから、心の底に残る不純物をこそぎ落としながら、それを捨てるようにアタシは笑った。



「……ま、アタシ達が魔王になるためだし、仕方ないわねぇ!体育祭で頑張りましょ!」


「……ええ、そうですわね。こんなところで躓くわけにはいきませんから、頑張りましょう」



「ふごーっ……!ふごっ……!ずー……」



「「…………」」



 また湧き上がる不満を殺すため、アタシは左側を見ないようにして、退屈な授業に集中する。

 もう、眠気は消えていた。

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