第35話 嫌われちゃったかな……?



「…………」



 アタシ、シャイアは共用のクローゼットを眺め、呆然としたまま動けずにいた。

 辺りはまだ仄暗い朝方。同室の友人に見られたら面倒なことになるのに、そんなことにも意識も向けられず、もう30分はこうしている気がする。


 発端は、昨日授業で言われたこと。

『明日の授業では、皆さんに奉仕する側の立場に立って授業をしてもらいます。メイド服や執事服を用意しておきなさい』

 教師からそんなことを言われたためであった。


 今日の授業のために、メイド服が必要。

 もちろんソレはアタシにだってある。持っている。

 親から貰った、お下がりのメイド服。

 ……そして、以前ドロシーに破かれて、シモンさんに直して貰ったものが。



「…………………」



 少し手を震わせながら、クローゼットの奥。そのまた奥に隠すようにして入れたメイド服を取り出す。


 このメイド服はアタシにとって、大切なもの。

 学園などで稀にある、今回のような奉仕授業で使うため、本来メイド服などを用意しないといけないのだが。貧乏な家庭のアタシには、ソレの用意すら重い負担だった。


 だから、そういう授業の時は家族には黙って、教師に頭を下げて、下げまくって。

 なんとか、メイド服を貸してもらうんだ。


『こんなのも用意できないなら、もう学園に通わないほうがいいのでは?』


 なんて、お小言を受けながら。




『……シャイア。

 なにか、困っていることはないかしら?』


 きっと、言えばスベリアは助けてくれたんだろう。

 彼女からしたら、メイド服なんて端金で買える代物。特に負担もなく、願えば、買ってもらえる。

 ーーーでも、助けてもらったらアタシは、これからもスベリアを純粋に友達と呼べるのだろうか?

 アタシがスベリアと仲良くなったのは、下心があったから、ではない。単純に、偶然。


 スベリアの友達であるアタシは、彼女が金目当ての人間たちに近づかれ辟易しているところを見ている。

 アタシも、そんな奴らと一緒になるのは、どうしても許せなくて、結局スベリアには頼れなかった。



 そんな、鬱屈とした、やり場のない苦々しさを抱えている時。初等学校を卒業したアタシは、誕生日を迎えた。

 アタシにとっては、豆のスープに肉の細切れが入る、ちょっとだけ家族が優しくしてくれる日。……正直、誕生日なんて、惨めになるから好きではなかった。

 けれど、その日は。生まれて初めて、『誕生日プレゼント』なるものを母さんに貰った。


 それが、このメイド服。


 ダルダルで、どう考えても母さんが使ってたであろう、背の小さかった中等学校時代のアタシには早すぎる代物。そんな物でも、涙が出るほど嬉しかった。


 メイド服が必要になる度、これを使って。

 注意されても、知らん顔。あんまり言ってくる奴には実力で黙らした。アタシにとってコレは思い出の品。それを汚そうとする奴は許せないのだ。


 だから、ドロシーに楯突いた時、ボロ切れにされた時は悲しくて泣いて。

 そして、それをシモンさんに直してもらった時は、心が張り裂けそうなほど嬉しかった。



 色々あったノーヴィ家での一件を経ても尚、アタシにとっては大事なものなのだ。


 それなのに……。

 今は、手が止まってしまう。


 コレを使おうとすると、アタシの身体は途端に重くなり、心がズンと、沈んでいく気がする。

 前は、こんな筈ではなかった。コレを大切に思っていたし、着れるだけで嬉しかったのに……。

 なんでだろね……。



 変わっていく、自分。

 この感情に、もしも名前がついたならば。

 自分を嫌いになりそうで。現状に耐えきれそうになくて。



(あー、体育祭楽しみだなー……!)



 アタシは必死に別のことを考えて、その感情から目をそらしていた。






 ◇




「んふー……!」


「お嬢様、服にシワがついちゃうから、やめてください」



 執事服、以外の服を着るのも久しぶりな気がする。

 いや、寝る時はラフな格好をしているのだが。

 私服を着て外出するのは、とても久しぶりだ。



「シモン、今日はボクが奉仕してあげるからねぇ~!」


「まったく……」



 奉仕、なんてのたまう彼女だが。

 言動に行動が見合っておらず、俺の胸に顔を埋めいつもの様にグリグリを頭を動かしていた。

 今日は奉仕授業ということで、お嬢様が奉仕する相手として俺が選ばれた訳だが。メイド服を着たお嬢様は格好が違うだけで、いつもと一緒。

 あまり、真面目にやる気はないようだった。



「そろそろ行きますよ、お嬢様」


「もう少し、いいじゃん!

 もうしばらく私服のシモンを堪能するのっ!」



 顔を赤らめ、にしし、と歯を見せて笑う彼女。

 楽しげな表情に合わせ、ピコピコと動く耳がとても可愛らしい。お嬢様の言うことならば、なんでもワガママを聞いてしまいそうになる。



「いいから、行くよ」


「ああっ、耳はダメっ♡」



 しかし、今日は授業。

 俺は心を鬼にして、お嬢様の耳を引っ張るように指定の教室まで連れて行った。




 ◇




「おっ、シャイアじゃないか!久しぶり」


「えっ!?うっ、うん…………ひ、久しぶりぃ」



 耳を摘むようにして、メイド服のお嬢様を連れて行った先には、またメイド服を着た知り合いのダークエルフ少女、シャイアがいた。

 彼女は、一瞬俯いて暗い顔になるが、すぐに笑みを浮かべコチラに手を振ってくる。

 けれど、その表情はどこかぎこちなかった。



「あー、そう言えば、ちゃんと挨拶できてなかったよね?お嬢様も世話になってる訳だし、改めてよろしくね」


「…………うん、よろしくー…………」



 嬉しくない。会いたくなかった。

 彼女の顔には、そんな感情がありありと書いているようで。少しだけ、傷ついてしまう。


 ……俺からすれば、ノーヴィ家に来た彼女達に教育をしてる時は、とても楽しくて。それなり仲良くやれていた。なんて、思っていたんだけど。

 彼女からすれば、口うるさい元上司に見えているんだろうか?仲良くやりたいんだけど、難しいのかな。

 それとも、スベリアを相手にするように、敬語を使ったほうがいいだろうか?



「し、シモンっ!いい加減はなしてよぉっ♡」


「あぁっ、お嬢様すみません」



 俺が考え込んでいると、俺の右手の中にある耳がピコピコと上下に動き不満を訴えてくる。

 話すのに夢中で忘れてしまっていた。

 慌ててパッと、尖った耳から指を離す。




「も~♡本当はダメなんだかんね!

 エルフの耳は大事なんだからっ!」


「はは、すみません。便利だから、つい」


「もうっ、こいつぅ~♡」




 少し怒ったように、甘えるように。

 またお嬢様は俺の胸に顔をうずめだす。

 ……他人の前ではやるなって言ったのに、まったく。執事に甘えるところなんて、人に見られたら恥ずかしいだろうに。



「うりうり〜♡」


「もー、やめましょうよ」



 ここは、いつもの自室とは違って公衆の面前。

 少し周囲の人目が気になって、辺りを見渡す。

 一人、二人、三人、四人。

 全員が、こちらを見ている。結構マジマジと。

 そりゃ、教室で抱き合ってたらそうなるか……。


 しかし、注目はされてはいるが、そこまで人数が多くないのは不幸中の幸いだ。

 まだ授業前で人が少なくてよかった。


 ……ん?あれ?





「シャイア、どこいった……?」





 先ほどまで、話していた少女。

 メイド服を着たダークエルフの女の子は、気がつけばいなくなっていた。




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