第3話 お嬢様に、言わなくて良いんでしょうか?



「シモンくんっ!今日からここがアナタの家よぉっ!」



 結局、ドロシーさんにお世話になることになった。


 あの後、ドロシーさんから暴走したことを謝られたり。

 甘い雰囲気でピロートークを交わしたり。

 俺が異世界から来たことを打ち明けたり。

 色々、話した。


 まあ、異世界うんぬんについては半信半疑だったみたいだけど。彼女と情を交わしたお陰なのか、特に追求されることもなく。

 一通り話し終えた後、ドロシーさんは俺の手を掴んで、ある提案をしてくれた。



『行く宛がないんなら、さ!ウチに来なよ?!ね?ね!?』



 渡りに船。

 俺に断る理由などなかった。

 ……いや、一応浮気えっちのようなことをした関係上、彼女の夫だけは怖いし、そこは断る理由にはなるのだが。


 ドロシーさん情報では夫婦関係はこの上なく破綻しているらしい。


『アイツは他所で女作って、家にも居ないから気にしないで!』


 と、ドロシーさんは言う。

 少しばかり罪悪感は感じたものの、他に行く宛などあろう筈もなく。

 まあ、彼女のお世話になった訳だ。



「ドロシーさん、……いえ、これからはドロシー様、ですね。お世話になります」


「もうっ!硬いよシモンく~ん。呼び捨てでいいのにぃ~♡」



 そうはいかない。

 これから彼女は俺の雇用主になる。

 行く宛もなく、誰かの助けがなければ野垂れ死ぬであろう俺を救ってくれた彼女。

 そんな彼女に不義理はできない。



「いえ、そういう訳にも……、執事として働く訳ですし」


「形だけみたいなもんじゃ~ん。それに、ね?いずれは、ほら、ね?」


「?」



 いずれは。なんなんだろう?

 執事長とかにしてくれるんだろうか?

 いや、多分違うんだろうな、何のことかは分からないけど。



「とりあえず、一般の執事から初めて貰うけど、娘とは仲良くしてね?やっぱり皆仲が良いのが良いからぁ~」


「分かりました、もちろん、打ち解けられるように努力します」



 ◇



「……ま、ママ!ママぁ!ボク、この子がいいよぉ!」



 ニコお嬢様と初めて会った日。

 開口一番のセリフが、それだった。


 セリフも凄いが、何よりも特徴的だったのは彼女の表情。

 可愛らしい唇は、だらしなく弧を描き。目はとろんと虚ろであるが、情欲を感じさせる。

 どこか恍惚としていて、それでいて力強い。


 表情豊かな彼女を見て、人ってこんな顔が出来るんだな。と俺は思った。



「えぇー……、ニコちゃん、それはちょっと……」


「専属執事!専属執事にして!ボクの専属が良いの!お願いお願い!!!」


「えぇーーー…………。うーん、それじゃあ、そうねぇ」



 腕を上下に振りながら、駄々をこねる少女へ。

 ドロシーさんは顎に指を置きながら、困ったように答える。



「シモンくんには、夜のお仕事があるからぁ……♡昼間の間だけ、ニコちゃんの専属ってことなら、いいわよ?」


「やったぁーーーっ!!!昼だけでも全然良いよ!ママ、ありがとう!!!」


「シモンくんとニコちゃんには仲良くしてほしいからね、特別よ?」



 勝手に、業務が決まってしまった。

 しかし、ふと疑問に思ったのだが。

 これ、もしかして昼も夜も、仕事あるんですか?


 いや、贅沢言える身分じゃないけども。

 労働環境的には、ホテルマン時代のがマシだったりするのかな?と。

 ほんのちょっとだけ、不安になってしまった。



 ◇



 ということで、ニコお嬢様の執事となり彼女に付き合うことになったわけだが。



(な、なんてチョロい仕事なんだ…………)



 俺は、あまりの仕事のぬるさに愕然としていた。



「ほらぁ、シモ~ン。早く食べさせてよぉ」


「……はいはい」



 それはまるで、小鳥に餌をあげるかのよう。



「あ~ん♡」



 パクッ。モグモグ。ゴクン。



「ほらぁ、早くぅ~♡」


「ちゃんと噛んでくださいね?」


「うんっ!あ~むっ♡」



 食べるに当たり、なんの技術も要さないスプーン。

 それを何故か俺がお嬢様の代わりに掬い、穀物と果実の混ざったシリアルみたいなものを、ただただ彼女の口に運んでいる。

 ……これ、俺がやる意味あるのかな?

 というか、こんなことまで人にやらせてたら、この子はロクな大人になれないんじゃなかろうか?



「えへへへぇ♡」


「……笑ってると、零しますよ。ホラ、拭いてください」



 この仕事にやり甲斐があるわけではない。

 けれども、笑う彼女を見れるから、決して嫌いではなかった。



 ◇



「ねえ!シモンって彼女は居るの?」


「……居るように見えます?この顔ですよ?」



 生まれてこの方、女性にモテたことはない。

 まあ、この世界に来てからはモテているかもしれないが、勘違いしてはならない。

 ドロシーさんがヤらしてくれたのも、家に連れてきてくれたのも、きっと何か理由があったのだろう。

 それが運良く俺にハマったからと言って、俺のことを好きとは限らない。


 俺はモテない男だが、一度寝たからといって相手を私物化するクズになる気はない。

 あまり調子に乗らないほうがよいのだ。ブサイクはブサイクなりに身の程を弁えなければ。


 そんな本心から、ニコお嬢様にそう告げる。



「…………なにそれ、嫌味っ?」


「えっ?」



 けれど、俺のそんな謙虚な姿勢に彼女は初めてムッとした表情を見せた。

 拗ねるように頬を膨らませ、パッチリとした瞳を釣り上げて不満な気持ちを伝えてくる。



「シモンより格好いい人なんて、ボク見たことないよっ!彼女居るように見えるよっ!これで満足っ?」


「格好いい、ですか……」



 ニコお嬢様の、冗談とは思えないが信じられない言葉。

 生まれてこの方、容姿を褒められたことは無い。

 俺が格好いいなんて言葉は、普段ならば笑ってジョークとして流していることだろう。


 ーーーーーしかし、ここは紛れもない異世界。

 ならば本当に、元の世界とは美醜観が違っていて、俺はこの世界ではイケメンなのかもしれない。

 …………まあ、そうだよな。そうでもないとドロシーさん抱けないよな。

 ただのブサイクな異邦人を抱いてくれるなど、聖母を通り越して狂人の類だ。


 しかし、この俺がイケメン、かぁ。



「すみません、ニコお嬢様。変な言い方をしてしまいまして。……俺には彼女はいませんし、できたこともありません」


「えっ!?本当!本当の本当に、本当!?」


「はい、本当です」



 俺の言葉に、お嬢様は二チャリと、少し粘り気のある笑みを見せた。



「ふ、ふひひ。それは、良いニュースだねぇ……。ねぇシモ〜ン、君はボクの専属執事なんだから、勝手に誰かと付き合っちゃダメだよ?」


「えっ?そうなんですか?」


「そうそう、そうなんだよ。この、ノーヴィ家に仕えた以上、身内が変な人と付き合っちゃマズいからねっ!ぜぇったい交際するときはボクに報告するんだよ?いいね?」


「はぁ、分かりました」



 聞いてなかった話ではあるが、まあ問題ないだろう。

 俺がこの世界基準で、仮にイケメンだったとしても、顔面偏差値だけで人と付き合える訳ではない。

 コミュ障気味の俺が、誰かと付き合うことには中々にハードルがある。

 だから、そうそうニコお嬢様に報告が必要なことなどないだろう。



「よろしい!」



 彼女が満面の笑みで頷いた瞬間。

 夕刻を告げる鐘の音が、屋敷に響いた。



「あっ、お嬢様すみません。そろそろドロシー様の下に行かなくてはなりませんので、失礼いたします」


「え〜、もうそんな時間なの〜。ママは無視して、もっといてよぉ〜」


「そういう訳にもいきませんので」


「つまんないよぉ〜。……というか、夜の仕事って、なにするの?」


「いえ、俺にも分かりかねます。事務仕事ですかね?」


「どーだろ?……まあ、いいや。シモン、また明日!」


「はい、また明日」



 ◇



 日が沈み、空から太陽の明るさが消えた頃。

 寝ていたニコの耳に、獣のような声が聞こえてきた。

 思わず、何事かと目を覚ます。


「なに……?」


 寝ぼけ眼を擦って辺りを見るが、特に異常もなく。

 窓から付近を見渡しても、何事もなかった。

 先ほど聞こえてきた、変な声も今は聞こえない。


 人騒がせな、と彼女は思いながらナイトキャップを深く被る。

 今日は、幸せな夢、シモンと結ばれる夢を見るのだと心に決めて。


 彼のことを考えながら、また眠りについた。



 ◇




「ああっ♡シモンくんっ♡大好きっ♡ニコの兄弟、産ませてぇっ!!!」





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