第18話 馴れ馴れしかったですよね、ごめんなさい


「へへ……それじゃ一番乗り、いただきやーす」



 下衆な顔を隠そうともしない黒服の女達。

 その中の一人が俺の身体に手を伸ばしたとき。



『氷よ、引き裂け』



 俺に向けて伸ばされたその腕に。

 スベリアから放たれた、鋭い氷塊が突き刺さった。



「ああ?……ああああぁッッッーーー!」



 その現実が一瞬理解できなかったのだろう。

 己の腕を不思議そうに見つめたかと思うと、痛みに気が付き顔を大きく歪める。

 その悲鳴に、周りの3人も状況を理解したようだ。



「おめえらっ!後ろだっ!もう一人いる!」



 黒服どもの中で、一番偉そうな20代後半ほどの女が叫ぶ。

 ソイツの声により奴らはスベリアのほうを向いた。


 ーーー目の前にいる、俺のことなど気にせずに。

 これは、チャンスだ。



『雷よ、抱きしめろ』



 ドロシー様に教わった、電気を身に纏う魔法。

 それを静かに発動させると、バックハグでもするように、後ろから敵に抱きついた。



「ぎゃっ!??あばばばばば!!!」


「お、おい!?」



 抱きつかれた相手は電流を浴びただけで無力化される。

 痙攣し、言葉とも言えぬ空気を垂れ流すコイツは最早敵ではないだろう。

 残るは、二人。



「チッ……おいっ!お前は後ろの氷使いを止めとけ!その間にあのガキを人質にしてやるっ!」


「分かりました!親分!」



 形勢は逆転した。

 けれど、まだ相手は逃げぬようだ。

 親分と呼ばれた女は大振りのナイフを逆手に持ち、飛び跳ねながらコチラへ向かってくる。



「し、シモンっ!」


「死にたくなかったら、どきなぁっ!」



 俺の眼前にナイフが迫る。

 最早、相手も余裕がないのであろう。

 高く掲げられたナイフは真っ直ぐに。障害となりうる俺に向かって振るわれた。


 殺意で満ちた金属の塊が、ビュウンと風を切り、一直線に近づいてくる。




 俺は、ソレを身体で受け止めた。





「えっ?」


「……あーらら、もったいない」




 状況を理解できず、気の抜けた声を出すお嬢様。

 その目線は、敵の振るったナイフを呆然と見つめている。俺の胸に突き刺さった、そのナイフを。




「…………い、いやぁぁぁっっっ!」


「殺さずに遊びたかったんだけどねぇ……。残念だよ」




 叫び声を上げるお嬢様。

 対して、目の前の女は冷酷そうに笑う。


「どかねえから、こうなるんだ。バーーーカ」


 勝利を確信した女は、俺の心臓に突き立てたナイフを強く握り。


「あれ?抜けねぇ……」


 しかし、俺に突き立てたソレを、身体からグッと引き抜こうとするが、抜けず。

 突き立てたナイフを困惑しながら、見つめていた。

 ジッと奴を見つめる俺の視線にも気づかずに。



「…………なんだコレ?……いや待て、血が出て、ない?」



 不思議なものを見たかのように、呆然とした女の顔。その、ナイフを見つめる無防備な顔を。


 電気を纏う俺の手で、抱きしめるように掴んだ。



 バチバチっ!



「ひぼっ!?ぁばばばばば!」


「悪いな、ナイフで刺されたくらいじゃ死なねえんだ。治癒魔法は大得意だからな」



 親分と目されていた女も感電し、無力化される。

 縛っておけば、もうコイツも戦えないだろう。

 馬車の外を見てみると、スベリアや護衛のほうもちょうど終わったみたいだ。敵はいなくなった。


 なんとか、なったのか……。


 思えば、ちゃんとした戦闘を行うのはこれが初めて。

 たまらず安堵の息を深々と吐いた。



「い、いやぁぁっっっ!シモンっ!死なないでぇっ!」


「いや、死にませんて……」



 でも、お嬢様はまだ落ち着いてないみたい。

 ……そういえば、胸にナイフつけたままだった。

 今抜きますから、安心してください。

 えいっ。




「し、シモンっ!やめてぇっっっっっ!!!」




 ◇




「怪我人はいらっしゃいませんか?」



 馬車の中で上半身を剥かれ、傷跡もないのに包帯を巻かれているときのこと。

 外から懐かしい声が投げかけられた。



「すっ、スベリアぁ!」



 それを聞いたお嬢様は、とても嬉しそうに外に飛び出していく。

 まあ、スベリアが来なかったら結構ヤバかった。

 最低でも俺が犯され、最悪の場合は命の危険もあった。それを助けてもらったのだ。お嬢様も感極まっているのかもしれない。



「……えっ?ニコ、アナタだったんですの?」


「心の友よぉー!ありがとねぇー!」


「ちょっと、アナタ汚いですわよ……」



 ニコお嬢様はスベリアの胸に飛び込み、涙と鼻水を彼女で拭いていた。

 お嬢様、恥ずかしいんでやめてください。



「スベリア、俺からも礼を言わせてくれ。……助かったよ、ありがとう」


「えっ……?ま、ままま、まさか、その声は…………」



 うん?

 俺のこと、覚えてないのかな。

 一年くらい前に、数日会っただけだから忘れてるのかもしれない。

 仕方ないことだけど、悲しいなぁ。



「覚えてないかな?ほら、1年ほど前にノーヴィ家に来たとき教育係をさせてもらった、シモンだよ」


「し、しししし、シモン様!?」



 お嬢様を胸につけたまま、彼女は後ろに大きくのけぞった。まるで、『なんでここにいるの!?』と言わんばかりの挙動。ちょっと、傷ついた。



「おひ、おひさしぶり!ですわ!」


「久しぶり、だな。……スベリア、改めて今日は助けられたよ。ありがとう」


「い、いえいえ!シモン様の力になれて、良かったですわ!」


「スベリア……、君って良い奴だったんだねぇ〜!ボクは、ボクは感動したよぉ!」



 顔を赤く染め、ワタワタと手を振る彼女。

 しかし、胸元のお嬢様と目線が合ったかと思えば、少しシュンとして横を向いた。



「別に、構いませんわ……。その、シモン様はどうしてコチラに?」


「ああ、お嬢様の入学に合わせて、新しい学校でもお世話させてもらうことになったんだ。

 ……スベリアとも顔を合わせることが増えるだろうし、よろしくな」



 ニッコリ微笑んで、彼女に向けて握手を求める。

 しかしながら。



「…………そう、でしたの。ニコの世話で、……ええ、よろしくお願いしますわ…………」



 彼女は、少し顔を青くして。

 どこか上の空のまま、俺の手を握る。


 うーん、なんか歓迎されてない感じ?

 やっぱり、ちょっとだけ悲しい。俺はスベリア達のこと、かなり好きだったのになぁ。

 一年も会わなかったら、こんなもんか。



「あー……教育係だったとはいえ、馴れ馴れしかったかな?ごめんなさい、これからは敬語使いますね」



 思えば、彼女は貴族。俺は平民。

 彼女がメイドをやっていたのなんて、学習のためでしかない。

 そこで、ちょっと関わっただけの男に軽口を使われて嫌だったのかもしれない。

 居たよなぁ、バイト先で年上ってだけで先輩風吹かすやつ。俺はああいう生物になっていたかもしれない。

 気をつけないとな……。



「ぅ、ぐぅ……!」



 そんな思いから、スベリアに聞いてみたのだが。

 彼女は苦しそうに、心臓の辺りを手で抑える。

 ……前にも、こんなことがあったような。



「大丈夫か、スベリア?」


「はい……、ワタクシは大丈夫ですわ……」



 本当に、大丈夫かな?

 やっぱり彼女は苦しそうに胸に手を当てる。


 ……そういえば、敬語使ってなかったな。




「……あっ、失礼しました。スベリア様、すみません。では、改めて、これから主ともどもよろしくお願いします」


「…………ぅぐぅ!……ぎっ!……がぁ!」


「スベリアぁー!ありがとねぇ!ずっとずっと友達だよぉ〜!」


「…………クソッ、クソォッ」




 お嬢様に抱きつかれ、それを受け止めるスベリア。

 友人とは聞いていたが、やっぱり仲がいいんだなぁ。


 戯れる二人を見ていると、ホッコリと笑みが溢れてしまう。

 好きな二人が仲が良いと俺も嬉しい。



「あははっ」



 これから3年間。

 お嬢様をよろしくね、スベリア様。



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