第17話 お嬢様、ごめんなさい



『この世界の男の価値は、魅力と魔力で决まる』



 貴族社会では、そんな言葉があることを以前ドロシー様に教えてもらった。


 魅力、顔面やスタイル。性的魅力のこと。

 魔力、魔法を操る力。その火力や有用な魔法を使えるかどうか。


 とりわけ魔国の貴族階級では、この2つが重視されるらしい。

 魅力についてはシンプル。誰だって綺麗な人が良い、という単純な理由である。


 しかし、魔力については性的魅力とは全くの別の理由であり、どちらかと言えば実用的な側面が強い。

 魔国の貴族階級では、強さが最も重要視されているのだが。

 何代も続く貴族の間では子孫も強い力を引き継げるよう魔力の強い者同士で婚姻する事が多いそうだ。


 そして、それはドロシー様も例外ではなく。

 ニコお嬢様のお父様とも、『そんな理由』だけで結婚したらしい。



『いわゆる、愛のない政略結婚というやつなの!私が愛してるのはアナタだけよぉっ!』



 と、彼女には力説された。



 ドロシー様としてはそこを強く伝えたかったらしい。

 ……まあ、それはそれで大事なことだし、嬉しいことではあるんだけども。

 その時の俺は、別のことが気になってしまった。



『あの、ということは魔法が使えないと、結婚相手としては結構マイナスになるんでしょうか?男としても、価値が低いんでしょうか……』


『……え!?いや、いやいや!そんなこと、ないっ!私はシモンくんが魔法を使えなくっても好きだしっ!』


『…………』



 言外に、魔法を使えないのはマイナスよ!

 と、そう言われてる気がしてしまって。

 半ば反射的に、ただ思うままのことを口走った。



『……あの、魔法って、どうやれば使えるようになるんでしょう?』



 それが、ドロシー様から魔法を教えて貰うきっかけ。

 男としての価値を高めたい、だなんて。

 とっても俗な理由だったのだけれど。

 本当に習っておいて良かった。




 だって、この力でお嬢様を守れるのだから。




 ◇



 まだ太陽の熱が地面に伝わりきっていない時間帯。

 静謐さの残る朝方に、俺とお嬢様の二人は入学のため学校に向けて出発した。


 これより始まるは片道8時間の悪路走行。

 できるだけ柔らかいクッションを用意してきたが、俺の膝は常にお嬢様に占拠されている。

 尻よ、持ってくれるだろうか……?



 …………

 ……………

 …………………



「流石に、暇だねぇ……」


「そうですねぇ……」



 俺の膝の上に座るお嬢様。

 テンション高く鼻歌を歌ったり、俺の匂いを露骨に嗅いだり、だいしゅきホールドみたいな体勢をとってみたり。

 そんな風に騒いでいたのも、だいぶ前のこと。

 出発から4時間も経てば、興奮も落ち着いてきたようだ。



「……しりとりでも、しましょうか」


「うんっ!じゃあボクからなっ!」




『リンゴ!』『ゴマ』『……窓っ!』

『ドロシー様』『……ママ!』『マジックアロー』

『……ろ、ロックシールド!』『ドロシー式8連レーザー』

『ひ、卑怯だぞっ!確かに皆その名前つかってるけどさぁ…………ちょっと、ちょっとタンマっ!』



 そんな、他愛もなく。いつものように戯れているときのことだった。





「おい!止まれ!」

 




 和やかなムードを引き裂くように、大きな怒号が馬車に叩きつけられた。


 見知らぬ声の、制止命令。

 たまらず俺は馬車から顔を出し、馬を操る御者の女性に話しかける。


「なんですかね……?」


 御者と俺が見つめる目線の先。そこには黒い服装で統一された3人の人影があった。

 声からすると、女性だろうか……?



「3人、いますね。距離は50メートルくらいかな」


「……シモン様。奴ら急に出てきまして、野盗、でしょうか……?」



 学校までは、後2~3時間と言ったところか。


 ここは人通りの少ない山道、ではあるが。

 貴族も通う学校の、ほど近くに野盗…………?

 そりゃ、金は持っているだろうが、リスクが高すぎないか……?



「シモン様、私達2人で対処します。お嬢様と一緒に下がっていてください」


「分かりました」



 御者の女性は馬車を停止させ。

 御者席の横に座る護衛の女性と一緒にスッと立ち上がる。

 彼女達2人こそが、お嬢様の護衛。


 最近は御者ばかりやってもらっているが、実は元冒険者と聞いたことがある。

 初めて見る戦闘時の彼女は、別人かと思うほどに眼光が鋭かった。



「今逃げるなら、命だけは助けてあげましょう」


「テメェら!誰に手を出してるか分かってんのか!ミンチになりたくなかったら失せろっ!」


「へっ、分かっているさ。……よーく、なぁ」



 ジリジリと歩み寄る歴戦の元冒険者2人。

 しかし、黒服の女達はニヤニヤと笑うばかり。

 まるで自分達が負けるとは思っていないような雰囲気であった。

 ……なんだ?何故そんな余裕を持てる……?


 異様な気配に、ゴクリと唾を飲み込んだ。



「し、シモン…………大丈夫、かな?」


「……お嬢様は、俺が守ります。ご安心ください」


「う、うん…………」



 固唾を飲み、見つめる先には旅路をともにした二人がいる。

 二人も嫌な気配を感じているのか、一塊になりゆっくりと3人に近づいていく。


 ーーーその瞬間。

 俺は、道を塞ぐ女の唇がニイッと上がったことに気がついた。




「やれぇっ!」


「…………!!!お嬢様っ!」




 護衛を釣ってから、本命を狙う。

 それが奴らの策だったのだ。


 気がつけば、4人の女に馬車の周りを囲まれていた。


 これは、まずいかもしれない……。



「ひひ、らくしょーだぜぇ~」

「おら、コレが見えんだろ?大人しくついてこいや」



 奴らは扉の前に陣取っては、獲物をちらつかせ従うように脅迫してくる。


 下卑た顔を浮かべる目の前の奴ら。


 当然、こんな奴らに従うことなどしたくない。

 幸いにもドロシー様に訓練をつけてもらった俺は弱くはない。多分、コイツらには負けないはずだ。


 ーーーしかし。



「し、シモン…………」


「……くっ!お嬢様っ!シモン様っ!」



 冷静に現状を整理する。

 俺のすぐ近くにはお嬢様が居る、もし俺が戦えば彼女は危険に晒される。


 護衛として頼りになる彼女達も奥の3人に邪魔されてコチラへ向かえないようだ。

 それに、もし足止めを強引に振り払い護衛が戻ってきたとしても、目の前の4人はなりふり構わずお嬢様を人質にするだろう。

 そうなると、万が一は起こり得る。

 最悪の場合……。



(どうする…………)



 従うも地獄、従わぬも綱渡り。

 最早、安全な道はない、のだろうか?




「おい!さっさとしろ!ナイフとキスしてえのか!?」


「や、やめて……シモンに、手は出さないでよ……」


「心配するなよ、大人しく従うなら何もしねえ。

 ま、執事くんにはナニをしてもらうけどなぁw」


「そ、そんな……お、お願いしますそれだけはっ……!」




 頭を下げてまで。

 必死に哀願するお嬢様を、初めて見た。

 …………クソっ。

 主人にこんなことをさせてしまう、自分が情けない。たまらず、彼女を庇いながら前に立った。




「おい、お前らの目的はなんだ?俺の身体が欲しいなら、抱かせてやる。だから、この子は見逃してくれないか?」


「し、シモン!……やめろ、やめてぇっ!」




「ひひひ、泣ける忠誠心だこと。……そうだなぁ、お前のサービス次第では、考えてやってもいいぞぉ?」


「分かった……」


「や、やめて、お願い、だから……う、うぅぅっ…………」




 お嬢様、ごめんなさい。

 でもアナタを危険にさらすことはできないから。

 だから、分かってほしい。


 俺は抱かれることは苦ではないから、これがきっと最善なんです。

 だから、泣かないでくれ……。




「じゃあ、メスガキは人質としてついてこい。執事があっつい奉仕するところを、最前席で見せてやるよ」


「あー良いっすねぇ、楽しいショーになりそうだ」


「くははっ、ガキ拐って親脅迫するだけの仕事だったのに、こんなサプライズがあるなんてね」


「あー、早くぶち込まれてぇよ〜!」




 獲物をチラつかせながら、俺達へにじり寄る4人の女。

 奴らはもう、勝ったつもりなのだろう。

 この後の情事を考える奴らは、なんの警戒もなしに顔を緩ませていた。


 だからこそ、奴らの後ろから迫る影の存在に、先に俺が気がついた。











「ぶち込まれたい。ですのね?……結構、それならくれてやりますわ。ワタクシの魔法を、アナタ達が死ぬまで」









 輩達の後ろに、フワリと浮かぶ女性。


 まるで天使のように後光が差す彼女は。

 一年ぶりに見た、彼女は。


 まるで別人に見えるほどに、美しく成長していた。






「スベリア……」




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