第19話 離婚したいなんて言ってすみませんでした。と、言え



「ハァ~……どうしろというのでしょうか……?」



 学園寮の一室に、深いため息が零れ落ちる。

 そのため息はワタクシのものだった。

 理由は、もちろん昨日の一件。そしてこれから起きるであろう憂鬱な状況を危惧してのものだ。


 これから、毎日シモン様とニコがいちゃつく姿を見せられるのだろうか?

 想像するだけで気が滅入る……。



「シモンさんを諦めるのは、まだ早いんじゃない?スベリアならワンチャンあるわよ、ホラ金持ってるしさぁ」



 ワタクシを励ましてくれるのは、最早幼なじみとまで呼べる心友。シャイアである。

 平民であるシャイアは他の平民と相部屋のため、3人が集合するのは自然とワタクシの部屋に決まった。



「先輩は金で動く人じゃないと思うよ、……前にもこんな話した気がする」


「ありましたわね。もう札束ビンタはしませんわ……」



 部屋の床であぐらをかくジニー。

 ノーヴィ家の一件から急速に仲良くなった彼女もワタクシの相談に乗ってくれていた。

 彼女は一時期、精神的に不安定になっていたようだが、最近は落ち着きを取り戻している。



「まあ、チャンスが増えるのは良いことさ。これで希望が見えてきたよ。ひひ……」



 けれど、シモン様に対する強い執念は消えず、まだジニーの中に残っているはずだ。

 シモン様が学園に来たと伝えた時、彼女の瞳の炎が爛々と輝くのが見えた。


 ……まだ、諦めていないのか。

 それとも、諦められないのか。



「シャイア、ジニー。……正直ワタクシは、シモン様のことは諦めるべきだと考えております」



 彼のことは忘れるか、あるいは割り切るべきだ。


 だって彼はもう、ニコのもの。

 出会ったときからニコに仕えていて、揺るぎない忠誠心を抱いている。

 そこからシモン様にアプローチをすることは、つまり。ニコから横取りすることに他ならない。



「確かに、シモン様を独占しているニコには少し、腹が立ちますわ。

 ……でも、彼女は友人です。友人から男を取るなんて、許されません。だから、ワタクシ達は諦めるべきですわ……」


「……いいの?スベリアだって、シモンさんが初恋でしょ?アタシは貧乏だし、付き合いたいなんて今更言えないけど。でも、スベリアがニコに負けてるところなんてないのに……」


「もう、いいんですの……。シモン様には良い思い出を作らせてもらいました、それだけで満足ですわ……」



 それが、正道。

 友達と良い雰囲気になっている男を奪うなんて、淑女のやり方ではない。

 昔のワタクシならば、気にしなかったかもしれないが、きっとそれをやってしまえば、胸を張ってシモン様と接することはできないだろう。


 だから、これでいいんですの。



「それでいい、なんて言う割にはため息が多いじゃないか……。

 諦めるべき。なんて言うけど、結局、君だって諦められないんだろう?」


「! し、仕方ないでしょうがっ!!!」



 ワタクシを指で指しながら、煽るようなジニーの言葉。それに思わず激昂し、立ち上がる。



「友達の男を寝取るなんて、そんな破廉恥なことできないでしょ!?

 じゃあ、嫌でも諦めるしかないじゃないっ!

 それがっ!……それが、正しいことなのよ…………」



 きっと、この先。

 これからの学園生活は。

 初恋の男性が、友達と仲良くするところを見せつけられる。苦しくて、苦いものになるのだろう。

 もしかすると、学園で楽しいことなんて何もなくて、3年間はずっとソレに苦しみ続けるかもしれない。


 それでも、そうだったとしても。

 ワタクシは正しい道を歩むべきだ。

 ブサイクだからこそ、自分を好きでいたい。だからこそ、胸を張って生きるため、正しい道を歩むのだ。

 そんな思いを、ジニーにぶつける。

 しかしーーー。



「……ハッ!」



 そんな、振り絞ったワタクシの想いは鼻で笑われた。

 到底、友達に向けるとは思えないような、馬鹿にした瞳。それでもって、ジニーはワタクシを舐め回すように睨めつけた。



「正しいから、なに?それが何になるの?そんなの、クソの役にも立たないよ?」



 ジニーから飛び出したその言葉に驚いた。

 彼女がそんなことを言うとは思えなかった。いや、もっと言えば、彼女は真面目なことを誇りにして生きていると思っていたから。

 だから、驚いた。



「学校一の真面目ちゃんが、いう台詞とは思えませんわね……」


「私はね、シモン先輩に学んだんだよ。

 ……正しく生きてるだけじゃ、何も得られない。

 本当に、欲しいものがあるなら、時には強引な手を使ってでも手に入れるべきだってね」



 ワタクシをまっすぐ見つめるジニー。

 気がつけば、二人とも立ち上がりお互いに睨み合っていた。まさに、一触即発の空気。

 それを察知したシャイアは、ワタワタと慌てながら間に割って入った。



「はいはい、そこまで!アンタ達なにやってんのさ、これからパーティを組む仲間でしょ?」


  「「……」」



 まあ、確かに……。

 学園に来て2日でコレじゃ先が思いやられる。

 悩みのタネはシモン様のことだけではない。


 これから、学園で数年間戦い抜くわけだが、学友との友好関係を築くことは非常に大事だ。

 特に、ワタクシの場合は派閥の問題もある。

 上級貴族達は皆、自らの派閥を持っているが、それはワタクシも同じこと。

 入学前から派閥を作っていて、そして目の前の二人もワタクシの派閥に入っている。

 それなのに、たった2日で仲間割れなど冗談ではない。そんな者が上に行けるほど、ここは甘くない。

 お互いに、冷静になるべきだ。



「ちょっと、言いすぎたよ。ごめんね、スベリア」


「いえ……ワタクシも、強く言い過ぎましたわ。アナタの気持ちも分かるのに……。ごめんなさい」



 最近は怒ることも少なくなって、成長したなと我ながら思っていたのだけれど。

 シモン様のことになると、こんなにも感情が動いてしまう。

 ……一年も経てば、忘れられると思ったんだけどな。


 やっぱり、ワタクシは。

 まだ、彼のことが好きみたいだ。




(はやく、忘れないと……)




 ◇




「この、無能どもッ!娘一人拐うこともできないのかっ!?」


「わたくしどもは精一杯やりましたとも。そう、言われてもねぇ……」



 学園から10キロ離れた街の中。

 一般にスラム街と呼ばれる一角の、寂れた一室に二人の人影があった。



「クソッ!学園に入られちゃあ、手が出せない!

 あそこに入る前でないといけなかったんだ!」


「まあ、確かに。正攻法では厳しくなったかもしれませんなぁ」



 向かい合う二人。

 口角泡を飛ばし、対面の老婆を叱責するのは、長い耳を持つエルフの男。

 サラサラとした金髪に翠の瞳の彼は、この世界では大変なブサイクとして扱われていた。



「おい、他人事のように言うな!言っておくが、娘を拐えず交渉が上手くいかなければ、お前達に報酬も払わないからな!」


「……まったく、酷いお方だ」



 男の名は、ディークハルト・ノーヴィ。

 ドロシーの夫であり。

 そして誘拐を依頼された娘、ニコの実の父であった。



「分かっておりますよ。……魔王軍四天王となれば、その資産も膨大。離婚調停が上手く行けば、その資産の半分だって狙えますからなぁ……」


「あぁ、その金でもってお前達に報酬を払うのだから、しっかりしてもらわないと困る。まったく、小娘一人取り逃すとはな」



 ディークハルトの狙い。

 それはニコを溺愛するドロシーを脅すため、娘を誘拐することであった。

 全ては、金。

 離婚調停を持ち出された彼は、ドロシーからその全てを根こそぎ奪い尽くすため、娘に目をつけたのだ。



「お前らがドロシーを殺してくれたら、話は楽だったのだがな……。娘すら、拐えないのか」


「四天王を殺せる実力があれば魔王になっとりますわ」



 当初、夫はドロシーの殺害を依頼した。

 妻を殺して、その財産を引き継ぐのだ、と。

 しかしながら、勝てるはずがないと断られ。

 だから、彼は娘を狙うことにした。最強の一角たる妻から、ひ弱な娘へと。

 卑劣にも、狙いを変更したのだ。



「ま、急な話でしたからな。まだチャンスはあるでしょう。ゆっくり待ちなされ」


「おい、引き伸ばせるのも後一年しかないんだぞ!それまでに娘を拐えるんだろうな!?」



 学園の警備は厳しい。

 王侯貴族も入学する学園では、素性のわからないものは入ることすら難しい。

 仮に入れたとしても、あちこちに警備の手が伸びている。

 学園にいるものを拐うのは極めて困難と言えた。


 しかし、暗殺ギルドの老婆には、ある考えがあった。

 苦境を打破しうる、とっておきの秘策が。



「大丈夫ですよ……。娘にはお気に入りの執事がいるようでして、ソイツが学園を出る際に拐っちまえばいい。それで娘を脅せばいい。

 海老で鯛を釣る。……その海老が隠れてるんなら、その好物から拐っちまえばいいんですよ」



 老婆は、心底愉快そうにヒッヒッヒと笑った。



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