第11話 白尾と固有技
「お、あれだな」
自警団員の言っていた橋を見つけ、その周囲を見渡す。
少し離れた所に10人ほどの人が集まっているのが目に留まった。
その集まりの中心に、店主が膝をついた状態で拘束されている、
見たところ傷らしいものがない、
何故ここまで連れてきたのかは分からんが、
殺したいなら既に町の中で出来る、ここまでの道中でも出来る、
それなのに無傷ということは、何かしらの交渉材料、か。
推測するならいくらでも出来る、だが私のやるべきことは決まっている
「その店主を解放してくれないか、彼に用があるんだ」
ゆっくり近づき、連中にそう声をかける。
兵士が6人、鎧を着ていない男が4人、4人の方を、私は見た事があった。
「お前ら奴隷商か?なんでそこの兵士と一緒なんだ」
私の問いに、4人の男は答えない。
だが代わりに、兵士のうちの1人が声を発した、
この中の誰よりも体格が良く、恐らくこいつがこの群れのリーダーだろう。
「お前か?俺の仲間をボコボコにしたガキって言うのは」
「ボコボコは語弊がある、1人1発しか殴ってない!」
「お前ら不甲斐ねぇなぁ!こんな一尾の狐のガキに!」
こいつら、ずっと私のことを『一尾』『一尾』と馬鹿にしているが、
まぁ確かに一尾と言えばそこまで力はない、でも負けたんだから
尻尾の数で馬鹿にするのは改めた方がいいと思う。
そして訂正するが、私は『一尾であって一尾ではない』
「なぁおい・・・お前らが用あるのは俺だろうが、
その子は関係ないだろ、見逃してやってくれよ。
あんたも、何で態々こんなところに来たんだよ!」
店主は私の事を案じて賊達と私にそう言った。
「店主、先に聞きたいことがある」
「な、なんだ・・・?」
「あの町で一番美味しい動物の肉ってなんだ?」
場が一瞬、静寂に包まれる。
言わんとすることは分かる、場違いであると、
しかし私の中では既に店主は無傷で解放されることが確約されている。
ならばその後のやり取りと言えば
『助かった!お礼をさせてくれ!』
『それなら肉買ってくるから朝食に出してくれ!』
『分かった、任せろ!』
こうなるって訳だ、それならば今聞いても別に変なことじゃないだろう
「あ、あー・・・今なら森にマッドディアって言う鹿が居る。
泥を好んで浴びる変な奴だが、泥を纏う事で寄生虫や怪我を防ぐから
健康で綺麗な肉が食える。もちろん凄く美味いぞ」
「おい!一体何の話を・・・」
「じゃぁそれで!!!」
「・・・ジャァソレデ・・・!?」
私のじゃぁそれで、という言葉に皆がざわめきだした。
対して私はそんなことお構いなしに腕まくりを始める
「おい何なんだよあのガキ!滅茶苦茶だぞ!
俺達がこいつを捕まえたんだぞ、なんでふらっと出てきて
笑顔で物品を要求してんだよ!」
「なぁ・・・もしかしたらあの子もお前らの仲間じゃないかって、
ちょっとだけ疑ってたんだが・・・」
「もしそうだったらここまで混乱しねぇよ!完全に第3勢力だよ!」
リーダーの男が地団駄を踏む
「くそ、くそくそくそ!
俺はこんなことになるはずじゃなかった!
俺はオールドクリフの兵士として、魔族どもを倒して!『英雄』になって!
そのはずだったのになんだ!村の貧乏人どもを助けるのに走り回らされて!
見返りを求めるなって命令されて、それで、それでだ!
ちょっと村の女に手を出しただけでこんなところまで追いやられたんだぞ!」
「おお、こいつは驚いた。ゲイン王だったか?
オールドクリフって国の王は意外とまともだったみたいだな。
だがこんなクズをただ放逐しただけとは、処罰にしては甘いな」
同情する余地のない見事な悪党っぷりに私は感動さえ覚えた。
国は民によって成り立ち、兵は民を守るために居るはず
そのことさえ忘れ、私欲に走り、
そして遠い地で奴隷商と組んで強請りに誘拐と来た。
だがそんなことより、私にとって聞き捨てならないことがある。
感動の次に、少しばかり怒りを覚えた。
『英雄』はそんな簡単になれるもんじゃない、ということだ。
「私のかつての仲間に、『英雄』と呼べる男が居た。
どうしようもない馬鹿で、愚直で、
手に入れた金は全部貧しい村や孤児院とかにあげちゃって、
常に貧乏な癖に一切見返りを求めなかった馬鹿だ」
風が吹く、強く、風が吹く
風に靡く私の髪が『白』に染まる
「そんな馬鹿だが、そんな奴が助けた弱い奴らが
笑顔になって感謝した時、あいつは紛れもなく『英雄』だった!」
『神獣ライカ』が神と呼ばれる所以
『前人未踏の境地』、『始まりにして頂点』
9本の尾が1本に集約し、金の毛は白に代わる。
狐族の限界である『九尾』を超えた存在『白尾』
それが私だ。
「『
自身にかけた力の制限を解き、私の、私だけの『
瞬間、世界が凍り付いたように止まる
草木から滴り落ちる朝露が空中に浮く
飛ぶ鳥も、跳ねる虫も、全てがその場から一切動かない
時間停止、と言うほど『
『1/1000秒』
視覚などの感覚、思考能力、そして身体能力を強化する魔法は存在している
しかしそれだけを極めた者は過去に『私だけしかいない』
その人の、その人を象徴する魔法、技術、要するに必殺技を『
今この瞬間、世界は私は私の固有技によって、1000倍の遅さで動いている。
そう、私には『これしかない』、だが『これだけで良い』
私は世界を置いて先に進む
「安心しろ、殺しはしない。
だが死んだらお前らの鍛え方が足らなかったってことな!」
地を蹴り、全く抵抗する素振りのない連中の体を手で押す。
速度は力だ、高速で動く物には強い力が宿る
私の速さは並外れている、それゆえにちょっと手で押すだけで
敵の足は簡単に地を離れ、固有技を解除した瞬間に吹き飛んでいく
雑魚はこれでいい、私は歩いて最後の1人に近づいた
「あいつが言うには英雄っていうのは誰でもなれるものらしい。
だが私はそうは思わない、決して簡単ではないからだ。
お前の思う英雄っていうのは私が思うものと違うだろう、
だが、誰かから奪い、悲しませた上に成り立つ英雄なんて
私は絶対に認めない。」
リーダーの兜の上から、額のある場所に向けて手を伸ばし、
中指を折り曲げて親指の腹で抑え、指に力を込めた
「お前に英雄は無理だが・・・精々心を入れ替えて良い男になることだ」
パチンッ
誰の声も、何の音もしなかった世界にただ1度
私の指の弾く音だけが聞こえた
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