第34話 万事塞翁が馬
「オラぁ!!」
ゲンの拳が兵士に直撃し、勢いよく飛ばされ、壁に激突して崩れ落ちる。
胸当ての鉄板は拳の形、とまではならないが大きな凹みを生み出し、
その衝撃を周知させるに十分な存在感を示す。
普通であれば拳は鉄に勝てない、だからこそ拳闘士は鍛錬を積み、
魔力を拳に乗せる術を身に着ける、鉄を避けて攻撃する技を磨く。
だがゲンの動きにそんな小細工は無く、
純粋に『体格』と『力』を以て、相手をねじ伏せる戦いをしている。
それとまるで対象的なのがレイジだ、
細剣を巧みに動かし、兵士が持つ剣、その握り手を的確に狙ってはたき落とす。
兵士達は何が起きてるのか理解していない、
『気が付いたら無くなっていた』、さながらスリか手品を見せられた気分だろう。
力でねじ伏せるゲン、技で翻弄するレイジ
2人の戦い方は違えど、唯一言えるのは強い、という事だ。
粗が目立つ所もある、実力で言えばロスウェルやジンに及ばないかも知れない。
しかしそれを理解し、補うように立ち回る、
恐らく2人の強さの根源は、そこになるのだろう。
「ッチ、やっぱ兵士って強えぇ・・・」
アーシュ、こちらは兵士1人止めるだけで精一杯だ、
だがその事実に、私は素直に驚いている。
当然だ、アーシュは冒険者になったばかりで実戦経験が浅い、
対して兵士とは一定の訓練を受けて実戦投入される者だ。
それを必死であれ、『止める』ことが出来ているのだ。
「大丈夫か、アーシュ」
新人の戦いとしては十分な実力があるだろう、だが向こうはまだ数名残っている。
戦闘が長引けばアーシュが負けるのは目に見えている、
程々の所で判断し、加勢に入って背後から兵士を殴り飛ばした。
「すまねぇララァ、1人止めるだけで限界だ・・・!」
「い、いや・・・新人で実戦経験のある兵士相手にできるだけ凄いが・・・」
決してお世辞ではない、だがアーシュの顔は決して納得している様子ではなかった。
その横顔に、幼い頃のジンが重なってしまい、私は思わず小さく笑ってしまう
「おい、何笑ってんだよ」
「ふふ、いやなに、お前が私の弟子に似ているなと思ってな」
「弟子・・・なぁララァ、お前すっげぇ強いけど、その弟子ってのも強いのか?」
「当然だ、なにせ私が鍛えたんだからな」
「そうか、なら・・・」
アーシュは私と向かい合うように立ち、真剣な目で私を見る。
「俺達とパーティー組んで、俺の事も鍛えてくれないか。
俺も強くなりたい、伝説とか、最強とかじゃなくてもいいから、
リエルが作った武器に相応しい、そんな奴になりたいんだ」
「・・・さぁて、どうしようかな」
求められれば答えることは出来る。
しかし、それを躊躇する理由が私にある。
ぶっちゃけ、まだまだテスと2人きりで居たい、完全な下心的な理由だ。
真剣な願いをさせてしまってすまない、アーシュ、
でもパーティーを組むってことはそういうことだ、
今よりずっと、4人で過ごす時間が増える、最悪な展開を考えるなら
私とテスの新居にアーシュとリエルを住まわせることになる、絶対嫌過ぎる。
っていうか、お前らくらいの男女がもし旅先でなんかそういう、
イチャイチャしたい気持ちになった時、どうするん?
まさか同じ宿のそれぞれ違う部屋で、はないだろう。
ならどうする、別々の宿に泊まるか?翌朝、合流した時に
『あ、この2人・・・ふーん』とかなるだろう、ならんか?私はなるぞ。
逆に私とテスがそうなったとして、逆にだぞ、
『あ、この2人私達に気を遣ってそう』という雰囲気を感じるのも嫌だ。
そういう気まずさを抱えながら旅をするのは無理無理、ちょっとごめん、無理。
「いや、私達とお前達、同じ道を旅できるかは分からない、
だからパーティーを組む、と安易に請け負うことはできない。
だが、同じギルドに居る仲間だ、これからも会うことはできるし
鍛えてやることも出来る。今はそれで納得してくれ」
「そう・・・か、そうだよな!すまん、急に言われても困るよな!
でも鍛えてくれるんだな、ありがとうなララァ!」
よーしよしよしよし・・・なんか良い感じに回避することができたぞ。
「ん・・・これであとは兵長とさっきの雑魚2人だけ、だが」
私とアーシュで兵士1人倒してる間に、
ゲンとレイジが残りの兵を倒してしまったらしい。
この場に立っているのは兵長1人だけ、不細工と若者は絶望顔でへたり込んでいた。
「兵長、私の話を聞いてくれないか?
まず、私達冒険者は依頼を受けてここに物資を届けた。
その証拠に、ここに受け取りをしたという印を押した紙がある」
テスから『本来存在してないはずの証拠』が兵長に手渡される。
何故?どうして?そんな疑問を浮かべながら、2人の兵士の顔が青ざめていく、
流石にここまでしていたら腹の中の酒など一切枯れ果ててしまっただろう。
自分達が何をして、そしてこれから何が起こるか、理解するのは難しくないはずだ。
「おい!この証拠が本物なら今日運び入れた荷物は何処にある!?」
「なぁ兵長さんよ、そいつらはうちの社長から借金してんだ。
もしかしたら金を作るために荷物の中身売り飛ばしてるんじゃねぇか?」
「なるほど、それなら今日珍しく町に出ていたのも納得ができる。
俺とゲンが見つけた時、こいつら酷く酒に酔っていたからな、
臨時収入でも入って気が大きくなってたんだろう。」
おっほっほ、こいつぁすげーや。
本当はテスの固有技を連発してる時にうっかり消してしまった荷物だが、
ゲンとレイジの推測が見事に冒険者組にとって有利に働いている。
おかげで兵長の顔が見る見る赤く染まっていく、酔いではなく、憤怒によってだ。
「・・・この2人については少なからず疑惑はあった、
2人は私のかつての同僚だった、その温情で今まで見て見ぬ振りをしていた。
だが!私の前では心を入れ替えていた、そう見えていた、信じていたんだぞ!」
兵長が倒れていた兵士を次々と起こし上げ、兵に命じて不細工と若者を取り囲む。
「もうこれ以上は沢山だ、多くの人々に迷惑をかけ、
挙句に詰め所の物、小屋の板1枚さえ全て売り払うような輩に、
民の暮らしと安全など守れようものか!
皆さんに多大な迷惑をかけた事、心より謝罪して
こいつらにはできうる限り、もっとも重い罰を与えると約束する。
借金については上層部に報告し、対応を仰がせて貰いたい」
兵長を始め、兵士達が深々と頭を下げ謝罪する。
先程と打って変わったその態度に、主にアーシュとリエルが却って委縮していた。
ちょっとした腹いせによるやり過ぎたかも知れない悪戯、
それが招いた悲劇、その全容を知るのは私達冒険者組だけだ。
意図せず完成してしまった完全犯罪に、内心慄いてしまった。
そして不細工と若者、悲鳴に似た釈明も虚しく、
兵長達に引き摺られながら連行される姿を見て私は呟いた。
「これが、万事塞翁が馬って言う奴か・・・」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます