第36話 貨幣のちょっとした話

「良いかアーシュ、この葉だ、この葉の形を見ろ。

 まるで蛇の舌みたいに先が2つに割れているのが特徴だ、

 これを根本まで綺麗な緑色の物を摘み、

 乾燥させてから粉末にして飲むと毒の巡りを遅らせれる」


下水道の一件から2週間ほど経ち、私達はこうして平穏な日常を過ごしている。

今日はアーシュを連れて近くの森まで薬草取りに出向いていた、

高価な水薬に頼らずとも最低限の処置であれば薬草を煎じる、粉末にする、

あとは傷口に当てる等をすればいい。


アーシュは熱心に薬草の特徴、より効果のある使い方をメモに書き留める、

失礼な話であるが、ここまで勉強熱心な者が居るのは珍しいと思った、

若い戦士ほど、武功に憧れ、技とか体とかを鍛えることに徹す、

知識などは二の次だ、などと宣う輩を、私は幾度となく見て来た。


「しっかし、ララァはこういう事、何でも知ってるんだな」

「高くて手が出せない事は往々にしてある、

 だから知恵と努力で切り抜ける必要があっただけだよ」

「金かぁ、金貨を無限に作り出せる固有技とかあったりしないか」

「めっちゃ分かる」


私も昔は、アーシュと同じ事を考えた事が何度もある。

ただ、貨幣の偽造は現状不可能であり、明らかな贋作でも

造ったことが判明した時点で、厳罰に課せられる。


貨幣を作れるのは機人族のみである。

これは人族が金、銀、銅の加工技術を有していないという訳ではなく、

貨幣の重量やデザインを緻密に再現、量産できる技術が無いからだ。

つまり全ての種族において技術が最も優れる機人族を技術的に超えなければ、

貨幣の贋作を造ることは不可能なのである。

また、貨幣を扱う公的機関、銀行やギルド等でも

貨幣を鑑定する有資格者が駐在している為、流通も難しいのだ。


「なぁララァ、この根っこのデカい植物は何か使えないか?」

「お?そいつは腹痛によく利く奴だな。だが素人には扱えない物だから

 市場か薬屋で売りさばくと良い」

「そうか、それじゃこれは籠に入れとくか・・・、

 っつーかララァ、お前籠一杯に何を採ってんだ?」

「気になるか?まぁ少なくとも薬草ではない、ただの野草だよ」


黙々と作業を続ければ、やがて陽が傾き、辺りは暗くなり始める。


「そろそろ帰るか、あとは家に帰ってメモ通りに仕込みをするんだぞ」

「おう、今日はありがとうな!今度はリエルと一緒に探してみる!」


首都の門を潜って、アーシュと別れてから家路に向かって歩く。

やがて活気のある大通りから離れ、人が少なくなって来たのを確認し、

私は歩く足を止めた。


「えーっと、何・・・何か用か?」


私が『背後に隠れている人』に話しかける。

実は朝からずっと、こちらを見ている事には気づいていたのだが、

アーシュと薬草取るのに忙しいし、向こうは声をかけてこないしで、

特に危険がないのであればと放っておいていたのだ。


「・・・すみません、忙しそうだったので声をかけるのを控えていました。

 荷物も重そうだったので、家に帰られてからの方が良いかと判断しました」

「いや、なんか・・・気を遣わせてしまって本当にすまない・・・」


物陰から出て来たのは銀髪の男、下水道の一件で知り合った、レイジだった。


「あれ以来だったな、元気だったか?

 相方の大男・・・ゲンだったか、彼も変わりないか?」

「お陰様で、ゲンも、あいつはまぁ、元気が取り柄という奴なので。

 ・・・実は貴方に折り入ってお話があります。

 俺が、という訳じゃないのですが、社長からの依頼を伝えに来ました」


レイジは紙を私に手渡してくる。広げてみるとそれは地図だった。

見たところ私が住んでいる商業区で、1つの建物に赤い丸印が付けられている。


「そこが『便利屋ナナツボシ』の場所です。

 依頼の話を聞いて頂けるのであれば、明日にでも来てください。」

「・・・困り事なら、ギルドに回した方がいいのではないか?」

「普通は、そうですね、ただこれは社長からの指名でして」

「ふむ・・・まぁ、ここの所大きな仕事もなかったし、

 分かった、明日テスと一緒に行くよ。」

「ありがとうございます。社長も貴方達に会ってみたいと言ってましたから。

 では、俺はこれで失礼します」


用件を終えたレイジが深々と一礼し、足早に去っていく。

非常に真面目な性格なのか、元々軍人や兵に類する職の出なのか、

一挙手一投足、その動きに美しささえ覚えるほど見事だった。


そんなレイジが、ゲンが所属する便利屋という物がどういう物か、

私は興味が湧いていた。


「帰ったぞテスー、薬草がこの1束で・・・あと全部山菜だ」


その日の食卓はテーブル一杯の食べれる山菜と野草尽くしだった。

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