第8話 狐はパシリ

「それじゃ、ここが2人の部屋だが・・・。

 これを渡しておこう、寝る前に内側からかけておけば

 寝込みに襲われることはなくなるだろ」


店主に部屋を案内され、そして1つの錠前を渡される


「気遣いに感謝します」

「いいってことよ、金払いの良い客は神様だからな。

 ハハハ、夕食は腕によりをかけて作るからよ、楽しみにしていてくれ」


そう言い、店主はご機嫌に去っていく姿を見て

私とテスは全く同じことを独り言のように呟いた


「神様なんだよなぁ」

「神様なんですよねぇ」

「情報料込みとは言え、金貨1枚でここまで懇切丁寧にしてもらえるとは・・・」

「それはそうですよ。1泊だけの客からこれほどの大金が得られたのですから。

 一生で1回来たら奇跡くらいの上客でしょう、神様と呼ばれるのも当然かと」


部屋に入るとドワーフの粗暴な見た目と印象から想像できない程に

綺麗に整えられた光景が目に入った。

まず染みもほつれもない綺麗な白の布団が敷かれたベッド、

床はつい先ほど雑巾がけでもしていたのかと言うほどゴミも埃も無い。

昔の記憶にあるハズレの宿は言葉にするのも憚られるくらい汚かったが

この宿は当たりだ、超が何個付くか分からない、超大当たりだ。


「さて、明日ここを発つとしてもとりあえず1つ決めておきたいことがある」

「何でしょうか?」

「この町に居る間だけ、私はテスの召使いと言う事にしておいた方が良いと思う。

 行方不明になっている獣人族は皆奴隷というなら、

 既に人の下に居る獣人族が狙われることはないはずだ。・・・多分だけど。」

「なるほど、ララァ様の言う事にも一理あります。

 実に不本意ですが、この町に居る間だけはそうしましょう」


しかし、それでも私が獣人攫いに遭わない保証があるわけではない。

もしそうなってもその時はその時、私の手で犯人とその目的を暴けばいい。

ただ願わくば、目的が『獣人族の為』であってほしいと思うわけだが


「ララァ、夜食用に今すぐ露店で何か美味しそうなお菓子買ってきて」

「不本意の割りにめっちゃ言うじゃん・・・いや行くけどさぁ・・・」


テス改めテス様に命令されるまま、宿を出て露店が集まる広場に向かって歩く。

って言うか普通、獣人攫いの話聞いて私を1人にさせるか?

しかもパシリの内容が美味しそうなお菓子ってちょっと曖昧過ぎやしないか。

希望に沿わない物を買って帰ったら嫌味言われるんじゃないか、怖いぞ。


「おい、そこの女狐」


ならばここで必要なのは情報収集だ。

幸い、若い人族の娘をちょいちょいと見かける事がある

ああいう年頃の娘は流行に敏い、甘味にも敏い。

いや、案外流通の多いこの町の者であるなら

様々な国の食べ物に詳しいかも知れない、とにかく聞けそうな人を探すべきか


「おい待て、動くな」

「うん?なんだ私か?」


振り向いた視線の先、見知らぬ男が4人。しかも全員が剣を持っていた。

片手で持てる程度の長さと細さ、先ほど見た自警団の男に似た

軽装の武具を身に着けているが、唯一の違いは全員が覆面していることだ。


絵に描いたような『暴漢』『賊』、そういった印象を受ける『The悪党』だ


「騒がずについて来い」

「何故だ、私はこの町に来たばかりだ、誰かに恨まれるようなことはしてないが」


静かに、そして早く済ませたい。

奴らからそんな意図を読み取ることができる、

手慣れている、が、それでもまだ素人、と言ったところか。


「私の勘だが、お前らは奴隷商だな。

 おおよそ、逃げられた奴隷の代わりに私を・・・と言ったところか」

「・・・チッ、あぁそうさ。客から結構な額の前金を受け取ってんだ。

 今更逃げられましたじゃ俺らが殺されちまう。

 そこに運良くお前が来た訳だ、一尾のガキでも狐族なら相当な値が付く」

「あぁそうかい、だが私はとあるお嬢様の召使いだ。

 それでも連れて行こうって言うんだな?」

「命には代えられんだろ、来ないなら殺す」


うわぁ・・・、と露骨に嫌な顔をしている私に構わず

男4人がじりじりと近づいてくる。その距離、およそ10mくらいだろうか。

覆面から見える目は下衆のそれで、私のことはただの『商品』だと思っている。

やれやれ仕方ない、私は1歩、前に出る

私の行動に、諦めたかと満足そうにニヤついている男が居る、


瞬間、私の拳はその男の顔を正確に捉え、殴り抜いていた


「・・・・はっ?」


誰か分からない、少なくとも殴った男ではない別の誰かの間抜け声

それも当然か、さっきまで遠くに居た狐の子供が瞬きした間に

自分達の真横に居た仲間を殴り飛ばしているのだから。


「・・・おい、おいガキ!お前何をした!?」

「何って、見れば分かるだろ。

 大丈夫だ手加減はしてる。死んだらそっちの鍛え方の問題な」

「ふざけんじゃねぇ、後々厄介だから傷つけないつもりだったが

 ちょっと痛めつけても構わねぇよ!!」

「お、やるかやるか?私もお前達に聞きたいことがあるからな。

 精々気を失わないように歯ァ食いしばれぇ!」


それからは、もういわゆる『一方的な暴力』と言う奴だった

いや、一方的な暴力と言うほど長い時間ではないか、ほぼ一瞬の出来事だ。

男3人の剣を軽々と避け、すれ違いざまに腹に、鳩尾に、頭に、

それぞれ拳骨をかましただけで簡単に大の大人が、屈強な体の男が

地面に突っ伏し、気を失ったように動かなくなった。


「・・・全くだらしない奴らだ。

 『魔法』も『固有技スキル』も使う間もなかったじゃないか」


まだ息のある・・・じゃなくて意識がある男を拳による痛みで起こす

いやいやいや、ちゃんと全員息はしている、しているはずだ。


「ぁ・・・あ、あ・・・お前なんなんだよぉ・・・」


男は苦し気に、実際相当苦しいのだがそれでも私に対する疑問を口にする

ここで『神だ』と言っても信じはしないだろう、そもそも言う気はないが。

だがなんと答えるのが正解だろうか、

私は元冒険者だが今は違うし、立場上、テスの召使いということになっている。

一体どう言えば、この場を丸く収めることが出来るのだろうか


「・・・お前に聞きたいことがある」


あれこれ考えた末、面倒になって『質問を質問で返す』という暴挙に出る。

知らん知らん、それを咎めるテスは今この場には居ないのだ

苦痛と未知なる存在に対する恐れに満ちた顔で、何だ、と男は応える

私は一呼吸置いてから、男にこう質問した



「この町で一番美味しいお菓子を売ってる店は何処だ」













 

 










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