第16話 ロスウェル・クルーという男

「それじゃ俺が最初に入るっす、

 洞窟はそこまで深くないけど広いってことらしいんで

 周囲に目を向けながら進むってことで」


ロスウェルの提案に私とテスは同意し、いよいよ洞窟に入る。

村長の証言から、数日前から洞窟の中から獣の吠える声が聞こえるらしい、

それはつまり、なんだっけ、『ポニョニョホイ』みたいな名前の魔獣の

封印が弱り始めている兆候だと思って良いだろう


「しっかし、ただ穴の最奥に封印があるってだけで、

 『ポッポリポロン』に関する正確な情報が一切ないなんて」

「こういう村は情報を紙に残すという習慣がないのは普通だろう。

 しかし肝心の口伝も、『チャンキョロッピョ』の見た目さえ抜けていたな」

「『ハニーチュロス』ですよ」

「いやテスさんのはただの食べ物っすね」

「チュロス美味しいもんな、私も好きだ」


誰も魔獣の名前を憶えてない、だがそれを誰が咎めることが出来ようか。

私としては逆に安心してるくらいだ、誰も憶えきれない、

決して恥じることじゃないのだから。


「・・・2人とも、ちょっと止まってくださいっす」

「・・・あぁ」


斥候に適正のある私とロスウェルが真っ先に気づいた物がある、

足跡、それもかなり大きい獣の物が洞窟内の土の部分にはっきり残されている。

幅はおよそ50㎝・・・熊の特徴と一致しているが、あまりに大きすぎる。


「テス、この足跡の照合できるか?」

「やってみます」


テス、というより機人族はその脳に膨大な情報を持っていて、

その全ての記憶を瞬時に呼び起こし、最も適した情報を探し出す『照合』が出来る。

情報、という分野において最も優れた種族、それが機人族の強みの1つであり、

他種族が機人族を敵に回したくない理由の1つである。


じゃ、なんで魔獣の名前を正確に覚えてないんだよって話になるんだが、

まぁおそらくそこまで重要じゃないから切り捨てたんだろうな・・・。


「一般的な物とは大きさがかけ離れていますが、熊の物で間違いないでしょう。

 土の凹み具合から体長はおよそ3メートル、体重は1トン程度を想定します」

「そこまで分かるんすか?・・・ってかテスさんって機人族だったんすね、

 機人族って人間と全く見分けつかないんすよね」

「機人族を見たことあるのか?」

「あるっすよ、機人族って自分の領地から全く出てこないイメージっすけど、

 極稀に探究心から人族領に顔を出すことあるんすよ、

 ちなみに知り合いに1人、首都タナトスに住んでる機人族が居るっす」


ロスウェルの話に、私もテスも興味があった。

確かに機人族は知識欲が強く、時として他国に赴くことはある。

そしてその性質上、旅は常に流浪する形になる為、

滞在することはあっても定住することはない


「その話もう少し聞きたいところですが、どうやら後になりそうですね」

「そうみたいだな」


ズシ、ズシ

重みのある足音が近づいてくる。

入口が広いおかげで微かに入る日の光によって、

薄暗い穴の中でもその姿を正確に捉えることができる。


巨大な熊、テスの照合によって予測されたデータ通りの巨躯だ。

こういう、『獣として常識を超えた存在』は『魔獣』と分類される。

向こうは既にこちらを視界に捉え、いつでも襲えるように身構えている、

ただの熊の魔獣なら何度も倒している、

そんな私だから感じるのであろう、1つの違和感があった


「腐臭・・・?」

「ララァさんも感じるっすか、あの熊、所々毛が抜け落ちてるっすよ」


ロスウェルも中々の観察眼を持っているらしい、

確かに所々毛が抜け、禿げている

さながら、『最近まで死んでいた』かのような・・・


「なるほど、魔獣にしては中々酷い組み合わせだ」


私は素早く取り出した松明に火を着け、熊に向かって投げつける

当てるつもりはない、その火が、熊の全身を照らしてくれればそれで良かった。


「おいおいおい・・・まじっすか・・・」


四足で立つその巨大熊の背中には無数の歪なキノコが生えていた


『寄生』、という物だ。

このキノコ、厳密に言えば菌は非常に感染力が弱く、

健康であれば人間の幼児でも受け付ける事がないほどだ。

そんな菌が唯一寄生先を得るのは『死の間際にある生物』、

今回の場合、これが熊だったというわけだ。


本当に恐いのはその先、

菌に感染した生物はまず脳を破壊され、菌が脳の代わりになる。

その時点で生物は死に、体の腐敗が始まるのだが

生きている生物の血肉を食らうことで腐敗を止め、

逆に体を再生させるという特性を持っている。


さながら生者を食らう死者『グール』を連想した学者が

この菌を『パラサイトグール』と名付けた


「ゴールド級の魔術師が5人か6人で炎魔法使って対処する案件っすよ」

「それがどれほどの規模か私には分からんが、

 その魔術師守るための前衛も用意しないとならんと考えると

 相当な大事になるだろうな」

「これが『パンナコッタ』の正体、でしょうか」

「いやきっと違うっすね。ほら、奥の行き止まり、

 壁に魔法陣が描かれてるんで、あれが『チャンポミン』の封印って奴かと」

「なぁもう魔獣で良くない?もう誰も正しい名前憶えてないだろ」


お互い睨みあったまま、動くことなく時間だけが流れる。

脳がグールフォームに取って代わったとて、獣としての本能を失った訳ではない、

隙を伺っている、と言ったところだろう。


「だがここで目標を燃やせば菌が灰と共に舞い散るかと、

 もしかすると村になんらかの被害が及んでしまうかも知れません」

「こいつがここに迷い込んだのが幸いだったな、

 声が出ないという事は体の内部が腐敗しているという事、

 ここで動きを封じれば糧を得られず、体も菌も

 やがて死滅してくれるさ」

「じゃ、ここは俺に任せてください」


ロスウェルが腰に下げたボウガンを手に取り、私達の前に出る


「2人の力を疑ってる訳じゃないんすけど、

 ゴールド級が複数人で対応しないと行けない相手っすから」

「ですが、ロスウェルさんだけで大丈夫でしょうか」

「はっはっは、俺をただの炎上系冒険者と侮ってはダメっすよ」

「炎上系の意味合いが一般と違うけどな」


腰に下げた『虹色のギルドカード』を私達に見せる、

それだけなら私も、おそらくテスも知っていた。

だが、そのカードに描かれている『絵』を見た時、

私達は驚きを隠せなかった。



「アルカナ『吊るされた男』ロスウェル・クルー。

 ・・・俺、実は有名なんすよ」


 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る