第17話 皆覚えてねぇよ

ロスウェルがボウガンを構え、魔獣に向かって走る。

先のギルドカードの事に一瞬気を取られてしまい、

私はその行動をただ見るしかなかった


「待て待て待て、ボウガンなのに何で近づくんだ!?」


ボウガンは言うまでもなく遠距離武器だ、

なのにロスウェルは『矢を番えることなく』接近戦を挑む。


「まぁまぁ、任せてくださいっす」


魔獣が片前足を大きく上げ、その鋭い爪をロスウェルに振り下ろす

しかし爪はロスウェルの体を掠めることも叶うことはなかった。

何が起きたのか分からない、そこに居たはずのロスウェルの姿が

一瞬にして宙に移動しているのだ。


吹き飛ばされた、そう考えるのが見る限り妥当だろう、

だがロスウェルの腕、正確には魔道具の腕輪から伸びた光る糸が天井に繋がり、

それを使って宙を浮いたのだ、と私は理解した。

『グラップルワイヤー』、そういう物があるのは知っていたが、

まさか戦闘でそれを目にするとは思わなかった。


「なるほど、本当に『吊るされた男』だな」

「別にそういう由来じゃないっすけど・・・ね!」


ボウガンに光が灯る、それが魔法の矢に形が変わり、

魔獣の真上から4本が撃ち出され、それぞれの矢が魔獣の四肢の関節に刺さる。

何から何まで驚かされる、『魔力で作り出した矢をボウガンで撃つ』、

そんな発想、私もテスも思いつきはしなかった。


「これが『今を生きる最強級の冒険者』の戦い方か、面白いなテス」

「昔は剣を振るい、弓を射て、魔法を使う。それが主だったのに、

 時代の流れと人の知恵と努力、ただ驚かされるばかりですね」


だがそれでも流石魔獣と言うべきか、

厚い皮膚が魔法の矢を受け止め、貫くことは出来なかった。

ならば私が1つ、助力をしよう。

ロスウェルに倣い、私も魔獣に向かって走る、ただ違うのは、

私は『魔獣の下を潜る』ところだ。


身長、四捨五入したら140㎝

将来はテスの様な『ないすばでぃ』になることが

約束されていると信じてるこの魅惑の幼女体型ならば、

滑り込むことで簡単に足元を潜り抜けることが出来る。


すれ違い様、私は魔獣の両前足、両後足に触れて『付与魔法』を発動する。

よく勘違いされがちだが、これもまた『付与魔法』の使い方の1つだ、

付与魔法は必ずしも全てが『有利な効果だけではない』、

そして付与魔法は『物品にしか付与できない訳ではない』、

後者は対象の魔法耐性など考えることは色々あるが、

獣人の狐族、しかも天才付与魔法使いの私なら造作もないことだ。


『鈍化』『筋力低下』『防御力低下』『被ダメージ増加』


ざっとこれくらい付ければ問題ないだろう。


「ロスウェル、もう一度撃てるか!」

「了解っす、危ないんで離れといてください!」


私の合図に間髪入れず、ロスウェルが1本の矢を放つ。

先程と変わらない一撃、だがそれが魔獣の右前足に当たった瞬間、

まるで大砲の弾が直撃したかのように巨大な風穴を作り、

右腕は高く宙を舞い、やがて地に落ちた。


「まじっすか・・・一体どんな魔法使ったらこんな何十倍の威力出せるんすか」

「どんなって・・・ただの『付与魔法』だが?」


胸を張ってドヤ顔でロスウェルにそう言い放つ、

一度でいいからこれ、やってみたかったんだよね。

欲を言えば敵の攻撃を無力化した時に『お、お前今何をした!?』と聞かれ、

『何って、付与をしただけだが?』みたいなベタなやり取りの方が好きだ。

これはまたの機会を狙うとしよう。


「言ったってララァさん、一尾の狐っ子っすよね。

 え、まじで一尾?普通の?まじ?」


普通のではないが、かと言ってロスウェルの事は良い奴だと思うが、

正体を明かすのは何か色々面倒になりそうな気がする。

なので私は愛想笑いで誤魔化した、我ながらかなり無理のある対応だが。


2発目、3発目、4発目、

ロスウェルの放つ矢は一度も外すことなく、

魔獣の関節を撃ち抜き、四肢をもがれた魔獣はついに地面に伏した。


運が良かった、その一言に尽きるだろう、

内部の腐敗が始まっている魔獣が起こす次の行動、

生きている血肉を求め、洞窟を出ていたら村がどうなっていたか

想像するに難くはない。


「それじゃ、これで終わりってことで」


魔獣の頭部にボウガンを向け、ロスウェルは迷わずトリガーを引く。

パスッ、という音と共に魔獣の眉間には光の矢が刺さる、

魔獣を動かす、菌の本体がある脳を破壊することで

今度こそ魔獣は『完全に殺す』事ができた。


「いやぁー、一時はどうなるかと思ったんすけど、

 ララァさんに助けられたっすねぇ」

「こちらとて同じだよ、私は見ての通り拳が武器なんでな、

 こういう痛みに耐性のある奴の相手は苦労するんだ」


まぁ、そういう相手は『テスに頼む』訳だが・・・

というのは別にあえて言う必要はないだろう。


「俺の矢は無限っすから、最悪、ハリネズミかってくらい

 全身に撃ち込めば倒せるかも知れないっすけど、

 こういう時はやっぱり補助のありがたみ感じるんすよね、

 俺達、思ったよりパーティーの相性良いかも知れないっす」

「ですが、今はまだ私達は一般人ですから。

 正式にパーティーを組むのは先の話ですね」

「だな、とりあえず今は封印の確認・・・を・・・確認・・・」


私が壁に描かれた封印の魔法陣に目をやると、

正しく、今、本当に今、

魔法陣が『スゥー・・・』という擬音が聞こえるかもしれない様子で

薄くなり、そしてやがて完全に消滅する。


「おいぃー!!魔法陣が消えたぞ!!」

「待て待て待て、満月の夜じゃなかったんすか!?」

「皆さん構えてください、封印が解かれたという事は・・・!」


これだから口伝というのは当てにならないんだ、と内心で愚痴る。

思わなかった出来事に私達は一瞬慌てるがすぐに気を取り直し、

瓦礫のように崩れる壁の中、その1箇所を静かに注視する。

『魔獣その2』がいつ出てくるか、初手をどうするべきか、ただそれだけを考える。


「・・・出て、来ないな」


しかしいつまで待っても、魔獣その2が姿を現すことがない、

私が2人の前に出て、ゆっくりと瓦礫の中を調べる為に近づく、

私の意図を理解したロスウェルはボウガンを構え、

テスはいつでも私を援護できる位置へ移動する。


慎重に、油断なく、

例え自身の腕に覚えがあっても心構えるべきことだ。

完全に崩れていない部分に蹴りを入れ、瓦礫を崩す、

そしてやっと封印の全容を見た私は驚き、そして呆然とした。


「・・・骨?」


骨だ、それなりに大きい獣の頭蓋骨、犬や狼に似た形状で

牙の鋭さが、典型的な肉食獣であることを予想させる。


「これが封印されてた魔獣・・・っすかね?」

「恐らく封印の中で寿命を迎え、白骨化したのでしょう」

「えーっと・・・それじゃこれで終わった、ということか」


戦わずに済むならそれに越したことはない、その通りだが

あまりに呆気ない事件の結末に、私達はなんとも言えない顔になっていただろう。

お互いに労いの言葉をかけ合い、洞窟の外に向かい歩く、

入口には村長と、比較的若い男衆が武装した状態で出迎えてくれる、

恐らく洞窟の中での戦闘の音を聞いたのだろう、

心配する村長が私達に声をかけてきた


「あぁ良かった、中で争う音が聞こえてきたから心配になって・・・

 それで『ノンチャッチャ』は・・・『ノンチャッチャ』はどうなりましたか?」



「・・・?」

「・・・え、ノ・・・え?」

「ノンチャッチャって・・・なんだ・・・?」

「えっ!?」


テスも、ロスウェルも、そして私も

『初めて聞く名前』に、ただ困惑してしまうのだった



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