神獣の幼狐 〜元神様の狐少女は冒険者生活を謳歌したいけど実力が目立って上手く行かない〜

秋月稲葉

第1話 世界の成り立ち

 遥か昔の話をしよう、この世界の成り立ちの話だ。


 あぁ、聞き飽きたからと言ってそんな顔をしないでほしい、これはただの、そう、おさらい、と言う奴だ。


 この世界には唯一神『マナ』と言う、世界に溢れる魔力を司る神が居る。


 そして我々が住むこの大陸には、唯一神の神託によって選ばれた、5人の『種族の神』が居た。

『英雄 タナトス』

『魔神 ゼルノア』

『機神 テスタ』

『精霊王 エリアロフィ』


 そして、『神獣 ライカ』


 それぞれの神は、己の眷属である種族の繁栄を見守った。


 タナトスは人族と呼ばれる人間やドワーフ、小人を。


 ゼルノアは魔族と呼ばれる魔神や悪魔、魔獣などの人外の存在を。


 テスタは機人族と呼ばれる人に似た機械を。


 エリアロフィは精霊族という自然に由来する、エルフやウンディーネなど。


 ライカは数多の獣の特徴を持った人の姿をした獣人族を。


 それぞれの種族は、それぞれの神が与えた土地で他種族と支え合い、穏やかに繁栄していった。


 だが数百年後、突然平穏は崩れた。


 魔神ゼルノアの暴走――。


 それを止める為に、英雄タナトスは魔神と一騎打ちをした、神と呼ばれる、巨大な存在の力と魔力のぶつかり合いは、山を削り大地を広げ、抉れた地には延々と降る雨によって湖が生まれ、それらが連なり、分かれ、いくつもの大陸となった。


 2人の神の戦いは長く長く続いたが、タナトスは全ての力を使ってゼルノアを、自身と共に異界に送り封印した。


 2人が消えた後、残った神々と人々は世界を再建した。

 

 精霊王エリアロフィは魔力を使って荒れた地に草木を芽吹かせ、自然を蘇らせた。


 機神テスタと彼女のコピー達は高度な技術と機械を与え、復興と発展を促した。


 神獣ライカは獣人達を使って傷ついた人々を助けた。


 ――しかし、獣人族は過ちを犯したのだ。


 世界の人口の多くを占めた人族と魔族、その両方が多く失われた今、獣人族は自分達こそが世界を統べるべき種族、そう勘違いしたのだ。


 神獣ライカの制止を聞かず、勝手な振る舞いをする愚かな獣人族に絶望したライカは獣人達への『加護』を諦め、自身が作った『隔離された世界』へ閉じ篭った。


 『加護』、獣人達がより健やかに繁栄する為に分け与えられた力が失われ獣人達はみるみる内に衰退し、現在では人族の間では種によっては奴隷として扱われるほどに弱っていった。


 そんな、混迷した世界に『1つの種族』が現れる。


 天から舞い降り、背には純白の翼、何処の神よりも仰々しい奴らは自分達を天からの使い、『天使』と呼称した。


 どの神もその存在を知らなかった、初めから居たのか、いつの間にか生まれたか、それも分からないまま、世界は天使から伝えられる『天の啓示』によって種族は土地を割り当てられ、独自の文明を培い、現在の世界が完成されたのだった。



「つまり、だ。天使って奴らは神々が必死に復興した世界を、後からふらっとやってきて管理し始めた訳の分からん種族ということだ」

「……はぁ」


 私の前で正座している人間の男は、聞き飽きた顔で生返事を繰り返すだけだった。

 

 無理もない、このおさらいと締めの天使への悪態は何回もやっている事だ、無理もないと言ったが、この人間の男、『ジン』は私の弟子だ。


 この金色の毛を靡かせる美しい幼女体型の狐の獣人族――。


 天才『付与師』にして『最強の格闘系武人』にして『絶世の美女』にして『神』、『神獣ライカ』の唯一無二の弟子である以上、ジンはいついかなる時も師の言葉に真摯に耳を傾けるべきだ。


 露骨に生返事をするべきではない、地味に傷つくから。


「ララァ様、また同じ話をしてるんですか? 同じ話を繰り返すのは老化や認知症の特徴ですよ」

「これが最後だからそうやって私を不安にさせるな、テス」


 私と、弟子のジンが居る小さな部屋に一人の女性が入ってくる。

 

 容姿は齢20代で赤色のロングヘア、穏やかな表情は美しく、眼鏡の似合う知性的な女性を、私は『テス』と呼んだ。


『ララァ』と、私の幼い時の愛称で呼べるのは今はもうこいつとジンだけだ。


『テスタ』、そう、この女こそが『機神テスタ』その人である。


 さっきの伝承の話では、この私が作った隔離世界には私だけが閉じ篭って居たはず……が、ある日突然のことだ。

 

 テスが赤子だったジンを連れてこの隔離世界に入って来たのだ。


「この子と共に、今日からよろしくお願いしますね」


 完全に私しか入れない世界のはずなのに突然訪れた昔馴染み、どうやって入った? って言うかどうやってこの場所分かった? そんでその人間の赤子は誰? あと今日からよろしくって断る権利は?


 空前絶後、私自身はそう思っていた、少なくともその日までは。

 

 起こりえるはずのない出来事、存在を目の前にしてパニックに陥った私は、この知性溢れる麗しき女性の皮を被った怪異に対して、無抵抗に、ただただその2人の居候を受け入れるしか選択肢がなかったのだった。


「……ジン、私がこの話をしたのは他でもない。明日がお前の18歳の誕生日だ。明日、お前はここを発つ、冒険者となるのだ。それがテスとの約束で、お前が幼少からの願いだったな」

「はい、先生。俺はこの日の為にテス様から知識を、先生から武術を学びました」

「だが、お前が望むならこのままここに住み続けるというのも……」

「いえ、俺は冒険者になります。幼少から聞かせて貰った先生達の冒険話。その冒険話に憧れて、俺もそうなりたいと思ったのです」


 『伝承の外』の話をしよう、 伝承や諸説の多くでは5人の神が種族を生み出したことになっている。


 ――否、正確には既に種族は存在していた。

 

 我々はその種族の中から選ばれた、最も力のあった個体でしかなかった。


 私とテス、タナトス、ゼルノアにエリアロフィ、元々私達は5人のパーティーで世界を冒険をし、その果てで神に至るまでの話。


 ただの冒険者として、時として人助けをし、困難に立ち向かい、何処にでもある、語り継がれることもない何者でもなかった冒険者達の思い出話。


 幼いジンが寝付けない時は、私とテスはよくそんな話をしてやった。

 

 そのせいだろう、ジンは昔からよく冒険者になりたいと言い続けていた。


「……分かった、私とてお前の決めた事を否定するつもりはない。今日までの培ったことは全て明日からの為のものだ。私が直々に鍛えたんだ、まぁそんな簡単に死ぬとは思わんが……」

「ララァ様、ジンは同年齢の冒険者に比べて遥かに突出した実力を持っています。私とジンが前に隔離世界を出て人里まで買い出しに行った時、10人規模の山賊をジンが1人で、素手で鎮圧した事もあります、無傷で」

「いや私の知らんところでとんでもねぇ事してんな?」


 夜泣きがうるさく、寝不足になりながらも頑張って世話をしたあの赤子、徒歩数分程度の箱庭ぐらいの範囲しかないこの隔離世界で散歩しようものなら、泣きながら私を探しまわっていたあの可愛い坊が。


 容姿端麗、文武両道、化粧を凝らせば女にも似せれるであろう顔は凛々しく、黒く短い髪は陽の光を当てれば美しく輝く、細身でありながら武術によって鍛えられた体は逞しさがある。


 まぁ要するに、2人の『神様』によって育てられたジンは文字通り、何処に出しても恥ずかしくない程に仕上がった成長をしていた


「先生、俺の事なら大丈夫です。むしろ俺が居なくなると、数メートル先の物を取ることさえ俺を呼びつけたり、家の中の移動でさえ俺に背負われないとままならない先生がどうなるか、俺はそっちの方が心配です」

「それ以上言うな」


 とにかく、と、私は話を切り替えた。

 

 なにがとにかくなんだと思われるかもしれないが、無理にでも切り替えないと私が恥ずかしい思いをするだけな気がする。


「ジンの人生はジンが決めると良い。私達はお前の決めた事をただ応援するだけだ」

「……先生」

「明日、お前には私から渡したい物がある。今日はもう寝ろ、明日は早いぞ」


 そう言って、私は部屋を出た。

 

 いつの間にか、空には大きな満月が浮かんでいた。

 

 いや、この満月は隔離世界を生み出した私の心象を模した紛い物だ。


「……そういえば、そうだったな」


 私は思い出す、初めてジンがこの家に来たことを。


 気が付けば私は家の屋根に上り、静かに空を見上げるのだった。







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