第2話 獣人族と神様

数百年前、それは起こった


英雄タナトスと魔神ゼルノアが共に異界に封印された後、

獣人達が人族と魔族を支配しようとした


止めろと叫んだ、『神獣ライカ』という神の言葉にさえ耳を貸さなかった

彼らは勇敢だった、勇敢だったからこそ『神』と言う存在を恐れなかった


彼らは忘れたのだ、神が授ける『加護』という力を

彼らは侮ったのだ、『加護』による恩恵を


私は神として同胞から認められなかった

神と言っても、私はただの『才能に恵まれただけの狐族の獣人』、

同胞は私をそう評して嘲笑った

神様と崇められ、その責任を全うする為に力を使い続けた、

そんな私が得た物は、そんなものだった


だから、私は神様を辞めた

加護を失った獣人族の土地は見る見る内に痩せ、

災害が多発し、多くの者は住む場所を失い、最後には人族に泣きついた。


獣人には2種類居る。

人族に近い容姿を持ち、獣の特徴を持つ『上位種』

獣の姿で、人族のように二足歩行を行う『下位種』

見た目の違いだけしかない、だが、見た目だけで人族は2種類に分けた。

『上位種』は人族と同程度の権利は保証されているが『下位種』は違った。

偏見と差別、それによって『下位種』は使い捨ての奴隷として扱われた


それらの境遇は現在も続いている、だけど、私は何も感じなかった

それほどまでに、同胞から受けた『結果』に絶望したのだ



魔法で作り出した、私だけの隔離世界の住み心地は良かった


故郷を模した箱庭の世界は自然に溢れていて、

畑を耕し、庭の草木を手入れし、川に行って釣りをする。

父親は釣りが好きだった、そして母親は庭いじりが好きだった。

静かな、自分だけの世界で今は亡き両親との思い出を追いかけるのが幸せだった。

神として崇められていた時の豪邸と違って、

小さく、一人が住むのに不自由がない程度の山小屋みたいな家を創った、

色々不便はあったけど、その不便を愛おしいと思えた。

まぁ、要するに、神という立場から離れた私の生活は

決して悪くはなかった、むしろ、この時間が死ぬまで続けばいいと思えた



「お久しぶりです、ララァ様。今日からよろしくお願いします」


今と同じ満月の夜のことだった、

静かな幸せは突然の来訪者によって大きく崩された。

いや、あの時は本気でビビったね、なんで『機神テスタ』がここに居るのかと。

テスは赤ん坊を抱いていた、生まれて間もない頃だろう赤ん坊をだ。


「え、は、え?あ?」

「家、住むには少し狭いですね。もう少し大きくできますか?」

「あ、はい、え?あ、はい」


言われるまま、魔法を使って家を大きく改築した。

ここは私の創った世界、家を創り変えることは造作も無かったが

何故テスが、とか、赤ん坊は誰、などと雑念が入る所為で形が定まらず、

何度もテスからダメ出しを受け、修正を繰り返したあの苦痛は今でも覚えている


「あの、テス?色々聞きたいことあるんだけど」

「18歳」

「はい?」

「18歳、この子が18歳になるまで、ここで私と共に面倒見てください」


いやなんでだよ、と思ったけどテスは昔からこんな調子だった

突然何かを思いついては行動し、結果だけを持ってくる、そういう奴だった。

つまり、テスに何かあって、この子が人族の成人の指標である18歳になるまで

育てる為に何かをどうにかして、私だけの世界に辿り着いた、という事だ。


いや全然分からんが?


「・・・まぁ、うん?まぁ・・・。

 何か厄介事に巻き込まれたのか知らないが、頼れるのが私だったんだな」


私は月を見上げ、独り言を呟いてそう納得したのだった



それから18年後の今


「ララァ様」

「テスか、丁度いい、少し話そうか」


元神様と、現神様、並んで屋根上に座って月を眺めている

これほど絵になる光景は早々ないだろう、と自画自賛する


話したいこと、結局今日までうやむやになっていた聞きたい事、

それを今なら聞ける気がする、そう思った


「テス、結局の所、ジンは何者なんだ?」


その質問だけで、きっと私の疑問のほとんどが解決するであろう


「ジンは、人族の盗賊によって焼き払われた村の、最後の生き残りです」

「・・・そうだったか」

「そして、ジンを助けたのは私ではありません。

 彼を助けたのは、獣人族の・・・『下位種』です。」


テスの言葉に、私の狐の耳がピクリと動いた。

下位種、人族の奴隷であり、人族を憎む下位種がだ、

人族の子供を助ける、何故?


「この下位種は奴隷の身でありながら、自身の主の子であるジンを、

 盗賊に襲われながらも、守り抜き、そして私の目の前で死にました。

 彼は最期まで、ジンを気にかけながら、私にジンを託して死んだのです」

「・・・その下位種は運良く、良い主人に当たったんだな」

「ララァ様、いえ。『神獣ライカ』様』


テスが私に向き合うように体勢を変えた


「今一度、獣人族を見つめ直してみませんか?」


何を言っている?

それが私の頭に最初に浮かんだ言葉だった


「獣人達は長い年月を経て、今の境遇を受け入れています。

 多くの者は人族からの仕打ちを受け入れ、

 時として児戯で奪われる虫の命と同等に扱われる事もあります。

 ですが、今の彼らはそれさえも当然だと思っています、

 彼らは、既に貴方に行った仕打ち以上の報いを受けているはずです」


考えてない事ではなかった彼らは十分苦しんだ

あの日の絶望を、憎しみを清算することは出来るはずだった


だが怖かった


私が見捨てたことで、彼らの今の境遇がある

私が見捨てなかったら、こうはならなかった

私が、私さえ、私のせいで


「・・・すまないが、それは無理だテス。

 私は神様になれなかったんだ。」

「いえ、私も無理と承知です。

 同胞に裏切られた貴方の絶望と心の傷は、

 私の知能を以てしても推し量れる物ではありませんから」

「だが、でも・・・もし彼らが再び『神獣ライカ』を求めるなら、

 それを知る事ができるなら・・・」



「でしたら、もう一度冒険者からやり直しましょう」



テスの突然の提案に、私は目を見開き言葉を失うのだった




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