第23話 恋人(歪)

「支部長、お客さん連れてきましたよ」


ミスティがそう言いながら、返事を待たずにドアを開ける。

そこに居たのは先ほど歌っていた女性、

この人がギルドの支部長、『アルッセナ・フリート』なのだとすぐに理解した。

やや気怠そうな様子で長ソファーにもたれ掛り、足を延ばす姿も綺麗だと思った、

無自覚に、この人は自分が最も美しく見せる為の所作を知っているのだろうか、

そんな風に疑ってしまうくらい、様になっているのだ。


「あら、来客の予定はないって聞いてたけど・・・?」

「こちらの獣人の子なんですけど、

 あのロスウェルから推薦状を持って訪ねてきたんですよ!

 し・か・も!彼女の連れの人も同じく推薦を受けてます!

 2人ですよ!2人!」

「凄いわね、ロス君が認める人なんて滅多に居ないのに。

 お名前は?もう少し近くに来てもらえるかしら」


言われるまま、名前を名乗って支部長に近づく、

めっちゃいい匂い、まつげ長い、流石美麗な容姿が多いエルフなだけある。


「私の歌、聴いて頂けたかしら、どうだった?」

「正直、歌にそこまで詳しくはないのだが・・・、

 あのような『魔法』、今まで見た事がなくてかなり驚いた」


私の『魔法』という返答に、アルッセナもまたミスティと同じ反応を見せる。

恐らく多くの人が気づかないであろう、彼女の歌には魔力が含まれていた、

ただし魔法とは違う、『未知の技術による魔法』、そう表現するのが正しいだろう。


一般的な魔法は精霊に祈りを捧げ、その力の一端を引き出して行使する物だ、

例えば火の玉を撃ち出して攻撃するのであれば、

火の精霊に『魔力を込めた呪文』を唱え、それによって火の精霊に語りかける。

魔術師としての力をつけ、より精密に祈りを捧げることが出来れば、

より強力な魔法を使える。という仕組みになっている。


だが、アルッセナの魔法は『魔力を込めた呪文』だけで魔法として成立している。

誰かに祈りを捧げるわけではなく、呪文のような歌を歌いあげることで、

聴いた人の身体能力、もしくは精神力を向上させる効果が生まれているのである。


「『魔法みたい』とよく言われるけど、『魔法』と断言したのは貴方が初めてよ。

 これは、私だけが使える特別な力、みたいなもの。私は『呪歌』と呼んでいるわ」


特別な力と言われ、私の中の1つの可能性がより確信できるものになる。


「つまり、あなたもアルカナ、と呼ばれる冒険者か」

「そう。・・・アルカナ『恋人』、アルッセナ・フリート」


服の内ポケットから冒険者証を取り出す、色は虹、

そして裏面にはタロットカードの『恋人』が描かれていた。

この人で2人目のアルカナ、一体この首都に何人住んでいると言うのか。


「ロス君とは旧知の仲だから、彼が推薦したというなら

 特に私達で何か審査するということはないわ。

 ・・・でもギルドの規律で貴方と、貴方の友人には

 『ストーン級』から始めてもらうけど・・・」


そこまでアルッセナは言うと、口に人差し指を当てて『んー』と悩み始める。

私達としてはそれで何ら不満はないのだが、

アルッセナの方がストーン級から始めて良いのか、と思っているらしい。


「本来ストーン級は戦闘の危険性がある依頼は受けれないようにしてるのだけれど、

 ロスウェルのお墨付きであれば例外としても良いのでは?」


ミスティがそう提案し、アルッセナは頷く。


「そうね、貴方達もその方が早く実績を積んで上を目指せるから、

 特に悪い話ではないのだけれど、どうかしら?」

「むしろありがたい話だ、ロスウェルと支部長達の期待に添えるよう努める」

「気負わなくていいわ、それではミスティ、

 ララァさんと、この後来るテスさんの冒険者証を用意しておいてね」

「ところで少し聞きたいのだが・・・ジン・・・『仁狼』を知ってるか?」


首都タナトスに来る前にロスウェルからジンの話を聞き、私なりに推測したのだが

ジンはこの世界に来てすぐ、魔獣の森に迷ったと見て間違いない。

そしてそこで出会った冒険者のパーティーを助け、その者達に同行して首都に来た。

つまり遠回りした私達より半月以上の差で、弟子は都会デビューを果たしたって訳。


「仁狼ならここじゃなくて、東区の冒険者ギルドの所属だね。

 あっちは商業区と交易区みたいに人や物の出入りが多くないから、

 そこまで稼げる依頼とか集まらないのよね。」

「東区は冒険者としての技術を学ぶ訓練学校があって、

 東区は大体そこの卒業生がそのまま東区の支部で冒険者登録するわね。

 仁狼君、一度だけ見たけど昔の夫にそっくりだったわ」

「支部長、その話は」

「なんと、アルッセナは結婚していたのか」


流石に、アルッセナほどの女性なら伴侶が居てもおかしくはない、

だがそれより気になったのが、一瞬だけ気まずそうな顔をしたミスティだ。


「元々私と夫はこのギルドで出会って、色んな困難を乗り越えて・・・、

 でも、彼とはもう、会う事は出来ないでしょうね」


それから聞いた、アルッセナと夫の出会い、そして別れの話。


彼女の夫は森の精霊を信仰する治癒師で人間だった。

偶然パーティーを組むことになり、

出会った頃からアルッセナは夫に好意を寄せていたのだが、

夫は『自分は人間で君はエルフ、必ず君を置いて自分は死んでしまうから』と言い

彼女の好意を拒み続けてきた。

だが多くの困難を共に乗り越え、次第にお互いが惹かれ合い、結婚までした。

幸せの日々、それを2人は決して疑わなかったが、

ある日のこと、夫は不治の病で先が長くないことを悟った。


そして夫は彼女に言った、

『自分の残り少ない命、これを多くの怪我や病に苦しむ人々の為に使いたい。

 アルッセナ、君は今も美しい、これから多くの人と出会うことになる。

 だから君は新しい恋に生き、幸せになってほしい。』


彼女は夫の意思を尊重し、見送った。

ただ、今もなおアルッセナは最愛の人の願いを叶えれないままで居る。

どんな素敵な人に出会っても、いや、相手が素敵であるほど

2度と会えない最愛の人への気持ちが、より一層強くなってしまうのだった。


・・・と、言う話を聞かされてる間、

私はずっとティッシュで涙と鼻水をふき取り続けていた。


「こんな、こんな悲しい話があるなんて信じられないよぉ・・・」

「ごめんなさいね、こんな話聞かせちゃって。

 でも、泣いてくれてありがとう、優しいのね」

「本当に優しいのはアルッセナだ・・・、

 大丈夫、アルッセナは絶対幸せになるから、絶対幸せになってぇ・・・」

「支部長、あの、もうその辺で」

「あぁ、そうだったわ。

 ロス君からのお願いで、住む場所の手伝いもあったのだけれど、

 実はこの近くに空き家があるの、ギルドの所有物だから

 遠慮なく使ってもらって構わないわ。ミスティ、案内してあげて」


私は何度も頷き、謝意を述べる。


「何から何までありがとう、良ければまた、夫の思い出話を聞かせて欲しい。

 話すアルッセナの顔、凄く楽しそうで私は好きだよ」

「あら、ふふ。・・・ええ、いつでも遊びに来て頂戴ね」

「さぁさぁ!行きましょ行きましょ!」


ミスティにやや強く手を引かれ、私達は支部長室を出て、ギルドの外まで行く。

さっきから妙にミスティの様子がおかしいとは思っていた、

何やらアルッセナの会話を阻んでいるような、そんな気がする。


「ララァ、あんたに教えてあげなきゃいけないことがあるの。

 支部長の、その、旦那だけど・・・」

「ああ、凄い人だな、余命幾ばくもないのに、その命を人の為に使いたいだなんて」

「いや、その・・・居ないのよ」

「居ない、そうだな。旅に出たんだろう?」

「じゃなくて!・・・そもそも、『存在してないのよ』」


私の『え?』を最後に世界が無音になる。

いや、人々の喧騒は確かにある、だが、私の耳からその喧騒が消えてしまったのだ。


「ううん、厳密には『確かに居た』。

 当時の支部長が一方的に好意を寄せて、ストーカーになって、

 それに耐えきれなくなった男性が夜逃げの如く消えたの。

 ・・・支部長はその事実に耐え切れずに、ああやって

 『全ての記憶を改変』しているの」


全身の毛が逆立つ、汗と涙が頬を伝い、呼吸が浅く、早くなる。

久しく感じる『恐怖』という概念を間近に感じた。


『狂気』


そう、狂気だ、私が今まで話していた麗人の、切ない恋の物語

アルッセナの見せる喜怒哀楽の顔、思い出。


それら全てが『ストーカーの妄想話』だった、

その事実に全身が脱力し、私は膝から崩れ落ちた


「そ、そそ・・・それじゃ遺跡で仲間とはぐれて、

 夫と2人で沢山の魔物と戦った話も、

 夫が未知の疫病に倒れ、三日三晩懸命に看病した話も・・・!?」

「・・・もし今後、支部長の旦那の話に違和感を感じても・・・ね。

 気づかない振り、してあげてね・・・」



アルッセナの思い出話を聞いた時より2倍泣いた







 

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