第26話 霧の晴らし方
「着いたか」
馬車が止まり、私達は降りる用意を始める。
森の入口であるにも関わらず、辺りには霧が立ち込めていた。
「報告だとぉ、霧はもっと森の深い所だったはずなんだけどぉ」
「霧の範囲が広がってるか、あるいは霧の発生源が動いているか、
いずれにせよ、立ち入り禁止令を出して正解だったっすね」
「・・・ふぅむ」
漂う霧に、微かな魔力を感じることができる。
魔法を使う素養がない一般人、いや、騎士などの前衛職なら
これをただの霧だと軽視するかもしれない。
私はこういった事象を幾度となく見て来た、それゆえに
原因は大方見当がついていた。
「これは
本体を見つけて対処することは可能だが、見つけるにはかなり時間を要する」
浮遊霊には大きく分けて2種類居る。
生き物の魂が形と成すタイプと、精霊そのものであるタイプだ。
一般的には前者、生き物の魂であることが多いが、
魔力を発する、となれば精霊そのものという可能性が強くなる。
しかし、精霊本体は精霊領から出ることはほとんどなく、
人に影響を与えるとすれば、魔法の行使にその力の一部を借りる時だ。
となれば、私は1つの『良くない可能性』に辿り着いた。
「誰かが精霊本体、もしくは精霊に由来する物をこの森に持ち込んだのだろう。
行方不明の騎士がその当事者か、巻き込まれたにせよ、生きてる見込みはないな」
「そっかぁ・・・とにかく霧が薄いうちに分かれて探してみるぅ?」
オイグの提案に私もロスウェルも賛成し、
非常時には大声で伝えることを約束してから分かれての捜索を始める。
それを見つけるのに、そんなに時間はかからなかった。
行方不明とされた騎士の亡骸、外傷は首の切り傷、そして手に持ったナイフ。
見る限りは『自らの手で』、だが私が発見したのは森の入口から歩いて数分程度だ。
走れば、あるいは森の外の景色が見えたかも知れない、
その状況で、どうやって絶望し、自ら死を選べると言うのだろうか。
そんなことを考えていると、ガサガサと草むらを何かが掻き分ける音が聞こえる、
そちらを振り向くと、オイグがこちらに近づいてきていた。
「オイグか、見てくれ。目標を発見したが既にこの有様だ、
ロスウェルと合流し、ひとまず遺体の回収を進めよう」
オイグも覚悟していたとはいえ、いざ遺体を見つけて言葉を失っているみたいだ、
黙って頷き、来た道を引き返し始め、私もそれについて行く。
森の奥へ、奥へ、行けば行くほどに霧が深くなっていく。
やがて人が切り開いて出来た、広い場所へ辿り着く。
「おっ、ララァさん、そっちはなんか手がかりあったっすか?」
「オイグと一緒に行方不明者の遺体を見つけた、今から回収し・・・に・・・」
「は?何言ってんすか、オイグならずっと俺・・・と」
「えぇ、なにぃ?僕はここだよぉ・・・お?」
霧の向こうから姿を現す、ロスウェルと『オイグ』、
そしてこっちには私と、『オイグ』・・・。
「い、いやいやいや!ララァさん、何バケモン連れて歩いてるんすか!?」
「はぁ!?誰が化け物だ!オイグは人間だろうが!」
「えぇ!?ぼ、僕ぅ!?」
私と、私側に居るオイグに指を差して、
そんな失礼なことを叫ぶロスウェルに反論をするも、
ロスウェル側のオイグが驚きの表情を浮かべる。
「え!もしかしてララァさん、そのバケモノをオイグだと思ってるってこと!?」
「だからオイグは化け物じゃない!狐族ではふくよかな体は
生活が豊かであるという意味で誉め言葉なんだぞ!デブを悪く言うな!!」
「え、今ララァちゃんデブをバケモノって言ってるぅ!?」
「じゃなくてマジでバケモンなんすよ!
確かにオイグはバケモンみたいなデブだけど!
違うんす!マジのバケモンだから!早く離れて!!」
「え、お頭も僕のことバケモノだと思ってたってことぉ!?」
ロスウェル側に居るオイグが、私とロスウェルを交互に見ながら
そんな風に怒っているが、こちらのオイグはただ静かに、悲しそうな顔をしていた。
「ほら見なよ!!こっちのオイグはこんな悲しそうなッ、
今にも泣きそうな顔してるんだぞ!早く謝りなよ男子ィ!!」
「分からんす分からんす!バケモンの表情全く変わってないし!」
「今にも泣きそうなデブがここにも居まぁす!!!」
困った、どうにも話が嚙み合わない。
オイグが実は双子だった、という訳ではない、
そして2人はこっち側オイグを化け物だと罵っている。
ここから導き出される答えは・・・『幻覚』
これではっきりと分かった、霧の正体は精霊、
更に私達はその精霊の幻覚にかかっている。
状況を考えれば、私側に居るオイグが幻覚だろう、
しかし、もし私側のオイグが本物で、沈黙魔法にかかり、
今喋ってるオイグが実は偽物だったら?
その可能性も捨てきれない以上、結論を急ぐべきではない。
「・・・そもそも、なんでララァさんと俺らで見てる物が違うんすかね?」
「恐らく、精霊に戦う意思はないのだろう。
だが襲われる危険を回避するために、恐ろしい魔物、
もしくは守るべき仲間の姿に模しているんだろうな。」
「えっ・・・ララァちゃんは僕のこと守りたい・・・ってこと?」
「自惚れるなデブ」
「ねええぇぇ!!!ちょっとそのデブは悪口だよねぇええ!!!」
死んだ騎士団員もきっと、ロスウェル達が見ている化け物の姿で追われたんだろう。
どういう物か想像がつかないが、ロスウェルが身構える程と考えれば、
追い詰められた若輩者なら自ら死を選ぶこともあり得る。
精霊は大抵気まぐれ屋だ、この状況の目的を推測するのは無駄だ、
人が1人死んでいるのなら、これ以上被害が出る前にこちらも動くとするか。
「仕方ない、あまり事を荒立てるつもりはなかった、が・・・」
私は懐から『赤い布』を取り出す、
バンテージ、拳を保護する為に巻く包帯であり、これが『私の武器』になる。
それを拳に巻いた瞬間、私の拳が燃え上がり、辺りの霧が一気に晴れる。
「ちょ、ララァさんのそれ!『炎属性付与』・・・じゃない、
『炎属性付与』の上位、『剛炎』って奴っすか・・・!?」
「いきなり何して、って・・・ララァちゃんの周りの霧がなくなってる!」
「相手が精霊とはいえ、霧を晴らすには地表や空気を熱するのが手っ取り早い、
茂った森でこれを使うのは危険が伴うが・・・」
「なら、俺の出番ってことっすねぇ!」
ロスウェルが今日一番の元気で生き生きした様子で、
何処からともなく様々な形状の『瓶』を数本取り出す。
「お頭ぁ!いっちょやったってくださいよぉ!」
さっきまで泣きそうだったロスウェル側オイグが一気に元気になる。
私はすぐに理解した、あれは『ロスウェルの自慢の得意技』なのだと。
「試したかった『溶岩ゴーレムの燃える心臓』を主原料にしたこれ!
ゆっくり広範囲に延焼できるように調整した自信作なんすよ!」
「おいやめろ!森だぞ!あ、おいこら!やめっ・・・」
手を伸ばすも時すでに遅し、なんなら『主原料にしたこれ』の時点で
投げられた瓶は地面で割れ、ゆっくり延焼と言ってたはずなのに
周囲、目に映る範囲が瞬く間に火の海と化す。
気が付けば私の隣に居た無口なオイグの姿が消えていた、
そうかそうか、どうやらロスウェル達の言う事は本当だったんだな。
疑ってすまなかった、だがなんとかなって良かった、良くねぇよ。
「あれ、なんか思ったより火の回りが早い・・・あ、やばいやばいやばい」
「お前ぇー!帰ったら騎士団に突き出してやるからなぁ!!」
「い、急がないと遺体も焼けちゃうよぉ!!」
霧を晴らす、ただそれだけの為に支払った代償はあまりに大きい。
幸いなことに調合ミスがあったのだろう、
目に映る範囲の木々が全て炭になるまで燃やし尽くしたものの、
延焼は広範囲と言えるほどではなかった。
いや良かった良かった、良くねぇよ。
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