熱血男はお好きですか? 第四話

 西郷の鼻血の処理を待った結果、無差別級の決勝は昼食後へと持ち越された。


 「西郷先輩、生きてるのかなぁ」

 「ま、なんとかなるんじゃない?この小説、ギャグだから」

 「清花ちゃんの一件で、何人、死人出してると思って……」

 

 会場のすぐ近くにシートを敷いて昼食の準備をしながら、未亜と美奈子がそんなやりとりをしていた。

 「はい。ジュース、買ってきました」

 学食にジュースを買いに行った綾乃が、保健室から戻った博雅と共に戻ってきた。

 歩くという単純な動作でも痛むらしく、脇を押さえながら博雅は顔をしかめている。

 「秋篠君、大丈夫?」

 ジュースを渡しながら心配そうに訊ねる美奈子に、博雅は律儀に笑いながら言った。

 「ああ。しばらく痛むらしいが、やむを得まい」

 「羽山君は?」

 「あの看護婦さんとどこかに消えたよ。有頂天でね」

 「―――ま、羽山君が一番幸せかな。この作品で」

 「そうかもしれないな……」

 「で、肝心の水瀬君は?」

 「あ、さっき、誰かを案内してくるって言ってました」と綾乃。

 「案内?」

 「はい。丁度今日、日本に来ていたからって、何だか楽しそうでした」

 「へぇ……あ、来た、て……ええええっ!?」

 職員室がある管理棟から出てきた水瀬が連れて来た、その髪の長い、知的な美人に美奈子と博雅は見覚えがあった。

 「ル、ルシフェルさん!?」

 「お久しぶりです」

 「ち、ちょっと、どういうこと!?」

 「電話したら見たいっていうから。あ、学校の許可は受けているよ。綾乃ちゃんは初めてだったよね?ルシフェル・ナナリ、僕の友達。えっと、ルシフェ、瀬戸綾乃ちゃん。クラスメート」

 「許嫁じゃなくて?」

 少し、意地悪い口調でからかうように言うルシフェル。

 「おばさまから聞いてるよ?」

 「お母さんのおしゃべり……」

 「ま、とにかくメシにしよう。水瀬も午後一番で大勝負だからな」

 「うん―――じゃ」

 「みぃなぁせぇ!」

 和やかな輪に割り込んできたのは草薙だった。

 「なんやなんや!みんなで旨そうなもん喰ってるやんか!?ワイにも分けてぇな!」

 「いいよ?余分には作ってあるし。あ、でも、瀬戸さんのお弁当はボクの……ああああっ!」

 珍しい水瀬の絶叫が周囲にこだまする。

 その視線の先にあるのは、水瀬が食べようとしていた弁当箱に遮二無二かぶりつく草薙がいた。

 「ハグハグ……うん。この卵焼きは絶品やな―――今時、タコさんウィンナーなんて感動モノや―――っプハァ!ごっそさん!」

 「あ、ぁぁぁぁぁ……」

 渡された空の弁当箱を前にへたり込む水瀬。

 「ぼ、ボクのお弁当……3日も前から楽しみにしていたのに……」

 滝涙状態で草薙をにらみつける水瀬。

 「ち、ちょっと、水瀬君?」

 「……ぐすっ。やっ、やってくれるね。草薙君……この借りは利子付けて返すからね」

 「なはははっ!楽しみにしてるで!―――で?隣の美人さんは誰や?水瀬のお姉さんとか?」

 美奈子達は、吹き出しそうになったけどなんとかこらえた。

 「あのね?」

 美奈子が笑いを抑えながら、説明しようとしたが、草薙はそのまま腰を上げた。

 「ま、どこの誰でもええわ。大切なのは、次の試合やからな」

 「そう、だね」

 「楽しみにしてるで水瀬!」

 「お、お弁当の恨み……血祭りじゃすまないからね」

 「な、なんだか、私怨まじるな。次の試合……大丈夫か?」

 「み、水瀬君、まだお弁当残ってるじゃない、食べましょう?」

 「……う、うん。うううううっ!」

 半ばヤケクソになって箸を掴む水瀬だが、怒りを抑えることが出来ないらしい。

 「そんなに血気にはやると負けるよ?」

 タダ一人、事情がよくわからないルシフェルは、それでも釘を刺すように水瀬に言った。

 「冷静沈着。そうでしょ?」

 いいつつ、お弁当からちゃっかり一番美味しそうな料理に箸をつけるルシフェル。

 さすが。

 「う」

 「しばらくあわないうちに、少しは成長してるかとおもったのに」

 「それ、褒めてる?」

 「まさか」

 

 ルシフェル・ナナリ来校――


 その話題が校内中に知れ渡るのに、さほどの時間はかからなかった。

 全ての騎士達にとっての憧れにして、ある意味で目標、生きた英雄を目の前で見る機会なぞ、滅多にあるものではない。

 ほとんど自分達と同じ年頃でありながら、あの戦争を戦い抜いたその功績を身に纏う彼女の存在は、血の気の多い生徒達に、一種の興奮を巻き起こした。


 ―ルシフェルが見ている。


 それは、絶対に恥ずかしい戦いが出来ないという意味でもあり、生徒達はその興奮状態のまま、午後を迎えることになる。


 「はい!というわけで、無差別級決勝、水瀬対草薙戦!特別ゲスト兼審判はなぁんと!ルシフェル・ナナリだあっ!」

 観客席から割れんばかりに歓声があがり、戸惑いながらも笑顔で手を振って答えるルシフェル。

 「というわけで、水瀬選手と友人とのことですが、ルシフェルさん、どっちが勝つと思いますか?」

 「そう、ですね。二択で言えば、経験上、水瀬君が勝つとしか言いようがないですけど」

 「やっぱり、友達だからですか?」

 「いえ。いっそ負けた所を見てみたいのも本音です」

 「では!その光景が現実になるか!テーマソングに乗って、両選手の入場です!」


 スピーカーから大音響で流れるのは、ベートーベンの第九、歓喜の歌。


 「あのぉ……なんでクラスマッチでテーマソングが?」 

 放送席についた綾乃が、不思議そうな声で満里奈に訊ねた。

 「草薙君の要求、つーか、多分、趣味」

 「は?」

 「とにかく目立ちたがり屋だからね。K-1か何かの影響でしょ?きっと」

 「い、いいんですか?」

 「だって止められないでしょ?あの野蛮人怒らせる気、私にだってないわよ」

 「本音、ですね」

 

 音楽が、状況によって人間に様々な影響を引き起こすことはある。

 

 例えば、この時のコロシアムが好例だった。

 

 歓喜の歌が流れる中、フィールドに現れた草薙は、生徒達から大歓声をもって迎えられた。


 神を祝福する歌を背景に、自称、神に祝福された「天才」が現れる。


 それ自体が、決して嫌味ではなく、逆に当然に近い形で受け入れられたのは、むしろ草薙の人徳というべきかもしれない。


 「いけーっ!草薙ぃ!」

 「やっちまぇ!」


 各所から興奮気味の声が上がる中、フィールドの中央に立った草薙は、スタンブレードを高々と観客へ向けて掲げてみせる。

 

 ワッ!!


 コロシアムの興奮は最高潮に達した。

 ほぼ、全員にとって、今、この瞬間の主人公は、草薙だった。

 

 「やっぱり、上手いですね。草薙君って」感心する綾乃と、

 「天性のエンターティナーなのよね。きっと」草薙のプロフィールを読み上げた後で、やや声がうらやましそうな満里奈。

 「私も自然体であれだけ出来ればねぇ……未亜に負けないんだけど……」

 「お仕事お仕事!」運営委員からヤジが飛ぶ。

 「あ、いけない。さぁ!草薙選手入場に続き、聞こえてきたのはぁ―――」

 

 流れてきた曲を聴いた途端、満里奈の、いや、ここにいるほぼ全員の頭の中が真っ白になった。

 

 曲名を知らないワケじゃない。


 ただ、

 

 ―――ここで流すか?普通……。


 その思いがあったからだ。 

 

 あくまで自然体の水瀬がフィールドに入ってきた。

 

 バックに流れているのは、オモチャ売り場か子供向けテーマパークで聞こえてきそうな曲。

 そんな曲をバックに意気揚々とフィールドに入ろうとする水瀬の襟首を掴んで頭をこづき回しているのは、水瀬側のサポーターの一人、羽山だった。

 「は、羽山君痛い!」

 「やかましい!なんだこの曲は!」

 「だ、だってだって!『好きな曲流す』っていうから!」

 「だからって、何でア○パ○マンなんだ!」

 「お気に入りなんだもん!」

 「せめて瀬戸さんの曲にでもしておけ!」

 「―――タイトル伏せ字にするだけでわかってもらえるほど、瀬戸さんの曲って知名度ないし」

 「……ま、がんばれ。後は知らん」

 

 「なんか、凄まじくヤバ気な発言がありましたが……」

 「……」


 メキメキメキ

 

 マイクからそんな音がする。

 

 綾乃がマイクを握りつぶそうとする音だった。


 「……悪かったですね。知名度低くて」

 「あ、あの……瀬戸さん?」

 「私の歌は、パンのバケモノ以下ですか……」


 「あんま、ヤバい発言しないで。いろいろ揉めると困るから、ね?」

 満里奈が恐る恐る声を掛けるが、綾乃が聞いている様子はない。


 「それでも、設定上はトップ独走中なんです。例え空想上とはいえ、この世界じゃ、オリコンだって―――」


 「さ、さぁ!フィールドに移ったルシフェルさぁん!(助けて(T_T))ルールの説明からお願いしまぁす!(私も逃げたいよぉ……)」


 「許しませんよ……悠理君」 



 バグシャッ!!



 綾乃のマイクは、ついに限界を超えた。


 「ルシフェ、ルシフェ!」

 水瀬に声を掛けられ、ようやく( ゜д゜) ?状態から脱したルシフェルが、気の毒半分、興味半分で水瀬に言った。

   

 「―――水瀬君、なんか、後の方が地獄、なんじゃない?」

 「もう、慣れているから……」

 「お葬式、出てあげるから、ね?」

 「友情一杯の励まし、アリガトウね」

 

 「じゃ、水瀬君、死に花咲かせてね。ルールを説明します。今回、草薙君からの強い要望により、若干、通常ルールとは異なりますので、よく聞いて下さい」ルシフェルが、実行委員から渡された注意書きを読み上げる。


 草薙・水瀬、共に無言で頷く。


 「まず、武器は肉体、スタンブレード、精神的攻撃に類するあらゆるものを許可します。ただし、魔法及び隠し武器等の使用は禁止します。 

 攻撃は、致命傷となる部位、喉や急所等への攻撃は、これを禁止し―――」

 「具体的にどのヘンや?」

 「え?」

 「ワイ、コドモやからわかんなぁい。オトコの場合、どのヘンなんや?」

 「そ、それは……」

 「センセー、オトコのドコなんか、名前教えて下さぁい」

 少し、顔を赤らめたルシフェルだっが、水瀬が止める前に動いた。

 

 ガンッ!


 鈍い音がして、草薙の体が5センチ程度浮き上がったかと思うと、そのまま崩れ落ちた。


 「具体的には、こういう攻撃です。わかりましたか?」


 股間を押さえて悶絶する草薙を見下ろしながら、笑みすら浮かべるルシフェル。

 「水瀬君、ヒーリングかけてあげて。時間ないから」

 「う、うん……く、草薙君、大丈夫?」

 「ううう……」

 「ルシフェ、こういうの、潔癖だから怒るんだよ?」

 「み、見える……」

 「え?」

 「ひ、光や……」

 「く、草薙君!?まさか……」

 「あれは……」

 「何!?」

 「に、二丁目や。そうや。新宿の二丁目のネオンやぁ……ああ。カマになった先輩達が手招きしてはるぅ……」

 「―――審判、コレ、殺していいですか?」

 「だめ。さっさと直して」

 

 3分後―

 「コホン。続きです。マジメに聞いて下さい」

 クギを刺すルシフェルに、二人とも今度こそ何も言わない。

 「ルールの大きな変更点は一つ、フィールドからの落下は敗北にはなりません。あくまでギブアップ、もしくは戦闘不能に陥ったと、審判が判断することが必要です。違反行為があった時点で違反者は、私がたたきのめします。制限時間は15分。何か、質問は?」


 双方、無言。


 「―――神の御加護を」

    

 所定位置に下がったルシフェルが右手を掲げた。


 

 装備を調え、無言でかわされる二人の礼。



 ゴングが鳴り響き、戦いは、始まった。



  

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