呪われた姫神 その8
水瀬は、目の前が真っ暗になった。
その意味が、わかるから。
数分後
「どうしても―――どうしても、殺さなければならない、存在なんですか?」
うつむきながら、やっとの思いで水瀬は言葉を紡ぎ出した。
あまりのことに、もう思考が働かない。
「いいえ?」
「へ?」
アゼンとした顔で神音を見る水瀬。
「ぶっ―――」
神音は耐えられなかったという顔で吹き出した途端、腹を抱えて大爆笑していた。
「お、おばあちゃん?」
「キャハハハハハハハハハハッ!も、もう!悠理ったら、マジにとるんだもん!そういうとこ、由忠譲りね、あなたって!」
「お、怒りますよ!?」
「ご……ごめんなさいごめんなさい……あーっ。笑ったわ」
「くっ」
「孫に自分の嫁を殺せだなんて、私が言うはずがないじゃないの!」
「はぁ?」
「遥香さんはもうずっとその気なんだからね?他の子連れて行ってもだめよ?私も認めません」
「……あの、です、ねぇ」
「悠理、でもね?」
やはり来るんじゃなかった。
そう思う。
知らない方が幸せなことだってあるんだから。
例えば、これが、そう。
「あの子があなたと同じっていうのは、本当よ?」
1週間後 某放送局食堂
トップアイドルである瀬戸綾乃が一週間も仕事を休んだことは、確かにあちこちで話題を呼んだ。
過労による体調不良のため、大事を取って静養させた。
というのが事務所側の説明だったが、芸能記者達はこぞって「瀬戸綾乃は先日のステージでの事故でケガをして、その治療のためだった」とか、「事故がトラウマになってカウンセリングを受けている」など、ありもしないことをさもあるように書き立てた。
書き立てる―――。
そういう意味で暴走したのはインターネットの掲示板だった。
瀬戸綾乃は某所に監禁調教されている
瀬戸綾乃は同級生の北条瞬とそういう関係にあり、事故にかこつけて引き離された。
瀬戸綾乃が実は妊娠しており、その処置のため、一週間休むことになった。ちなみに父親は北条である。
とか―――。
ゴシップで済むことだが、この時名指しされた北条が、明光学園内で何者かにより袋だたきにあい、救急車で運ばれたことなど、どうでもいいエピソードを生み出したものの、とにかく、瀬戸綾乃は仕事に復帰した。
とはいえ、瀬戸綾乃の身辺警護は並はずれたものとならざるを得ず、しかも、彼女の警備がきつくなったことをマスコミに感づかせないため、建前上は「明光学園の騎士養成コースの生徒達の実習訓練」のため、警察は彼らへの「騎士警備部を中心とした要人警護に関する指導」のため、具体的な警護“訓練”対象として、綾乃を含む数名がピックアップされ、それぞれの護衛・指導任務に就くことになった。
綾乃の護衛という訓練に参加したのは、明光学園から水瀬と女生徒5名、警察からは騎士警備部の女騎士3名。
ただし、水瀬は遊撃部隊的存在に位置づけられ、女生徒達とは行動をほとんど共にしていない上、当然、女生徒達には、本来の目的は告げられていない。
事情を知らない彼女達にとっては、あくまで訓練であり、それほど真剣になる必要もない。
「ま、テキトーにやってりゃ、大丈夫よねぇ〜っ」
そんな気楽なつもりで参加していたものだから―。
「ほらっそこっ!ぼっとしない!」
「何やってのんよ!学校で何習ってきたの!?」
「泣きゃあいいってもんじゃないのよ!やる気ないなら辞めてしまいなさい!」
騎士警備部の騎士からはことある事に放送コードギリギリの罵声が飛び、彼女達は、泣きにながら訓練が一日も早く終わることだけを祈り続けるハメに陥った。
一方の水瀬はさすがに綾乃の安全がかかっているから、気を抜かずに仕事に励んでいた。
実に珍しく。
訓練は1週間の予定、1日目で水瀬が仕留めた不審者の数は実に12名。
内々に仕留めたものの、その数は警察が動くのに十分だった。
そして、いつものあのヒトが話に加わってくる。
ご愁傷様。
「で?どうして君絡みで私が動くことになるのよぉ」
ボヤきやながら水瀬の前に座るのは理沙だった。
「近衛絡みだもの。多分、他の人がやったら、出世にヒビく厄介事だからじゃない?」
「はぁ〜っ。私、出世街道から外れちゃったもんねぇ(T_T)」
「お気の毒様」
「ま、色々あったからだけど、こうして目の保養出来るのは、いいものよねぇ」
「……切り替え早いね。さすが官僚」
ティーカップを水瀬にぶつけた理沙の視線の先には、普段、モニターの向こうでしか見ることが出来ない芸能人が生で動いていた。
「ほら、あれ、ジャニズのNewじゃない?未成年飲酒と集団婦女暴行の常習犯!ほら、あの頬傷のあるヤツ、ほらほら、あれ!ラッパーの塚窪揚水じゃない!?血液検査やったら一発で芸能界永久追放されるって言う!」
「……ヤバくない?」
「あーっ!検挙してやりたい○○共が揃ってるぅ!もうすっごいわ!」
「お姉さん、喜ぶところが違うと思うけど」
「だって芸能人って検挙すりゃスゴイコトになるもの!外部からの圧力で、あの一課の中村の○○○○が胃潰瘍になる無様な姿が目に浮かぶわ!」
「お姉さん、かなり鬼畜な性格してるんだね。ホントは」
「いいのよ。部下の醍醐味ってのはね、上司に詰め腹切らせて陰で笑うことなんだから」
「……」
村田理沙の経歴は、確かに左遷された負け犬警察官僚のそれだった。
しかし、水瀬には、上司達が問題のありすぎる理沙を体よく現場に追いやっただけにしか思えなかった。
つまり、彼女の上司に同情していた。
「お待たせいたしました……あの、もう少しお静かに」
ウエイトレスが理沙の前にランチセットを並べながらそっとささやくように注意する。
「あらごめんなさい」
見ると、今まで食堂にいた芸能人が一人残らず姿を消していた。
「営業妨害、ってヤツかな」
広い食堂の中、二人きりでポツンと座る水瀬がバツの悪そうな顔で呟いた。
「関係ないわよ。自業自得。叩けば埃が出てくるからね。芸能人なんてみんな」
「ははっ……(^_^;)」
一瞬、少し前の綾乃との修羅場と、その被害額、そして事件になった場合の綾乃の罪状の数々が水瀬の脳裏をかすめた。
「た、確かに……」
「―――で?綾乃ちゃんの件、ホントに大丈夫?」
「不安ではあるんですけどね。でも、逆に人目に付く所にいてくれれば敵の半分は手が出せないわけで」
「残り半分から守っていればいい。そういうことね?」
「そう」
「―――でも、君にも感心がある人、いるみたいだよ?」
「……みたいですね」
チラリと視線を送った先には、数名の取り巻きに囲まれながら、じっとこちらを見つめている初老の女性。
顔立ちこそ温厚だが、スーツに身を固めた姿からは敏腕な手腕がにじみ出ている。
「私はやり手です」と書かれているようにすら感じる女性が、ちらりと水瀬が見たことをきっかけに席を立ち、水瀬達に向かって歩き出す。
「お知り合い?」
「―――どっかで見た気がするんだけど」
ツカツカツカ
グイッ
「わっ!」
女性は、突然水瀬のアゴを掴むと自分の方に向けさせ、まるで美術品を鑑定するかのように水瀬を見つめた。
「あ、あの?」
「顔小さいし、目は大きいし、顔立ちもアゴの形もいい」
グイッ
突然、口の中に指を入れられ、歯ぐきがむき出しになる。
「白い歯、黄ばみなし。手入れされているし、歯並び申し分なし」
ブツブツと呟きながら水瀬の体のあちこちをさわってくる女性に、水瀬は困惑した。
「あ、あの?ち、ちょっと止めてください!(>_<)」
相手が魔力の使用とか、そういった方面で不審な行動を取れば、水瀬はためらわずにこの女性を始末したろう。だが、この女性の行動はそういった方面とは全く異なる。
水瀬は、そこに困惑していた。
「背は低いけど、足は長いし、体つきも華奢だけど合格点。透き通ったいい声しているし、音程も理想以上……か」
「は、はぁ?」
ようやく水瀬を解放したかに見えつつ、両肩をがっちり掴んで逃がさないようにしているそつのなさ。
「そちらの方、保護者の方?」
チラリと視線を理沙に送る。
「まぁ、あまり関わりたくないんですけど」
「お姉さん……(T_T)」
「そう。ね?君、芸能界、興味ない?」
「いっ、いいえ?」
「ダメよぉ!いい?まだ夢を持たなきゃ!せっかくテレビ局来てるんだし!ね?こういう所で活躍してみたいって思ったことはあるでしょ?あるでしょ?ねっ!!」
ガシッ
グイグイ
水瀬の頭をわしづかみにして、力ずくで何度も頷かせる。
「まぁ〜っ!そう?そうよね!そうよね!やっぱり女の子なんだもん!芸能界に興味あって当然よねぇ!さっ、早速―――」
「お、お姉さん!助けて!―――ハウッΣ(OдO‖」
助け船を求めた水瀬の視線の先の理沙は、あまりの愉快さに腹を抱えて悶絶していた。
「ヒ、ヒドイ(T_T)……あんまりだ」
「いいのよいいのよ!私が一人前のアイドルとしてデビューさせてあげるから!」
「あ、あのぉ、僕、今日は仕事で、しかも、僕は」
「あらあらアルバイト?大変ねぇ。でも、もっといいお仕事したいでしょ?したいでしょ?それに、まぁ〜っ!僕だなんて!もう合格!一切のオーディションいらないわ!さ、こっちへ!」
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