綾乃のお騒がせ体験搭乗記 その3

 夢か現実かわからない世界で、綾乃は少女と出会った。


 「あの……お名前は?」

 フルフル

 泣き出しそうな顔で、少女は首を横に振る。

 「まだ、ないの」

 「え?」意味がわからなかった。

 「まだ、ママがいないから、名前、もらえないの」

 「ママが、いない?」

 「14号機なんかね?私より後に造られたのに、すぐにママが出来たから、由理香って名前つけてもらえたんだよ?だけど……」

 「でも、お父さんが」

 「パパの方がもっとヒドイもん!」

 女の子はムキになって怒り出した。

 「私のこと、“金メッキ”ちゃんって呼んだよ?ヤダっていったら、“金箔”ちゃんでいいか?って!」

 「……どこの誰です?娘にそんな名前つけようとするなんて」

 「装甲色が金色だからだって!ペットだって、毛色が白ければ「白」、黒ければ「クロ」って名前付けるからって!」

 ぐすっ

 ぐすっ

 泣くな。と言う方が無理かも知れない。


 そんな親の下に生まれたら、普通の子ならグレる。


 綾乃はそう思った。


 「……」


 そして一瞬、そんなことをしでかしそうな男の子の顔が脳裏をよぎったのも時へ実だった。



 しかし―――。



 「装甲色?」

 

 待って下さい?


 綾乃は、その言葉にひっかかった。

 装甲?

 ここは?

 そして、この子は?


 メサイア

 精霊

 

 「あの……もしかして、私が入った金色のメサイアの……精霊さん?」

 「……お姉ちゃん、私が誰だと思っていたの?」

 「わかりませんでした」

 「……ひどいよぉ……」

 少女はぐするのを止め、怒り出した。

 「みんなヒドイ!パパは私を“金メッキ”っていうし、MCさん達まで私を“金ちゃん”って呼ぶし!私、女の子なのに!」

 「はぁ……つまり」

 綾乃は少女の怒りの訳を訊ねてみた。

 「名前がない。―――それが一番、気に入らない。ということですか?」

 「そう!」

 「……」

 うーん。

 名前名前―――。

 綺麗な名前がいいな。

 綺麗なモノ。

 あ、この前、グラビア撮影で使ったあの施設は綺麗だった。

 水の都をイメージしたっていう水の時計。

 水の中で鈴が高らかに鳴り響く様は、荘厳なまでに幻想的で、本当に綺麗だった。


 水と鈴――― 

 「……水鈴(みすず)」

 不意に、ポツリと綾乃が呟いた。

 「え?」

 「水鈴って、ダメですか?」

 「みすず―――?」

 少女の驚いた表情は、すぐに悲しそうな顔に変わった。

 フルフル。

 「……いいよ。でも、ダメ」

 「?」

 「名前は、ママじゃなきゃ、つけられないの」

 チラリと綾乃の顔をみた少女は、恐る恐るという顔で言った。

 「―――お姉ちゃん、私のママになってくれる?」

 「え?……ええ。あなたがよろしければ、名付け親になってあげます」

 「本当!?」

 「え、ええ……迷惑にならなければ」

 「やったぁ!」

 

 ■ハンガーコントロール

 ここに居合わせたスタッフ達が、903号騎と呼ぶメサイアのステイタスモニターは、ある文字で埋め尽くされていた。

 「水鈴?」

 「すいれい?」

 「みずすず?」

 「みずりん?」

 「なんて読むんだ?」

 「賭けるか?」

 「読み方なんてどうでもいい!」

 山本の罵声が、スタッフ達を仕事へ復帰させた。

 「どういうことだ!?」

 「誰かが903号騎に名前つけちまったんですよ!」

 「名付けを!?」

 「そうに決まってます。903号騎が喜んでるんですよ」

 「903号騎のMCR(メサイア・コントローラー・ルーム)ステイタスはモニター出来てるな?」

 「精霊体コンタクト同調率89%を超えています。並じゃないですよ……これ」

 「89%?ランクは?」

 「AAAで効くと思いますか?」


 

「水鈴水鈴。ふんふふぅん」

 “水鈴”と名前が決まった少女は、鼻歌を歌いながら、綾乃の周りを飛び跳ねていた。

 「よかったですね」

 「うんっ!」

 「じゃ、もう、これでみんなにもちゃんとした名前で呼んでもらえるし」

 「うんっ!ありがとうね。ママ!」

 「……お母さんです」

 「?」

 「ママじゃなくて、お母さん」

 「お母さん?」

 「そうです。ママっていう呼び方、実は私は好きじゃないんです」

 ペロッとばつの悪そうに舌を出す綾乃。

 「うんっ!お母さん!」

 水鈴は嬉しそうに綾乃に抱きつく。

 年の程は6歳位。

 まだ娘というには早すぎる気もするが、小さい子に甘えられるのは、母性本能が刺激されるのか、悪い気はしない。

 そっと抱きしめながら、綾乃は水鈴の髪を撫でようとして、出来なかった。

 

 「こらっ!」

 不意に世界に割り込んできた者がいたからだ。

 それは、綾乃も水鈴もよく知った人物。

 水瀬だった。

 「ダメでしょ!こんなに人様のご迷惑になるようなことして!」

 「だってだって!」

 水瀬は綾乃から水鈴を引き離すと、その小さなお尻めがけて手を振り下ろした。

 ペチンッ

 軽い音が辺りに響く。

 「痛ぁい!」

 「さくらや周りの子まで巻き込んで!こんな騒ぎ起こして!」

 「知らないもんっ!」

 「連帯責任!金ちゃんもとる!」

 ペチンッ

 「うわーんっ!私、ちゃんと名前あるもん!」

 「僕が考えてあげたでしょ!?」

 「あんなのヤダもん!」

 「贅沢いわない!」

 ペチンッ

 「えーんっ!やだもんやだもんっ!」


 パンッ


 空間の全ての音が、その破裂音にかき消された。

 

 綾乃が、水瀬をひっぱたいた音だった。 


 「―――え?」

 

思わず、上げた手を頬にあて、動きを止める水瀬。

 その視線の先には、顔を真っ赤にして怒っている綾乃がいた。

 「……」

 「あ、あの、綾乃ちゃん?」

 ぐいっ。

 水瀬の耳を力一杯引っ張る綾乃。

 そして、

 「悠理君っ!!!」

 マイクなしで広いコンサート会場の端にまで届く声量の綾乃が、渾身の力を込めて、水瀬の耳元で怒鳴りつけた。

 水瀬の意識が、一瞬、遠のいた。

  

 「小さい女の子に何をするんです!」

 「あ、あの、だっ、だからね?」

 「だからも明後日もありませんっ!いいですか!?―――その前に二人とも、そこに座りなさい!」

 「わっ、私もぉ!?」

 何故か、水鈴まで正座させられた後、綾乃の説教は延々、整備部隊が水鈴のMCR(メサイア・コントローラー・ルーム)ハッチの解体に成功、内部に関係者が入り込むまで続けられたという。

 なお、解体にかかった時間は、整備記録によるとのべ6時間。

 かかった費用は、全額、公では由忠の給料から天引きされたという。


 

 3日後――。

 「やっ、やっと終わった……」

 今回の件に関する始末書書きが終わった水瀬が、ペンを握った形で固まった右腕からペンを引き抜き、机に突っ伏した。

 「全く、相変わらず大変ねぇ」

 始末書を引き取りに来た事務官が、始末書の内容をチェックしながら気の毒そうに声をかけてくる。

 「でも、いつかはきっと、いいこともあるわよ」

 「ひ、人の情けが身にしみます」

 「うん。ところで悠理君?」

 「何です?」

 「この精霊体の名前、「すいれい」ってなっているけど、いいの?」

 「……もう、知りません。それで通してください。整備の三枝さんもいってましたし」

 「ふぅん?」

 

 その翌日 

 「どういうことです!?」

 美奈子が教室に入った途端、罵声が響いた。

 見ると、綾乃が水瀬の首を締め上げていた。

 「あ、綾乃ちゃん……苦しい」

 「何ですか!?この“すいれい”って!?」

 「な、何が違うの?」

 「水鈴です!水の鈴でみすず!」

 「……へ?」

 「ちゃんと言ったじゃないですか!」

 「お、覚えてない……」

 その態度に激高した綾乃が水瀬を怒鳴りつけた。


  「それでも父親ですか!?母親として恥ずかしいです!」


 「……」(生徒某A)

 「……」(生徒某B)

 「……」(生徒残り全員)

 ―以上、これを聞いた時、居合わせた生徒達が発した声でした。



 この後、学校では二人が校長室に呼び出される騒ぎに発展したとか。

 

 「おい!綾乃ちゃん呼んでこい!すいれいがゴネて調整出来ねぇよ!」

 「みすずだもんっ!」

 整備仕事の度に綾乃が呼び出されるようになったとか。


 「で、何だか知りませんけど、私、こんなものにサインさせられたんです」

 綾乃が付箋とシールだらけの書類を水瀬の前に出す。

 「?」

 そっとシールをはがしてみると、それがメサイアコントローラーとして近衛に入るという、綾乃の入団契約書で、しかも、契約金の項は¥0だったとか。

 

 事態が沈静化するのに、約2ヶ月近い騒ぎになったという。


 いずれにせよ、この年、903号機こと、皇室近衛騎士団総隊筆頭専用騎「水鈴」は、ようやくロールアウト。

 その専属MCに、極秘ではあるが、綾乃が指名されたのは、揺るぎのない事実である。

  

 

  

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