ハッピーバースディ!

 7月9日火曜日 桜井美奈子の日記より


 瀬戸さんの誕生日。

 せっかくだからって、クラスのみんなでお金を出し合ってお祝いしてあげることに。

 同じ事務所の子達にも口添えしてもらって、瀬戸さんが放課後まで残れるようにしてもらえたのはホントにありがたかった。

 ただ、事務所の社長さんとか校長先生まで来るってのが気になったけどね。

 学校、借りてるんだから目をつぶらなくちゃ。

 実行委員は私と品田君、あとはクラスの有志で5人ほど。

 瀬戸さんを驚かせようと思って、瀬戸さんが不在の時に希望を募ったら参加者は全部で25人。不参加者は都合がつかなかった人たちばかりで、この人たちもしきりに残念がっていたっけ。

 最初、スーパーとかでお菓子じゃなくてきちんとオードブル用意して、肝心のケーキもって話もあったけど、みんなが食べる分ってなると、やっぱりお金が足りない。


 理由は簡単。

 いいだしっぺの品田君だ。

 「一人1万な!―――なにぃ!?高すぎ?しゃあないな……5千でどうや?」

 なんていってて、結局、

 「ほなしゃあない!千円や!それならエエやろ!?」

 何がエエのか知らないけどさ。

 一人千円で何用意しろって?

 「なんや。ポテチで十分やろ?」

 綾乃ちゃんの誕生パーティだよ?これ以上評価下げたいの?

 「ま、なんとかなるやろ」


 その後、品田君はパーティの飾り付けだけで予算の4割を浪費した挙げ句、後のこと全部私に押しつけて行方不明になってくれやがった。


 まさかジュースとお菓子だけっていうのもどうかと思うし。


 とにかく、これで綾乃ちゃんの品田君に対する評価が底値になるのと、私主催のリンチパーティは確定だ。


 いろいろさっ引くと、飲食に回せるのは半分の12500円。

 一人500円じゃ、ペットボトルとお菓子二袋がいいところだ。

 それにしても、やっぱり、いくらなんでもポテトだけってのも……。


 どうしたもんかと思っていたら、


 「どうしたの?」

 不思議そうな顔で声をかけてきたのは水瀬君だ。


 「あのね?」

 私が理由を話すと、

 「一人500円でパーティ……ねぇ」

 水瀬君も、うーん。と唸ってしまう。

 やっぱり、水瀬君の神経でも無理だと思うんだろう。

 なら無理だ。

 そう思ったら、

「僕、料理作ろうか?」

 「出来るの!?一人500円だよ!?大丈夫なの!?」

 「大人数の料理の方がやりやすいんだよ」

 

 当日の放課後、水瀬君は材料をもって食堂の炊事場にこもってしまった。

 食堂のオバちゃんによると、朝早くから登校して仕込みをしていたという。


 水瀬君は心配だけど、私達は私達でパーティの準備を開始した。

 文化祭みたいで楽しいってみんなでわいわいいいながら飾り付けやテーブルセッティング。用意できた所で水瀬君が大きな何かが載ったお盆を持ってきた。

 「ケーキ、出来たよ」

 そう。よく見るとケーキ。まるでウェディングケーキみたいな豪華なもの。

 クリームで作られた飾りがとても綺麗で、ご丁寧に砂糖菓子の人形までついている。

 「男の子の」手作りって言われても信じられない。絶対、一流のお店で一流のパティシェが作りましたって感じだもん。

 「Happy Birth Day」ってチョコレートの飾りがきちんとついているところがニクイ。

 「お金、足りた?」心配になったからそれは聞いておくことにした。

 「うん。ケーキはだいたい千円って所かな。調理室の材料、かなり借りたけど」

 「……マジ?」

 「ケーキなんて粉膨らませてクリーム塗っただけだから、そんなにお金かからないよ。それに、あそこの在庫管理、かなりいい加減だから」

 作ってもらってなんだけど、味がものすごく心配な一言だよね。

 「オードブル、いつ頃持ってきていい?温かい方がおいしいから」

 水瀬君は料理に集中しているらしい。かざりつけとかには関心すら示さない。

 「おい水瀬!」

 秋篠君が声をかけてきた。

 「料理、何が出るんだ?みんな結構興味あるみたいだぞ」

 「出てからのお楽しみってことじゃ、ダメ?」

 「細かい内容はいいさ。ただ、どんな感じの料理か位は教えておいてもらってもいいだろう」

 「うーん。うんと、待ってね」

 と、水瀬君は持っていたメモ帳に何か書き始めた。

 「えっと、最初にほら、校長先生とか来るでしょ。その挨拶とかあるから、その間のつなぎで、まず前菜のスープと肉料理を出して、その後はみんなで楽しむって事だからそっちにビッフェとしてビーフシチューとブイヤベース。パスタ3種類、サラダ4種類、あとは市販のフランスパンって所。」

 「……お前、料理何人でやってる?」

 「ぼく一人」

 「間に合うのか?」

 「うん。あ、料理運ぶのだけ手伝って」

 

 で、始まりました。瀬戸さんの誕生パーティ。

 クラッカーが鳴り響き、みんなでハッピーバースディの大合唱。

 桜井先生に合唱の音頭をとってもらうつもりだったんだけど、リハで「ハッピーバースディ、デア、ジーザス」とか歌い出した挙げ句、「神は海兵隊より前に存在した!」とか言い出したので、丁重にこちらから辞退させてもらった。


 しかたないから、私が音頭とった。


 瀬戸さんもうれしさのあまり涙ぐんでいたっけ。

 校長や先生のスピーチの間、ジュースとスープを料理研究会の子達に協力してもらって運んだ。

 薄い色のスープ。コンソメスープかな。やっぱり、水瀬君、予算、ぎりぎりだったかもしれない。次に出で来る料理も心配。

 「うわっ。薄い」ってあちこちで声が上がる。

 私も席に戻ってスープに手を伸ばす。

 温かいけどホント、一口飲んだらお湯を飲んでいるかと思ったほど薄い。

 みんな塩や調味料を探すけど、どこにもない。

 校長先生のスピーチはまだ続いている。話、好きだよね。校長先生も。

 しかたないから、私も席に戻って二口、三口って飲む。

 不思議。

 飲むたびに何となく、味わいが広がってくる。四口目でこんなにおいしいスープ飲んだことないって位おいしさが口の中に広がってくる。


 本当においしい、このスープ!


 でも、このおいしさにすぐに終わる。少なすぎるんだ。


 おかわりって声があちこちであがるけど、もう寸胴の中身はからっぽ。

 男子生徒の中にはカチャカチャなんとかして残りを飲もうってしている意地汚いのもいたっけ。

 で、ようやく校長先生のスピーチ終わり。

 綾乃ちゃんの事務所の社長さんのスピーチが始まるころを見計らって肉料理が出される。

 社長さん。スープの後だから、肉料理に気をとられてどう考えても準備してきたスピーチ原稿とばし読みしているのがわかった。

 というか、給仕している私の方が、お肉に近い分、すぐに食べたいっていう欲望と戦うハメになった。

 何だろう。運んできたキャニスターのフタをあけた途端につばを飲み込んだほどおいしそうな匂いに負けそうになった。

 給仕役の子はみんなそうだろうけど、とにかく手早くお肉をお皿にのせてみんなのところへ運ぶことだけに専念。さっさと席に着く。

 社長のぶったぎりスピーチが終わったのと同時にみんなの席に行き渡って、みんな一斉にお肉に向かう。

  お皿の上から薄く立ち上る湯気と一緒に、食欲をそそるなんともいえない匂いに華をくすぐられて、次から次へと口の中に唾液がわいてくる。

 お肉をナイフで切り、フォークで口に運ぶ、ただそれだけの時間が恐ろしくもどかしく感じる。

 うっわ~っ!!

 ホント、それしか言葉にならないほどおいしい。

 こんなにおいしいお肉、食べたことないって位、美味しい!

 味の幅が広いっていうのかな。こういうの。

 外側のぴりっとする香ばしさから、かみしめる度に中から半生の肉からにじみ出る、妙に淡泊なのに、魂まで満足が広がるような肉汁の味まで、全てが絶品。

 呑み込んだ途端、次の一切れが狂おしいほどほしくなる。そうやって次々と肉を口に運ぶ。一口ずつ至福の時を味わうのはいいけど、一気にお皿に顔を埋めちゃいたい衝動に負けそうなほど。

 これ、本当に水瀬君が作ったの?

 みんな、次に何が出てくるかってそわそわしてる。

 「野郎、やりやがったな」

 不意に隣に座っていた羽山君がつぶやいたのが聞こえた。

 「どういうこと?」

 「料理で長いスピーチ潰しやがった。本当ならスープを校長のスピーチの前に出せば完璧だったろうな。知ってるか?あの社長、スピーチ魔だってこと」

 詳しくないけど、確かに用意された原稿は相当な長さ。あれ、まともにしゃべられたらたまったもんじゃない。

 「ヘンな所で気が利くっていうか、肝心な所できかないっていうか」

 「そこが、水瀬君の水瀬君たるゆえんでしょ」

 「言われてみれば違いない」

 さ。本日の主役、瀬戸さんのスピーチ。

 こんなにたくさんの人にお祝いしてもらったことは初めてだってとても感謝してくれたし、私たちも企画してよかったってホントにそう思った。


 で、ケーキの上のローソクにともされた灯を吹き消して、みんなで瀬戸さんの誕生日をお祝いして、さ。後はご自由にご歓談くださいって段階……。


 よく考えたら、私たち、みんな席について誰も給仕していない!


 あわててブースに目をやったら水瀬君が恨めしそうなカオでにらんでいた。


 平謝りに謝って、片づけを全部私たちがやることで許してもらう。

 出された料理は予定通りの料理達。

 心配していたケーキも……なんていっていいのかわからないくらい美味しい!

 口の中に甘さが広がっても、決してしつこくないし、食べ終わった後はさっぱりとした感覚が口の中に残るから、いくら食べても平気って感じだった。


 本当、すごい。


 これを水瀬君はあの予算でやってのけたんだ。


 みんなで高級レストラン顔負けの味わいの料理を手に歓談。瀬戸さんの周りにはたくさんのクラスメートが集まってにぎやかな時間が過ぎる。

 水瀬君は、いつのまにか羽山君の手を借りて給仕に走り回っている。

 聞けば、羽山君もホテルのレストランでバイトしているからこういうのは得意だという。けど、水瀬君、楽しめたのかな。

 「水瀬君」

 私の心配はどうやら瀬戸さん自身も感じるところだったらしい。少し心配そうなカオで水瀬君に声をかけた

 「瀬戸さん。誕生日おめでとう。ごめんね。プレゼント、用意してなくて」

 「いいです。こんなにおいしいお料理作っていただいたんですから」

 「そう言ってもらえるとうれしい……な」

 「今度、本当にお料理教わろうかしら。教えてもらえる?」

 「いいよ。いつでも言って」

 「ありがとう。じゃ、水瀬君の誕生日には、私が腕をふるってあげますね?ね。水瀬君の誕生日って何月何日です?」

 周囲から冷やかしの声が上がる。瀬戸さん、頬が赤いよ(笑)

 で、この瞬間、水瀬君の口から出た一言に、私たちは凍り付いた。


 「ぼく?今日だよ?7月9日」


 「……」

 「……」

 「……」

  全員、思わずシンってなる。

 いくら何でも、自分の誕生日に、クラスメートとはいえ、他人の誕生日のお祝いで給仕やってるなんて、そんなの、あり?

 その時の羽山君の言葉が全員の気持ちを代弁していたから、ここに残しておく。

 「はやく言えこのバカ!」


 「さてと―――準備いい?」

 私達は水瀬君を壇に登らせた。

 みんなの手にはクラッカー。

 「いつでもいいで?」

 「派手にやりましょう?」

 「じゃ、せーの」

 私達は驚いている水瀬君めがけてクラッカーの紐に指をかけた。

 クラッカーよ鳴り響け!

 ここに水瀬君がいてくれることを祝って!


 「ハッピーバースディ!!」

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