緑ちゃんの憂鬱

この世界における最強の兵器といえば?


答:メサイア。


平均30メートルの人型兵器。


 現代のいかなる通常兵器をものともせず、空を飛び、雨霰と飛び来る機関砲弾を避け、あらゆる物を破壊してのける、まさに最強の魔法兵器。


 国家間の戦争は大抵、このメサイア同士の戦闘で勝敗が決するといわれる程、圧倒的な戦闘能力があり、このため、国家元首たる者は、国家防衛のために最低数騎のメサイアを配備することが、最低限度の義務とさえ言われている。


 つまり、戦場にこれが出ると兵隊の出る幕はない。


 まさに、最強の兵器-。


 それは、男の子にとって、憧れの対象。


 しかし、それは別に男の子に限定した話でもなく……。



 放課後、生徒会室


 夕暮れに染まる部屋に入った未亜の目に、一人の女子生徒が止まった。


 腰まで伸ばした髪をリボンで束ね、穏和な瞳をメガネが彩る。


 落ち着いた、知的な意味で可愛いタイプだ。


 明光学園生徒会長 四方堂緑。


 2年生、ちなみに彼氏の話はない。


 「あれぇ?会長、まだいたのぉ?」


 「ええ。ちょっと、本を読んでいて」


 「えぇ?何?」


 未亜は、彼女の背後に回り込んでページをのぞき込んで凍り付いた。


 「会長、これ、何?」


 「雑誌よ?」


 「全部、英語?」


 「ええ」


 「読めるの?」


 「え?ええ」


 「ちなみに、この写真の、なんかゴッツイ機械の固まりみたいなの、何?」


 「あ?これ?ドイツ国防騎士団のメサイア、MDF-25“ノイシア”。その新型マジックランチャー発射装置の写真。改良したんだって」


 「あ゛?」


 「すごいでしょ?MLDタイプ24。戦車の正面装甲、2キロ先から貫通したって」


 「はぁ……あの?会長、そういうの、好きなの?」


 「ええ。もう大好き!」


 まるでアイドル雑誌にのめり込むような無邪気さで笑みを浮かべ、雑誌を抱きしめる緑に、未亜は少し引いた。


 「そっかぁ。あ、会長も騎士なんだから、じゃ、将来は」


 いいかけて、未亜は黙った。


 緑の騎士ランクを思い出したからだ。


 「ごめんね?あの、日本でメサイア乗れるのって」


 「皇室近衛騎士団。私みたいな最弱レベル、騎士崩れなんて相手にしてくれないわ。やっぱり、好きってだけじゃ、現実は、ね?」


 寂しそうに笑う彼女の顔に、バツの悪い思いをした未亜が、なんとか話題を変えようとして言った。


 「あ、そういえば、綾乃ちゃんが近衛のマスコットキャラになったの、知ってる?」


 「あっ、そうなんだ」


 いいつつ、彼女は引き出しから袋を取り出し、机の上に置く。


 「うん。この前、何か、メサイア絡みでトラブルがあったみたいだけど。ま、10年間タダ働きってのも考えると、なんだか可哀想な気もするけどね」という未亜に、


 「お小遣い、とんでもないことに使う娘もいるみたいだけど?」


 何故か声色が冷たくなる緑。


 「だ、誰のことかなぁ……」


 アハハッと笑う未亜は、なぜか後ずさって部屋から出ようとした。


 「信楽さん?このテの盗聴器って、高いんでしょ?」


 袋から取り出したのは、小型のコンセント。


 「あ、あはははっ。ちぇっ。バレちゃってたか」


 そう。生徒会のスタッフでもない未亜がここにいる理由。


 それは、しかけた盗聴器が動かなくなったことの調査。


 どうやら、動かなくなったのではなく、動けなくされた。ことは確からしい。


 「ダメよ?生徒会の会議っていっても、他の生徒に知られたくないことだってあるんだし」


 「会長ぉ~っ。ごめんなさい。見逃して?」


 両手をあわせて拝み出す未亜だったが、緑は冷たかった。


 「もうっ。ダメです。これは生徒会として没収します」


 「えーっ!?まだローン残ってるんだよぉ!?」


 「ダ・メで・す」


 「うー」


 ほおをふくらませる未亜の目に、さっきの雑誌が映る。


 そうだ。


 「……ねぇ、会長、取引しない?」


 「取引?」


 「会長、喜ぶと思うんだけどなぁ」


 「私が?」


 「そ。メサイア好きなら絶対」


 「ダメです。私、メサイアのプラモデルはほとんど持ってますからね?他のアイテムも」


 「うわ……オタク」


 未亜がポツリとつぶやいた言葉に緑の目線が厳しくなった。


 このままでは交渉にならない。


 「違うよぉ」


 「じゃ、何?」


 「メサイア、間近で見るチャンスっていえばわかる?それと引き替え」


 「え!?」


 眼をランランとさせて椅子から立ち上がる緑。


 「し、信楽さん!それって!!」


 ガガガッ!!


 未亜めがけて、なんだかヨダレすら垂らしているように見える緑が、事務机を押しながら迫ってくる。


 ちなみに、事務机の重量は50キロを軽く越えている。


 それを、いわば太股の動きだけでゴキブリのように自分の所まで動かしてきたのだから、未亜でなくても逃げたくなるだろう。


 だが、まだローンが残ってる商売道具を見捨てるわけにはいかなかった。


 「う、うん。知り合いが芸能関係やってるでしょ?そのツテでもらったんだけど、私、興味ないから……」


 「ま、まさか!?」


 ついに緑が事務机ごと、未亜を押さえつけた。


 「そ。近衛軍火力演習のチケット。S席最前列だよん?」


 近衛軍が年一回、公開で実施する総合演習が火力演習。


 メサイアが参加する日本で唯一の演習なだけに、メサイアが見たいというファンの申し込みが殺到する関係で、倍率は恐ろしく高く、緑も、何度も申し込んでは毎年抽選から外れている。


 いわば、緑の夢のチケットだ。


 それも、いわゆるVIP用のS席最前列。


 それが目の前にちらつかされたものだから……。


 「持っていって!何ならどこに仕掛けてもいいから!」


 袋ごと盗聴器を差し出す緑の眼は、尋常でない光を放っていた。


 「会長……いいの?」


 「いい!メサイアのためなら、校則も規律も人道もへったくれもないわ!」


 (こういう人が、生徒会長でいいのかなぁ……ウチのガッコ)



 それが、二ヶ月前のことだった。




 その日、緑を衝撃のニュースが襲った。


 


思わず失神しそうになるほど、緑を驚かせ、そして驚喜させたもの。


 それが、近衛の新型メサイア導入とそのお披露目のニュース。


 


 皇室近衛騎士団。


 極東最強の騎士団のメサイア。


 それは、日本の科学・魔法技術に裏打ちされた世界最高レベルのメサイアのこと。


 その最新鋭騎のお披露目だ。


 ファンならば絶対-。


 「なんとしても直にこの眼で見たい!」


 ということになる。


 緑とて同じだ。


 しかし、Web上での掲示の一文に、緑は頭を抱えることになった。



 「公開は、2ヶ月後、マスコミおよび近衛軍関係者、その家族等に限定して行われる」



 緑は悩んだ。


 行きたい。


 行ってみたい。


 でも、私はマスコミにも、近衛にも知り合いはいない。


 「えーっ?ダメだよぉ」


 未亜ちゃんにも断られた。


 「あのね?マスコミってのは、取材する人の意味」


 「アルバイトの口、ない?」


 「ないよぉ。こういうの、身元調査厳しいんだよぉ?学生なんて許可おりないよ」


 「……」


 


 何とか、潜り込む方法はないか。


 緑は数日、そればかりを考え続けていた。


 だが、妙案が浮かばない。


 そして、ある日の昼休み-。



 「やっぱ、就職するなら近衛だろ」


 生徒会室のいた緑の耳に、そんな言葉が聞こえてきた。


 思わず、誰の言葉か無意識のうちに探してしまう。


 生徒会書記の工藤と梨本だった。


 共に騎士だ。


 「ま、俺たちは無理だな」


 工藤が笑いながら否定するが、梨本はあきらめきれないという顔だった。


 「だけどよぉ」


 「無理無理、縁故でも採用されねぇって話じゃねぇか」


 「当たり前だろ?でもさ、戦争のせいで人手足りてねぇから、採用枠広げたって噂だし、その証拠に、今年の一年、誰だっけ?えっと、羽山と秋篠っての、確か近衛入りの噂あるだろ?それにホラ……えっと」


 梨本は言った。


 「ほら!一年にいるだろ?水瀬って。あいつのオヤジ、近衛の幹部だし」


 緑が生徒会室を飛び出していったのは、その瞬間のことだった。



 一年A組教室


 乱暴に開いたドアに、クラスに居合わせた全員の視線が集中する。


 「水瀬君、いる?」


 息を切らせてきたのは、緑だ。


 (うっ、お昼、食べ過ぎたかな。気持ち悪い)


 「あれ?会長、どうしたの?」


 学食からの戻りらしい未亜が、ジュース片手に声をかけてくる。


 「顔色悪いよぉ?吐きそうって顔してるし……どうしたの?」


 「あ、信楽さん。水瀬君は?」


 「え?うーんと、席外してるね。トイレかな?」


 「じゃ、伝えておいて。視聴覚室に来てって」


 「う、うん……」


 「大切な話だから、お願いね?」


 緑は、胃薬をもらいに保健室へ、口元を押さえたまま、歩いていった。


 「……会長?」



 「四方堂先輩が?」


 未亜のご注進を耳にした綾乃の眼の色が変わった。


 「そ。なんだかわかんないけど、水瀬君呼びつけてた」


 これだけで未亜には数千円の利益になる。


 綾乃が構内に張り巡らせた、水瀬悠理浮気監視システムの一環だ。


 「四方堂先輩の態度は?」


 「なんか、ものすごくそわそわしてて」


 うーんと。思い出したように、未亜が言った。


 「そうそう。吐きそうになっていた」


 「……」


 「あの、綾乃ちゃん?」おそるおそるという顔で声をかけるのは美奈子だった。


 「変な妄想、しないでね……?」



 「うふふっ。水瀬君?お姉さんがお・し・え・て・あ・げ・る」


 「先輩……」


 美奈子の願いも虚しく、綾乃の脳内では、いつもの通り、綾乃ちゃんの妄想劇場が禁断の濡れ場を演じていた。



 きっかり5分後、


 「未亜ちゃん、悠理君は?」


 妄想から意識を引き上げた綾乃は、あきれ顔で自分の顔をのぞき込んでいた未亜に尋ねた。


 「綾乃ちゃんが妄想にイッてる最中に逃げたっていうか、視聴覚室に行った」


 「何で止めてくれなかったんですか!?」


 「だって、綾乃ちゃん止めてたんだもん!」


 


 


 「あの?会長?来ましたけど」


 カーテンが下がっている視聴覚室の薄暗い中をのぞき込んだ水瀬を待ちかまえていたもの、それは、鈍く輝く二つの光、緑のメガネの輝きだった。


 「いらっしゃい。水瀬君」


 待ちかまえていた緑が水瀬に歩み寄る。


 「あの、ね?私、水瀬君にお願いがあるの」


 恥じらうようにすら見える仕草。


 -お父さんなら、きっと喜ぶ状況なんだろうなぁ……。


 と思いつつ、しかし、水瀬には、イヤな予感しかしなかった。



 


「全く!この前の保健室の時、二度とあんなマネしないって、血判状まで書かせたっていうのに!」


 視聴覚室に向かう綾乃は、激怒のあまりか、すさまじいことを口にしていた。


 廊下に居合わせた生徒達のことなんて、誰一人、目に入っていない。


 「綾乃ちゃん、そんなことさせたの!?」


 「はい!全文血文字で!」


 ついてきた美奈子と未亜が、水瀬に同情しつつ、ひきつった顔を見合わせてしまう。


 「何もそこまで……」


 「綾乃ちゃん、残酷すぎ」


 「ですけど!」


 綾乃が二人にかみついた。


 「浮気者を躾るには、体にたたき込むしかないじゃないですか!……ああっ、もう!今度は視聴覚室!?こうなったら、指の一本か二本が十本、詰めてもらいます!


 「それダメ!それ何か違う!」


 「でさぁ、綾乃ちゃんはどこでサレたいわけ?」


 「えっと、旧校舎とか、薄暗い位で人気のない所が……何を言わせるんですか!?」


 「ありゃ残念。視聴覚室、先越されたね」


 「まだです!」


 「だからヤバイ発言、大声でしないで!」


 


 


 ガラッ!



 綾乃が力任せに開いたドアの向こうで、水瀬は死にかけていた。


 緑が力任せに水瀬の首を絞めていたからだ。


 「悠理君!」


 綾乃の怒鳴り声に弱々しく救いのまなざしを向ける水瀬。


 「あ、綾乃ちゃん……助けて……」


 「こ、これは一体……」


 驚きを隠せない美奈子と未亜だが、緑の眼には、水瀬しか見えていない。


 「水瀬君、これは私の人生を決めるかもしれない、大切なことなの」


 緑の意味深い言葉に、綾乃は驚いて動きを止めた。


 「ど、どういうことですか!?悠理君!?四方堂先輩!?」


 「水瀬君しかお願いできないの」


 「だっ、だから!」


 「もう、時間がないの。もう二ヶ月なのよ?」


 「!?」


 「私を助けると思って、ここは“はい”って言って」


 「ぐ、苦しいです……」


 「私に幸せを与えてくれるのは、水瀬君、あなただけなのよ?」


 「……」


 たまらず、コクコクと、弱々しくうなずくだけの水瀬だったが、緑はそれで納得したらしい。


 「ありがとう!水瀬君!」


 感極まったらしい緑が、首が変な方向に曲がっている水瀬に抱きついた。


 綾乃の目の前で。


 


 綾乃は凍り付いたまま、動かない。


 「あ、綾乃ちゃん……?」


 美奈子が突いてみたが、硬直がとけない。



 綾乃のアタマの中では、緑の言葉が繰り替し再生されている。 


 「水瀬君、これは私の人生を決めるかもしれない、大切なことなの」


  --人生を決めるって、どういうこと?


 「水瀬君しかお願いできないのよ」


  --悠理君しかお願いできないことって?


 「もう、時間がないの。もう2ヶ月なのよ」


  --に、2ヶ月?


  --2ヶ月って?


  --2ヶ月って、何?


  --1ヶ月30日で60日が、何?


 


 そういえば、先輩、お昼に……。



 「私に幸せを与えてくれるのは、水瀬君、あなただけなのよ?」


  幸せ?


  2ヶ月?


  先輩の吐き気


  2ヶ月?


  幸せ?


  先輩の吐き気


  2ヶ月……。




 その日、視聴覚室は、室内の貴重な機器と共に完膚無きまでに破壊されたという。





 2ヶ月後、


 公開されたのは、β級メサイア「白龍」と近衛騎士団総隊筆頭専用機「水鈴」


 晴れ渡った空の元、純白と黄金色に輝くメサイアの勇姿は、お披露目に立ち会った者達を感激させるに十分すぎた。


 


 その中のこと。


 「あ、いましたよ?四方堂先輩」


 綾乃のコントロールする「水鈴」の「眼」が、招待席からこちらに熱い眼差しを向けてくる緑の姿を捉えていた。


 「どれ?あ、本当だ」


 「水鈴」のコクピットのモニターに映るその姿に、水瀬は正直、呆れていた。


 「いくらつぎ込んだのかなぁ?あの買い物の山」


 「大人買いっていうのかしら?ああいうの」


 販売ブースで買いあさったんだろう、近衛やメサイアのアイテムがぎっちり詰まった袋が周囲を埋め尽くしている中に陣取る緑のその眼は、感動のせいか涙で潤んでいる。


 「あ」


 突然、袋の山が崩れ、周囲の観客の上に崩れ落ちた。


 メサイアの眼は、その一部始終を捉えていた。


 アイテムをかき集める緑が、周囲に平謝りに謝っている姿も……。


 「記録、とれてる?」


 「は、はい……」


 水瀬の耳に、綾乃のクスクス笑う声が聞こえてくる。


 「全く……人騒がせだよね?先輩も」


 視聴覚室での騒ぎを思い出して、ため息をつく水瀬。


 「それだけ熱心、ということですよ」


 「綾乃ちゃんだけ暴れていたくせに」



 被害は、当然、全額を綾乃が負担。



 といいたいが、



 相手はトップアイドル。



 騒ぎにしたくない学校側が、一方的に、「事態は水瀬の魔力の暴走」ということで片づけてしまい、数日後、水瀬家から寄付の名目で、数百万円が学園に支払われたという。


 


 「毎回毎回、何を考えているんです!」


 「ごめんなさいぃぃ!」


 綾乃が、事情を知った母からこってり絞られた挙げ句、半年間の小遣い停止を言い渡されたこととか。


 「この、おおたわけぇっっ!!」


 「僕のせいなんですかぁっっ!?」


 水瀬が、この件に絡めた息子の素行について、学校からさんざん苦情を言われた父に怒鳴られた挙げ句、数ヶ月にわたって仕送りを止められたり、困り抜いた挙げ句、綾乃の家での居候を再会することになったこととか。


 このようなことは、本筋とは関係のない、余計なことだ。



 少なくとも、水瀬にそこまで迷惑をかけた本人は、赤面しつつ言った。



 「わ、私も、熱心だということです」


 「何に?」


 「言わせないでください!」


 綾乃の座るMCL(メサイア・コントローラー・ルーム)では、「水鈴」の精霊体が、不思議そうな顔で綾乃を見つめていた。







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