綾乃のお騒がせ体験搭乗記 その2

 当然、綾乃達もその異変に気づいていた。

 何かの機械の作動音らしい甲高い金属音が鳴り響き、居合わせた整備兵達が右往左往する。

 「スタッフをさがらせろ!総員退避!」

 「え?きゃっ!」

 足下が揺れ、綾乃は水龍の掌の上にへたり込む。

 そして、綾乃を護るように左腕が右腕の上に覆い被さると、


 水龍は、ハンガーから降りた。



 山本が戻った時、ハンガーコントロールは大騒ぎになっていた。

 メサイアが暴走していることを、彼ら自身が認めざるを得なくなっているからだ。

 「少佐!春日少佐!何をしている!止めろ!」

 「ダメ!コントロール不能!強制停止システム作動しません!さくらが!」

 通信越しの春日の声が涙声になっている。

 「さくら!やめなさい!何をやっているかわかっているの!?……え?だから!それって何なの!?わかるように説明なさい!あーんっ!もう始末書書きたくないよぉっ!!」

 「少佐、さくらは何と言っている?」

 「あの子に、お母さんに会わせてあげてって!何のことかわかりませぇん!(号泣)」

 「あの子?お母さん?」

 精霊体にとって、「あの子」とは、仲間のメサイアの精霊体の中でも年下の存在、つまり、自分より後に生産された精霊体を指し、「お母さん」とは、専属レベルのメサイアコントローラーを指す。

 それはわかっていても、どの騎体の、誰を指しているのか、山本には思いつかなかった。

 「とにかく止めろ!緊急事態だ!待機中の騎体を出せ!」

 「ダメです!動きません!」

 通信兵がとんでもない報告をしてきた。

 「どういうことだ!?緊急事態に備えて待機中だろうが!整備は何を―」

 「精霊体がコントロールを拒否しています!」

 「はぁっ!?」

 メサイアの精霊体は、自己の意志を持つ。

 しかし、コントロールを拒否するなどというほど、強い意志を持つものではない。

 少なくとも、山本達はそう教わってきたし、そんな意志を示されたこともない。

 「ど、どういうことだ?精霊がストだと!?」

 「水龍、動きます!」

 監視モニターは、歩き出した水龍の姿を捉えていた。

 「どこに行こうというんだ?そっちは奥だぞ?」

 山本は、それでわかった。

 「あの子」が誰なのか。

 「903号騎のステイタスモニターを出せ!それと、水瀬少佐を呼び出せ、緊急事態だ!」


 水龍の目指す先、それは「皇龍」の隣、カバーに覆われていたあのメサイアだ。

 「えっ……きゃっ!」

 不意に覆われていた左手が動き、つぎの瞬間、左手はメサイアのカバーを力任せにはぎ取った。

 掌に見つけたグリップらしい所にしがみつくようにしていた綾乃の目に、そのメサイアが姿を現せた。

 「金色のメサイア……?」

 隣の皇龍にそっくりだが、でも、頭の形が違う。

 綾乃にはその程度しかわからなかった。というか、そんなことを考えていられる状態に綾乃はなかった。

 水龍の右手は、そのメサイアの頭部に吸い寄せられるように伸び、あわせるようにメサイアの頭部ハッチが開いた。

 「え?え?」

 まるで、綾乃に、

 乗れ。

 といわんばかりのことだった。


 自分の乗っている掌と、ハッチの向こうのコックピット――。

 何度もそれらを交互に見た挙げ句、

 「えいっ!」

 綾乃は思いきってハッチの中に移った。

 この子の掌にいるより、安全だ。

 そんな、打算の結果だったが。

 

 綾乃を受け入れた途端、ハッチは閉まった。

 

 「えっ、と……」

 真っ暗な中、ぼんやりと照らし出されているのは、コントローラーシートだけ。

 (きっと、すぐに助けが来てくれる)

 綾乃はその時を待つことにした。

 それ以外、自分に何が出来るわけではない。

 「おじゃましまぁす」

 なるべく、スイッチなどに触れないように、こっそりとシートに座る綾乃。

 「へぇ……」

 意外と座り心地がいい。

 ふわふわした感じで、下手なソファーよりゆったり出来る。

 ただ、この心地よさと暗さは、今の綾乃には大敵だった。

 「……あ…だめ」

 連日の仕事の疲れがたまっている綾乃は、すぐに睡魔に抱かれることになった。




 

 ―――それは、夢か現実か、綾乃にはわからない。




 綾乃は青白く光り輝く部屋にいた。

 四方の壁全体が、青白く光る世界。

 

 そして、“それ”は綾乃の目の前に現れた。

 

 「――?」

 それは、髪をツインテールにした年端もいかない少女。

 綾乃が一瞬、彫像かと思ったのは、少女が水晶の柱の中に埋め込まれていたから。

 下半身と両腕は、水晶の柱の中に埋まっていて見えない。

 「?」

 彫像にしては、あまりに肌がリアルすぎる。

 「……」

 つんっ。

 突っつくと、柔らかい。生身の女の子だ。

 「―――んっ」

 そして、少女の端正な眉がぴくりと動く。

 生きている。

 「あの?もしもし?」

 さらに突くと、少女は弱々しく瞼を開いた。

 「あの?」

 「……ママ?」

 「いっ、いえ、私、そんなトシじゃありません」

 由里香が聞いたら激怒モノのセリフだ。だが、少女がグズリだしたのとは関係ないはずだ。

 「……グスッ」

 「あ、ああっ。なっ、泣かないで?」

 「だ、だって――」

 「と、とにかく、こんなヘンなモノをとりましょう!」

 「えっ?」

 「女の子をこんな所に閉じこめておくなんて、許せません!」

 「ダッ、ダメ!」

 水晶を無造作に掴んだ綾乃の手に、瞬間、軽く電気が走った。

 「!!」

 「だっ。ダメだよ。お姉ちゃん。こ、これは――」

 「いいえ!」

 慌てる少女を前に、綾乃は断言した。

 「この程度、なんでもありません!」

 ガシッ。

 力任せに水晶を握る。

 「あれ?」

 水晶は、まるで砂のように、綾乃の手の中で粉々に砕け散っていく。

 手のしびれは、まるで免疫が出来たように感じない。

 「……」

 「ほ、ほらっ。大丈夫ですよ?」

 少女の驚きの視線をごまかすように、綾乃は次々と水晶を破壊していった。

 

 そのころ、コントロールは上を下にの大騒ぎになっていた。

 封印されていた精霊体が突然目を覚まし、メサイアの起動ステイタスが作動、セキュリティで何とか完全起動が阻止されているという危険状態が発生したからだ。

 主力メサイア二騎が暴走などという最悪のシナリオが、居合わせた全てのスタッフの脳裏をかすめていた。

 「ばっ、馬鹿な!誰の仕業だ!?」

 「903号騎、精霊体の封印が外れていきます!」

 「バカをいえ!あの封印がそう簡単に―――ええいっ!外部からの破壊工作の可能性は!?」

 「可能性全てを割り出せ!侵入経路を割り出すんだ!」

 

 数分後――。

 「わかりました!解除操作は――」

 報告の第一声を発したオペレーターの声は、次の瞬間、悲鳴になった。

 「903号騎MCR(メサイア・コントローラー・ルーム)内!封印解除率上昇!現在45….49.…50を突破!すごいスピードです!」

 「MCR(メサイア・コントローラー・ルーム)内部情報を!」

 「山本中佐……現在、MCR(メサイア・コントローラー・ルーム)にいるのは―」

 山本の横にいた技官が小声で山本に話しかけた。

 「冗談はよせ」

 「しかし――」

 「MCR(メサイア・コントローラー・ルーム)内部のコントローラーのステイタスチェックは出せるか?よし。いいか?モニターを続けろ。コントロラーレベルのチェックが最優先だ」

 「最悪は……」

 「MCR(メサイア・コントローラー・ルーム)の自爆装置、作動チェックしておけ。我々にとっては、アイドル一人の命より機密保持だ」

 「はっ……はい」

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