綾乃のお騒がせ搭乗体験記

綾乃のお騒がせ体験搭乗記 その1

某月某日

皇居

皇室近衛騎士団メサイア第三レベル格納庫


「うっわーっ」

 綾乃がそれを見た第一声が、これだった。

 それの足下に立ち、てっぺんを見ようとすれば、後ろにひっくり返りそうになる。

 全高は、確か32メートルだったかな?

 綾乃は、事前に受けた説明を思い出した。

「MDIJβ-604。「水龍」です」

 横にいたこの施設の関係者が綾乃に説明する。

 綾乃は、撮影スタッフと共に、その人物が広報課の山本という名だと挨拶されていた。

「近衛でも特殊騎扱いです。海外のそれと比べても、かなり高性能騎なんですよ?」

「あれ?これだけ白いんですか?」


 綾乃がいるのは、近衛騎士団メサイア格納庫の中だ。

 巨大な格納庫の中には、メサイアが居並んでいる。

 日本で普通に生きていれば、絶対見ることが出来ない光景が目の前に広がっていた。

 生徒会長の四方堂先輩なら失神モノだろうなぁ。と、綾乃は意地の悪いことを考えたものだ。

 さっき途中で見たメサイアとは少し離れた別の施設に格納されている、その騎を見た綾乃が疑問に思ったのは、そのメサイアの色。

 さっき並んでいたメサイアの色は、確か濃紺に近い色だったが……。

 「ああ。あれですか?あれは通常騎でして。部隊や状況によって色を変えることもありますよ?」

 「こっちは、違うんですね?あれ?」

 よく見ると、同じような白いメサイアが何騎も並んでいるのが綾乃の興味を引いた。

 ただ、ほとんどが組み立て中らしく、ほとんどが、体の一部が欠けている状態だった。

 「白いのがたくさん……この、水龍って子のお友達ですか?」

 「え?」

 山本は、驚いた顔で綾乃を見た。

 「あ、すみません。変なこと言って」

 「いえ」山本は慌てて手を振って否定した。

 「メサイアコントローラーの子達も同じようなこといいますからね。あ、すみません。ここではご遠慮下さいね?」

 カメラマンの小林がカメラを動かす仕草をしただけで止めが入る。

 「カメラはすぐにお渡ししますけど、それだけはどうか」

 スタッフの一切の機材は、後ろにいる近衛兵の監視下にある。

 スタッフも契約上、何より、銃を持った近衛兵とのもめ事などは願い下げだった。

 「了解。でさ、あれが「皇龍」って奴?」

 小林の指さした先は、向かい合って立ち並ぶ白いメサイアの奥。

 そこには、ライトに照らされて鈍い金色に輝くメサイアがいた。

 天皇専用騎「皇龍」だ。

 「はい」

 「で、あの横のシートで囲われたのは?」

 そこには、騎体が推測できない程、シートやカバーに覆われたメサイアとおぼしき物体があった。

 「あれについてはお答えできません。ご了承下さい」

 「あっ、そ」

 「ここはそういうところですから」



 綾乃達がここにいる理由。

 それは綾乃の仕事。

 というか、近衛軍のイメージキャラを向こう10年タダで引き受けたことになった綾乃の初仕事。


 近衛軍新兵募集のポスター撮影。


 何枚か撮影される中で、最もインパクトが期待されているのが、この水龍を使った撮影。

 水龍の片手を、その目元まで持ち上げ、その手のひらに綾乃が乗る。

 といった、いわば「美少女とメカ」の黄金則に乗っ取ったといえる構図だ。

 

 当然、撮影される綾乃も、ステージ衣装ではない。

 今回は、近衛右翼騎士の制服を凛々しく身につけている。

 ちなみに、後で同じ構図で、メサイアコントローラーの戦闘服と騎士のプロテクトアーマーでも撮影する予定だ。

 どれが採用されるかは、綾乃でもわからない。

 ただ、この制服が一番、綾乃は気に入っていた。

 「さて。ここでの注意事項はもうたくさんでしょう。機材をお渡しします。準備に入ってください」

 各所から、整備兵や騎士達が遠巻きに見つめる中、撮影スタッフが準備に入る。

 「各整備兵に通達!ぼっとしているな!いいか!?握手だの記念撮影だの、サインだの絶対禁止だ!バカやらかしたら、海ィたたき込むぞ!」

 スピーカーから警告じみた通達が響き渡る中、綾乃は無理を承知で、メサイアのコクピットを見せて欲しいと願い出た。

 「コントローラールームならいいでしょう。でも、くれぐれも写真撮影だけは」

 「わかっています。っていうか、私、カメラ持ってませんし」

 「ああ。そうでした」

 クスクス笑いあう山本と綾乃は、リフトでメサイアの頭部まで上っていった。

 周囲では、近衛兵の監視の元、撮影スタッフがカメラやライトの設置を急いでいる。

 経験から、まだ時間的余裕はあるのがわかる。

 ガコンッ

 不意に音がして、リフトが止まった。 

 「うっわー。高いですねぇ」

 「ビル3階位に相当します。騎士はここまで飛び上がって乗り込むことがあるんですよ?」

 「本当ですか?」

 下をのぞき込むと、足下がすくむ。

 慌てて視線を前に戻した先に、H.Minaseと書かれたプレートが張られているのを、綾乃が見つけたのは偶然のことだ。

 それが、この騎のメサイアコントラーの名前だということを、綾乃は知らない。

 「みなせ?」

 「どうしましたか?」

 「はぁ。クラスメートのお友達に同じ姓の子が」

 「ああ。悠理君ですね?」

 「ご存じなんですか?」

 「この水龍は、そのご両親の騎ですよ」

 「えっ!?」

 思わず居住まいを正す綾乃の姿に、山本は苦笑しつつ言った。

 綾乃が、二人の息子の婚約者であることは、近衛関係者なら公然の秘密、むしろ常識だ。

 「気になりますか?」

 「はっ、はぁ……」

 「そんなものですかね。……さて、少し離れていてください」

 山本はそういうと、水龍の頭部装甲の一部を開き、出てきたコンソールを操作する。

 バシュッ

 空気が漏れるような音がして、装甲が大きく開いた。

 「ここがメサイアコントローラー、つまり、騎士のメサイアの操縦をサポートする任務につく隊員達が搭乗する所です。略してMCL」

 「へぇ」

 複合装甲をくぐり、中をのぞき込む綾乃。

 薄暗い中、あちこちに配置されたパネルやスイッチ類のぼんやりとした灯りが見える。

 少なくとも、山本にはそう見えた。

 というか、山本は綾乃の横顔に見とれていて、コクピットの状態に何ら関心を払っていなかった。

 「意外と、シンプルでしょう?」

 そして、山本は、綾乃が奇妙なことをしているのに気づいた。

 にこやかに、小さく手を振っているのだ。

 「瀬戸さん?」

 「え?あ、申し訳ありません」

 慌ててハッチから体を出す綾乃。

 「いえ。どうしたんですか?」

 ハッチを閉めつつ、山本が尋ねた。

 「あ、可愛い女の子が手を振ってきたんで、思わず」

 バツが悪そうに笑う綾乃だが、山本にとって驚くには十分だった。

 「瀬戸さん?」

 「す、すみません、変なこと言って」



 「山本さん」

 無線から驚きと困惑のまざったような声がした。

 格納庫内のメサイアを管理するハンガーコントロールからだ。

 「どうした?」

 「困ります。さっき、水龍のどこいじったんですか?」

 「?ハッチを開けただけだが?」

 「水龍のMCLのステータス・パワーが、一時的に入りました。うそ言わないでください」

 「え?い、いや、本当にハッチしか操作していないよ」

 「……本当ですか?またヘンにいじろうとしてませんでした?山本さん、いろんな方面から疑われてますよ?今回だって、広報なんて嘘ついて」

 「この件ばかりは完璧に潔癖だ。なんなら、ログ調べてくれてもかまわん」

 「……えっと、ハッチ開いた際、何か変わったことは?」

 「綾乃ちゃんがのぞき込んだくらいのことだが……まさかな」

 高レベルのメサイアコントローラーになると、コクピットに入っただけでシステムが起動体制に入ることがある。

 ごく希なことだが、しかし……。

 「さっきのこともある……か」

 山本はつぶやくように言った。

 「はい?」

 「いえ。こっちのこと」  



 そして、事態は起こった。

 「はい綾乃ちゃんそのまま!」

 高さ25メートル近い高さに登っての撮影だ。

 少し視点をずらせば遠く離れた地面がみえる。

 誰にも見えないように命綱をつけてもらったり、万一に備えて何人も騎士の人が見守ってくれているとわかっていても、どうしても顔が恐怖で引きつってしまう。

 気合いでそれをねじ伏せるあたり、綾乃もまた、プロだった。

 

 フラッシュが焚かれ、何枚もの撮影が進む中、撮影スタッフが知らないところで、綾乃の立っている「水龍」を巡って、各方面が大変なことになっていた。

 「あ、あれ?」

 最も最初に、その事態に気づいたのは、MCLで水龍をコントロールしていた春日少佐だった。

 現在の水龍は、ハンガーに固定されており、綾乃の立つ右腕以外、全ての間接がロックされている。春日の仕事は、右腕の操作と撮影中の水龍の監視。ただ、それだけだった。

 今、次々に間接のロックが解除され、エンジンがアイドリング状態から稼働状態へ出力を上げていく。

 ただし、春日は何もしていない。

 というか、元に戻そうとして、水龍に拒否されていた。

 『コントロールより春日少佐!何をしている!』

 「わ、私、何もしていない……“さくら”!一体、どうしたというの!?」

 目の前の精霊体に驚きを隠せない声を上げる春日だったが、目の前の精霊は、悲しそうな顔で春日に語りかけた。

 (お願い。この女の人を……お母さんを、あの子に会わせてあげて)

 「あ、あの子?、だ、誰のこと?」

 (お願い)


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