呪われた姫神 その27

 拳に伝わるその鈍い感触に、由里香は泣きそうになった。

 その感触こそ、この世に残された唯一の肉親の感触。

 血を分けた妹の、感触。

 何十年ぶりに触れる、肉親の肌なのだ。


 「ぐっ……!!」

 有里香は、憎悪の炎を瞳に燃え上がらせたまま、由里香を睨み付けた。

 「この程度で!」

 「!!」

 有里香の手が胸ぐらを掴もうと動く。

 バンッ

 由里香の手がそれをうち払い、鳩尾へ拳をたたき込む。

 「ぐはっ!!」

 有里香の体がくの字に曲がり、そのまま崩れ落ちた。

 「ここまでです」

 由里香は、妹に短刀の切っ先を突きつけた。

 「有里香……冥途でお母様に謝ってきなさい」

 姉の一言を、妹は鼻で笑った。

 「……妹を、殺す気か?出来るのか?」

 「言ったでしょう?」

 ブンッ

 由里香の手が一閃した。

 ただ、それだけで、

 「!!」

 凄まじい剣圧が、有里香の真横を走った。

 由里香が本気だということを、有里香自身が認めざるを得ない。

 「くっ!!」

 有里香が魔法で応戦しようとして、

 ガンッ!!

 由里香のつま先が、有里香の顎を捕らえた。

 「誰が喋らせるものですか」

 由里香は、冷たい声で有里香に言い切った。

 有里香の、いや、倉橋家の魔法は圧縮魔法。

 言葉が喋れなければ、魔法を発動させることが出来ない。

 詠唱より先に口を押さえれば、倉橋の巫女は無力なのだ。

 それは、倉橋の巫女である由里香自身が分かり切ったことだ。

 「いいですか?口を開かないで。―――なぶり殺しにしたくなるから」

 「ぐっ……ぐはっ!」

 顎を押さえ、のたうち回り、血と泥で汚れてゆく有里香を、由里香は黙って見つめていた。

 そして―――。

 「さぁ。―――終わりにしましょう。倉橋の歴史を」


 由里香は、妹の頸動脈を斬るために、有里香の肩に手を回そうとして、


 「だめっ!」


 突然の乱入者に突き飛ばされた。


 それは、


 「亜里砂ちゃん?」


 そう。


 亜里砂だった。


 祭壇から走って来たのだろう。

 息を切らせ、恐怖におののきながらも、それでもなお、亜里砂は母を守ろうというのだ。

 亜里砂は、母をかばい、両手を広げた格好で、由里香の前に立ち塞がった。


 「どきなさい。亜里砂ちゃん」

 由里香は亜里砂がどくのを待った。

 あくまで問題は、有里香だけ。

 その娘まで、手にかけるつもりはない。


 「いやっ!」

 亜里砂は由里香の言葉を拒絶し、そして震える声で怒鳴った。

 「私のお母さんよ?何で?お母さんを何で殺そうとするの!?」

 「亜里砂ちゃん」

 「何で!?お母さんを、何で殺そうというの!?」

 「どきなさいっ!!」

 「いやっ!」

 亜里砂は叫んだ。

 「逃げて!お母さん、逃げてぇっ!!」


 由里香は、亜里砂の気持ちが痛いほどわかった。

 自分が、亜里砂の立場だったら?

 由里香は、間違いなく、亜里砂と同じ事を、ためらいもなくやったろう。


 亜里砂は、娘として、当然のことをしているだけなのだ。


 だが、有里香を逃がせば、由里香は娘を失うことになる。

 それだけは、絶対に避けねばならない。

 由里香は、亜里砂をどうしても、有里香の前から排除しなければならないのだ。



 グイッ


 亜里砂に迫る手。


 亜里砂を、突き飛ばそうとする手。


 しかしそれは、由里香の手ではなかった。


 「―――えっ?」

 きょとんとする亜里砂。

 亜里砂に触れた手は、亜里砂の背後から走り、

 「きゃっ!?」

 亜里砂を力任せに突き飛ばした。

 「お、お母さん!?」

 信じられなかった。

 突き飛ばしたのは、母の手。

 守ろうとした、母の手だった。

 「そんな―――お母さん?」


 有里香は、娘を突き飛ばし、そして立ち上がった。


 「亜里砂……」


 口から血を滴らせ、憎悪の視線でまっすぐに娘を射抜く。


 「お母さん!大丈夫!?」

 亜里砂はすぐに立ち上がると、母にすがりついた。

 母が、自分を突き飛ばしたのは、何かの事故だと、そう信じたから。

 「お母さん―――っ!!」

 鈍い衝撃が、亜里砂の腹部に走った。

 「有里香!」

 「黙ってみておれっ!!」

 地面に崩れ落ちた亜里砂の上に、母が馬乗りになった。

 「とことん妾の邪魔をしおってからに!」

 「おかあ……さん……」

 弱々しく、亜里砂の手が、母の装束を掴む。

 「どうして……?どうして?」

 「貴様が邪魔だからだっ!この儀式のためだけに、お前をこの女に生ませだのだ!」

 「お母……さん」

 「もう用済みにしてやる!あと一人くらいは産めるわ!」

 ギラリ

 月明かりを受け、有里香の掴む短刀が鈍い光を放つ。

 「死ねぇっ!」

 「亜里砂ちゃんっ!」

 由里香は、亜里砂の上に覆い被さった。

 もう、死んでもいい。

 これ以上、亜里砂ちゃんに迷惑はかけられない。

 いいえ。

 これで、亜里砂ちゃんを、綾乃の、娘の代償として苦しめ続けたことの償いが出来るなら、私はそれでいい。

 あとは、昭博さんに委ねよう。

 きっと、あの人なら綾乃を守ってくれる。

 だから―――


 亜里砂のぬくもりが服越しに伝わってくる。


 由里香はふと、綾乃を初めて抱きしめた時のことを思い出し、最後の時を待った。


 「……」


 しかし―――


 「ぐぅ……」


 鈍いうめき声がして、何かが自分の上に覆い被さった。


 「?」


 頬に感じたのは、髪の感触。


 「―――有里香?」


 力を込めて起きあがり、そして由里香は見た。


 「……」


 装束の胸を紅く染め上げ、倒れ崩れているのは―――


 「有里香……?」


 信じられなかった。


 そこに倒れていたのは、有里香だった。


 胸に短刀を根本まで突き刺し、倒れていた。


 「あ……り……か……」


 力無く、由里香は近づき、そして叫んだ。

 「有里香ぁぁぁっ!!」




 バウンッッ


 昭博のバイクは、祭壇を構成する呪具をなぎ倒し、そして炎上した。

 「昭博さんっ―――っ!!」

 遥香は、悠理達を見て、そして確信した。

 呪具がなぎ倒された瞬間、

 地下から供給される魔力が一瞬にして停止したのだ。


 しかし、すでに少女は、綾乃の体に接触を開始していた。

 「悠君っ!」


 「いけますっ!!」

 悠理はそう叫んで、悠理は綾乃を抱きかかえたまま、後方へ大きく飛んだ。

 「上手くいってね?」

 遥香が祈りながら、息子めがけて鏡を放つ。

 水瀬に追いついた鏡が水瀬の四方を固めた途端―――


 キンッ


 金属を叩いたような音がして、悠理と綾乃は、この次元から隔絶された。


 「……」


 これで成功するか?


 それは遥香にもわからない。


 ただ、その場に止まったままの少女が、どう動くか。


 結果はそれ次第なのだ。


 「……あっ!」


 少女は、段々と上空へと戻ってゆく。


 それは、召還が失敗したことの証。


 少女が、元の世界へと戻ってゆく証。


 「成功……ですね」


 遥香はただ黙って、暗闇へと消えゆく少女を見送った。




 やがて―――



 少女の姿が消え、渦が、消えた。







 「終わったようだな」

 数合、黒と斬り結んだ由忠は、渦が消え、周囲の魔力が正常値に戻ったことを肌で感じとり、声に出して言った。

 「……ああ」

 黒も剣を下げた。

 黒が見た光景。

 それは、倒れ伏す有里香の姿。

 「終わったわ」

 黒は、刀を放り投げると、その場にどかりと座った。

 「倉橋家も終わりじゃ」

 「……」

 「―――斬れ」

 「無益だよ」

 由忠は、そう言って剣を鞘に納めた。




 数日後のことだ。

 綾乃が目を覚まさないので、由里香は有里香の病室へと向かった。

 コンコン

 「失礼します―――あら」

 ベッドの横。

 椅子の上でじっとベッドを見つめているのは、亜里砂だった。

 「亜里砂ちゃん。少し休みなさい?」

 亜里砂は、無言で首を横に振った。

 「大丈夫よ」

 ぽんっ。そんな感じで、由里香は優しく亜里砂の頭を撫でた。

 「お医者様もおっしゃっていたでしょう?一命は取り留めたって」

 「……うん」


 有里香の短刀は、心臓をわずか数ミリ外した所に突き刺さっていた。

 誰が突き刺したわけではない。

 有里香自身が、自ら突き刺したのだ。


 「お母さん、すぐによくなるから」

 「……うん」

 「お母さん、心が疲れていたのよ。だから、ぐっすり眠れば、そのうち、ね?」

 そうだ。

 由里香にはわかっている。

 外傷によるものではない。

 今、有里香が眠り続けている理由。

 それは―――


 「由里香殿」


 ノックの後、病室へ入ってきたのは、イーリスだった。

 「イーリスさん」

 「……静の件なのですが」

 「どうしました?」

 「……やはり、逃げられました」

 「そうですか……」

 「申し訳有りません。私が、あのタイミングで攻撃をしくじったばかりに」

 「いえ」

 由里香は笑って答えた。

 「有里香が、憑依体が損なわれたと思い、慌てて逃げ出したのです。イーリスさんはよくやってくれました」

 「恐縮です……して、有里香殿は?」

 「そろそろ、目が覚める頃かと」


 「―――あっ!」


 突然、亜里砂が声を上げた。


 「お母さん!」

 その声が聞こえたのだろうか。

 有里香は、弱々しくあたりを見回し、娘を見つけた。

 「あり……さ……?」

 「うんっ!お母さん!」

 「そう……ありさ、無事、だったのね?」

 「うんっ!」

 

 「イーリスさん、すみませんがここを頼みます。私、お医者様を」

 「心得ました」

 有里香の声を聞いた由里香が病室を飛び出していった。



 一方、

 「ああ……来ていただいたのですか?」

 別の病室で、ベッドに横たわるのは昭博だった。

 どうやらバイクで転倒した際、足を痛めたらしく、しばらく入院が必要だと診断されている。

 「いえ……それで、折り入ってお話とは?」

 そう言って椅子に腰を下ろしたのは、遥香だ。

 「その前に、綾乃は?」

 「悠理と一緒に、魔力の調整中です」

 「そうですか」

 ふうっ。昭博の口から安堵のため息が漏れた。

 「お話の内容は、綾乃ちゃんについて、それでよろしいですか?」

 「はい」

 「……聞いて、どうなさるのです?」

 「父親の権利を、ここで口にはしません」

 昭博は言った。

 「ただ、個人の知的好奇心を満たしたいだけ……それではダメですか?」

 「……」

 じっ。と昭博を見つめた遥香は、呆れたという口調で答えた。

 「本当に、ウチのじゃないですけど、どうして殿方は、こうなんでしょうね」

 「ははっ」

 「……わかりました。ただ、他言無用ということで」

 「誓いましょう」

 「何からうかがいたいのですか?」

 「まず」

 昭博はまっすぐに遥香を見つめながら言った。

 「あの少女についてです」

 「……」

 「あの少女は、何者ですか?」

 「……」

 昭博の目に失望が走った。

 遥香が、答えないと思ったからだ。

 無理はない。

 それはわかる。

 だが、それでも話してもらわなければ何もわかりはしないのだ。

 「……魔族です」

 遥香は答えた。

 「単なる、魔族ですか?」

 「これから先は、あなたには酷でしょう。もし、この先の話が知りたければ、お話はしますが、聞いた後で、あなたの記憶をいじらせていただきます」

 「今、この瞬間、答えを聞いても、それを未来に持ち続けることは認めない。そう、おっしゃるのですか?」

 「これは優しさです」

 遥香は諭すように言った。

 「あなたは、いえ。ニンゲンには耐えられないでしょう。私だって、真実は由忠さんにも告げてはいません」

 「……わかりました。それでもなお、僕は答えを求めます」

 「わかりました。覚悟は出来ているのですね?」

 「……はい」

 「あの少女……そう呼ぶには、あまりに高貴なお方です」

 それを証明するように、遥香は居住まいを正して、その名を告げた。

 「魔界女帝グロリア陛下が嫡女。次期皇位継承権第一位、レクシア辺境伯、ティアナ・ロイズール・トランシヴェール殿下。その人です」

 「……魔界の、お姫様?」

 「それが、綾乃ちゃんの本当の姿……そう言っても、何の問題もないはずです」

 「……それが、綾乃に分魂を与えた身」

 「そうです。綾乃ちゃんの魂は、魔族のそれです。いえ……魔族以上の存在の、ですね」

 「魔族……以上?」

 「神族、そして魔族、共に敵はいます。来るべき戦いに備え、その敵に渡り合うために作られし兵器……それが」

 「……綾乃であり、悠理君である」

 「……そうです」

 「その……ティアナで、よろしいですか?」

 「ロイズール、でお願いします。魔界・天界共にミドルネームが公称ですから」

 「わかりました。そのロイズール……様」

 遥香は無言で頷いた。

 「ロイズール様は、今回、水月の儀において、綾乃と魂を分け合った存在だからこそ、召還されたと?」

 「ええ。ただ」

 「ただ?」

 「……はぁっ。本当に、これ以上のことを、聞いてもよろしいのですか?」

 「無論です」

 「……私もいきさつは知りません。これ以上はほとんど推測です」

 「それでも、あなたは僕なんかより圧倒的に真実に近い」

 「……綾乃ちゃんの誕生は、いわば由里香さんが、ロイズール様にとっても母体いうべき身であったからこそ、なし得た技だと、そう思います」

 「……?」

 「つまり、由里香さんもまた、魔族……しかも」

 「……まさか」

 「そう。そのまさかです」

 遥香は頷いて言った。

 「由里香さんもまた、ロイズール様の母、つまり、魔帝グロリア陛下の分魂を持つ身なのです。母の分魂を持つ身から生まれた娘が、その娘故に分魂を呼び寄せた」

 「そんなバカな!」

 あまりといえばあまりの言葉に、昭博は思わずベッドから飛び起きた。

 「そうとしか考えられないのですよ」

 昭博が見た遥香の顔は、困惑しきっていた。

 「横になって下さいな……それで、私が思うに……問題は、由里香さんの母、静夜様、もしくはそのご先祖様にあります」

 「お母様に?」

 「ええ。亡くなった方の名誉に傷を付けたくないのですが……もし、静夜様が、魔族と交わって子をなし、そしてそれが」

 「由里香だと?」

 「由忠さんも同じです。由忠さんは母が魔族ですけど」

 「……」

 「でも、それだと」

 「あくまで確率論です」

 そう。

 それだと、静夜と交わったのは、魔族の王族。しかも、グロリアの父に他ならない。

 「本当に、あり得ない話なのです。でも、どこか数代前で魔族の帝室の血が倉橋の巫女の一族へ入り、それ故に、綾乃ちゃんが生まれた……そうなると、少なくとも私はそう、考えています」

 「倉橋の血は、魔族の血……そういうことですか?」

 「人間界には、多いのです」

 遥香は言った。

 「元々、騎士と呼ばれる者達は、その体に宿るそうした血が出たようなものです」

 「では……僕も」

 「魔族、あるいは神族か」

 「人は、そうやって生まれたのですね?」

 「そうです」

 「それで……」

 昭博は一瞬、言葉を詰まらせた後、言った。

 「綾乃は、どうなるのですか?」

 「魂が一瞬でも融合してしまったのです」

 遥香は、申し訳なさそうな顔で昭博に告げた。

 「人としての魂は、いずれ、近いうちに崩壊するでしょう」

 「ほう……かい?」

 「魂を形作るマナが、次元を越えてより強い本体、ロイズール様のそれへと……分魂が、本当の魂へと戻るのです。本来なら、分魂を持つ肉体の死をもってなし得る融合が、徐々に、静に―――綾乃ちゃんの中で」

 「後、何年位ですか?」

 「このままでしたら、恐らく10年」

 「……」

 「天界に正式に報告をあげました」

 遥香は言った。

 「綾乃ちゃんの存在は、天界にとっても貴重な……その」

 しまった。という顔で遥香は黙ってしまった。

 「貴重な……サンプル……」

 「申し訳有りません」

 「いえ」

 昭博は笑った。

 「僕も学者ですから」

 「昭博さん……」

 「残酷な親ですねぇ。娘をサンプルとは……これでは綾乃が可哀想だ」

 「とにかく、時間をかけて綾乃ちゃんを……」

 「かまいませんよ?言葉を濁すだけ無駄です」

 「……綾乃ちゃんというサンプルを生かして検証したい。それが、天界、恐らく、魔界も同じだと思います」

 「それだけに、長生き出来る可能性はある……と?」

 「そうです。あらゆる検証がなされ、延命処置が」

 「まるでモルモットみたいだ」

 「……申し訳有りません」

 「遥香さんが謝る必要はないでしょう」

 穏和な顔こそしているが、昭博の語気は荒さを隠していた。

 「父親として、何もしてやれないのが、悔しいだけです」

 「……」

 「ただ」

 「ただ?」

 「一つだけ、教えてください」

 「何です?」

 「悠理君のことです」

 「……ええ」

 「悠理君は、魂の召還を?」

 「いいえ」

 「?」

 「悠理は、私の中に埋め込まれた情報体に、由忠さんの人としての遺伝子、より正しくは、魔族とも融合可能なヒトの遺伝子を埋め込み、そして私の胎内で培養した存在……そう言えば全ての存在です」

 「……情報体?」

 「これには、お答えできません。詳細は、私の記憶の中でもロックがかかっています。私の任意で引き出すことが出来ないのです」

 「……つまり、悠理君は、綾乃よりは厄介……失礼。なんというか」

 「いえ」

 遥香は笑って答えた。

 「その通りの存在です。ただし」

 「ただし?」

 「綾乃ちゃんもまた、同じような存在です」

 「……綾乃をサンプルとして検証したい本当の狙いは、綾乃が兵器だからですか?」

 「……その通りです。悠理は、神族の遺伝子情報と技術で生まれ、そして綾乃ちゃんはその正反対。なればこそです」


 「……唯一希望が、今、悠理君の誕生のいきさつで崩れました」

 「えっ?」

 遥香は、昭博の言葉の意味がわからなかった。

 「それは、どういう?」

 「僕が、遥香さんを呼んだのは、懺悔したかったからなんです」

 「懺悔?」

 「ええ。ヒトからみれば、神族であるあなたは神様だ」

 「いえ。正確には」

 「今は、そう思わせてください」

 そう答える昭博の顔には、何か辛いものが浮かんでいた。

 それは、長年、昭博が隠し持っていた何かだ。

 それを、昭博は明らかにしようとしている。


 「わかりました。神としてお伺いしましょう」

 

 「ありがとうございます」


 昭博は、大きく息を吸い込んで、

 「由里香さんは、僕と初めて結ばれたのは、綾乃が7ヶ月に入ったあの晩だと、そう信じています」

 「……」

 「でも、違うのです」

 「……昭博さん?まさか」

 「そうです」

 昭博は、まっすぐ遥香を見つめて言った。


 迷いのない、はっきりとした言葉で。

 

 己の胸の内に隠し続けてきた、罪を。




 「儀式の晩、僕は由里香さんを犯しました」





  

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