熱血男はお好きですか? 第五話
ゴングと同時、草薙の取った行動は、周囲の度肝を抜いた。
「おらぁぁぁぁっ!」
雄叫びと共に水瀬へ突撃。
そして、
『おおっとぉ!草薙選手ぅ!な、なぁんと!水瀬選手に殴りかかりましたぁ!』
そう。
草薙は、スタンブレードを抜刀することなく、なんと、殴りに来たのだ。
「草薙選手!ラッシュラッシュ!すごい攻撃だぁ!―――瀬戸さん!これはどういうことでしょう!?」
「草薙君としては考えた、というべきですが、まずい、ですね」
「へ?」
――困ったな。
水瀬も、この突拍子もない、草薙の行動には、正直、舌を巻いていた。
草薙の右ストレートを紙一重でかわし、二の腕へ一撃を与えると同時に、水瀬は後ろへ大きく飛んだ。
「なんや水瀬!やっぱ、肉弾戦は苦手かぁ!?」
「くっ――」
肉弾戦での一撃の破壊力を決めるもの。
それは即ち、肉体そのもの。
筋骨が発達しているものほど、その力は強い。
騎士の世界でも当然のことだ。
「水瀬君もわかっていると思います。自分の身長と筋力だけでは、草薙君を倒せるかどうか。それに、ああ持ち込まれたら……」
「どういうこと?剣で倒せばいいじゃない」
綾乃も困惑を隠せない。
「それ、卑怯じゃないですか」
「へ?」
「草薙君は、素手で勝負を挑んできているんです。それを剣で撃退したなんて、評価できることではありません。水瀬君も、それがわかっているから攻撃しないわけで―――」
「おおっとお!水瀬選手の逆襲!」
水瀬も、その大味な攻撃が、誘いであることはわかっていた。
だが、あえて乗った。
大降りの回し蹴りを低くかわし、軸足を払うフリをして、太腿への「気」を込めた一撃。
そして、離脱。
「うおっ!?」
蹴り状態の草薙は、独楽がひっくり返ったような奇妙な体勢でフィールドにひっくり返った。
「ダウンは水瀬選手が先取!」
「―――へへっ。やってれるやんけ」
肉弾戦となると、ケンカ慣れしている草薙の方が、分があるのはやむを得ない。
あとは、草薙の攻撃に対して、水瀬は防戦一方だった。
素人目には、逃げ回っているとしか思えないほど、決して格好のいい戦い方ではなかった。
しかし―――
「まずいな―――」
青くなりながら草薙側サポーター席で成り行きを見守っているのは、南雲だった。
「ちょこまかとぉ!」
わずかな反撃と同時に間合いを取る、一撃離脱に徹する水瀬に、草薙はいらつきつつあった。
「組み合わんかぃ!」
間合いを詰め、右と見せかけて、わざと右腕を空振りさせ、油断を誘ったところに左の肘を喰らわそうとする草薙に、
「草薙!離れろ!」
そう、飛ばしてきたのは、南雲だった。
「へ!?」
草薙の視界から、一瞬、水瀬の姿が消えた。
「どこや!―――ぐっ!」
脇腹に激痛が走る。
背後からの水瀬のトゥキックが、脇腹に半ばめり込んでいた。
「なめんなぁ!」
ガッ!
痛む脇腹を無視した草薙の放った肘鉄が、遂に水瀬を捉えた。
水瀬の小柄な体が吹き飛ばされる。
「おらぁぁぁぁぁっ!」
後は草薙のラッシュだった。
無防備に近い腹部への肘の一撃をくらわし、動かないとわかると、まるでサンドバックのように殴り、蹴る。
「おっとぉ!?これはいいのかぁ!?水瀬選手!まるでサンドバック状態!まるで動かない!?生きているのかぁ!?」
草薙は不愉快そうに言い放った。
「―――ケッ、まるでワイが悪人やんか!おい水瀬ぇ!やられっぱなしのフリしとんの、わかっとるんや!とっとと起きろ!」
「けっ、結構、受けたんだけどね……」
イタタタッ
うめきながら立ち上がる水瀬には、草薙の攻撃から想像されるようなダメージを受けた様子はない。
「危うく、綾乃ちゃんに殺される所やったわ」
「いいじゃん、これ終わったら、ボクがそうなるんだから」
「ワイはマゾやないで。一緒にすな」
「ボクだってそうだよ……」
「ルシフェルさん?これはどういうことですか!?」
「気功の一種。……えっと、気をコントロールすることで、ダメージを無効化する。そんな感じ……かな?」
「なんか、スゴイ技なんですね?」
「気の使い方は、初歩の初歩……ですよ?」
「……そうなの?」
「でも、よく草薙君、ボクが気を使っていること、気づいたね」
「ワイは天才やで?見えて当然や」
「……へぇ?」
「続きや!いくで!?」
開始からすでに8分経過――
フィールド上では、相変わらず、水瀬と草薙のいわば「ケンカ」が続いていた。
顔面を狙った草薙の右を、上半身を反らせて、続くローキックを飛び跳ねる形でかわした水瀬が、まるで撫でるように草薙に触れ、離れ、そして草薙が水瀬を追いつめ、殴る―――。
そんなことの繰り返しだった。
審判を買って出たルシフェル、そして南雲には、まともに組み合おうとしない水瀬の真意は、読めていた。
しかし、肝心の草薙は―――。
「水瀬ぇ!ペタペタ人の体触るだけか!?ワイはホモちゃうで!?」
「……違うって」(×水瀬・ルシフェル・南雲)
「主審のルシフェルさん?水瀬選手が逃げ回っているのは、やっぱり、相手が悪すぎるからですか?」
「いえ?多分、水瀬君がその気にさえなれば、容易い相手ですし」
「証明、出来ますか?」
「えっと……」
ルシフェルは、ちょっと考えた後、ホイッスルを吹き鳴らした。
「警告!水瀬選手!―――えっと、怯懦!」
「ルシフェのイジワル……」
「しかたないでしょう?狙いはわかるけど、傍目から見てると、そうなっちゃうの」
「ぷぅ……」
「ふくれてないで。少しでいいから、少しは本気出した方がいいよ?かっこわるいし、何より……」
「?」
「草薙君に失礼じゃないかな?」
「あっ……」
水瀬は、草薙とルシフェルの顔を交互に見比べた後、
「……そう、だね」
試合再開
水瀬の行動は、まるで別人だった。
動きのキレが違う。
右ストレートを草薙の顔面目がけて放ち、それがかわされると、腹を蹴って離脱するなど、初めて、水瀬が攻めに転じた。
それからは、草薙と水瀬のね文字通りの殴り合いなった。
「おらぁぁぁぁっ!」
草薙はリミッターが切れたように攻勢に撃って出、水瀬もその隙を狙って反撃する。
ショービジネスでは見ることは望めない、文字通りの「戦い」がそこにあった。
「やってくれるやん」
楽しい。
草薙は顔がほころぶのを押さえられなかった。
それは、草薙が待ち望み続けた世界。
拳のみが全ての世界、
限りなくその頂点に近い世界―――。
さっき、一撃をまともに受けた左腕がしびれて使い物になるかわからない。
この小柄な体で、これほどのダメージを与えられる一撃を放てるとは、正直、草薙は想像していなかった。
その意外性が、草薙には楽しかった。
「―――そろそろ、本気ださせてもらおか」
そう、草薙が宣言したのは、それから数分後のことだった。
「ようやく、ボクにケンカを売った理由を教えてもらえるみたいだね」
草薙は、女がどうこうで人にケンカを売るタイプではない。
草薙の興味は、水瀬悠理という存在よりむしろ、
魔法騎士
そのものにある。
――草薙は、魔法騎士相手に、何かを試したがっている。
その読みは、どうやら図星のようだった。
――ホァァァァァァッ
奇妙な呼吸法で体内に“気”をためているのを、水瀬の“眼”が捉えた。
「?」
赤い炎が草薙の全身を包み込むような、そんな光景。
体内に蓄積した気を練り込んでいるのは、水瀬にはすぐわかったが、
それは、まるで―――。
草薙が、動いた。
「ホラぁぁぁぁぁっ!!」
「!!」
炎を纏った草薙の、下からのすくい上げるような一撃。
気の一部を身体能力にも回しているのだろう、一撃の速度が、先程よりかなり速くなっている。
紙一重で拳こそかわしたものの、
「ぐっ!」
衝撃波のように、炎が水瀬を襲った。
「もういっちょ!」
草薙の左腕から放たれた、第二の炎が水無瀬のあごを捉えた。
直撃だった。
「!!」
水瀬の小柄な体は、炎の衝撃波によって草薙の頭上を高々と跳ね上げられ、そして、フィールドに落下した。
「き、決まったかぁ!?」
水瀬は、ピクリともしない。
「へへっ。どうや水瀬!これがワイのとっておきや!」
「カウント、開始します。30秒」
ルシフェルがダウンカウントの指示を出す。
「―――下手っぴ」
ポツリと、そんな声が草薙の耳に届いたのは、そのカウントが15までいった時だった。
「何やて?」
「南雲先生に教えてもらった方がいいよ?気の練りが全然足りていない。この程度じゃ、実戦では役に立たない」
ヒョコッという感じで起きあがった水瀬は、何もなかったように平然と立ち上がった。
「なっ!ワ、ワイの必殺技受けて―」
「じゃ、こっちの番」
水瀬と草薙の距離は約3メートル。
水瀬がその距離で放った右ストレートは、草薙を文字通り吹き飛ばし、12メートル向こうのコロシアムの壁に叩きつけた。
「これくらいで序の口だよ?しっかり教えてもらってね」
フィールドの外に落下した草薙に向かって声援らしきモノを言い放つ水瀬。
「―――ま、こんなものかなぁ」
フィールド中央に戻ろうとした水瀬だったが、
「待たんかい」
「……へぇ」
「オンドレ!やってくれるやんか!」
「……まだ、動けるんだね?」
「まだ終わってへん!」
「じゃ、もう終わり」
「なめんなぁ!」
気力だけで間合いを一気に詰めた草薙だったが……。
「なっ!」
まるで、転んだように草薙の体がフィールドをすべり、そのまま動かなくなった。
「なっ、何や!?何が起きてるんや!?」
草薙自身、自分の体の異変を、説明できない。
体が全くいうことを聞かなくなった。
それしかわからない。
「審判、カウント」
そして―――
「0!草薙選手、戦闘不能と判断!勝者、水瀬!」
ルシフェルの宣言がコロシアムに響き渡り、試合は終了した。
私、フツーの女子高生なんだから、普通の生活がしたいんですけど! 綿屋伊織 @iori-wataya
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