呪われた姫神 その25

 「それじゃ、悠君?」

 遥香が指さした先。

 そこには物陰に隠れながら移動する男の姿があった。

 「?」

 遥香は水瀬の問いかけより先に、男の元へ移動を始めた。

 水瀬は無言でついていく。

 男と合流した所は、あの幕屋の裏。

 辺りには動かなくなった巫女や神主の亡骸が転がっている。


 男は、その中を無言で立っている。


 黒装束に身を固めている姿を見るだけだと、あの忍達と何ら変わることがない。

 ―――いや、彼らそのものだ。

 それに自分の母は警戒すらしていない。

 水瀬は、そこにひっかかった。

 「お母さん?」

 「これ。人にあったら今晩はとご挨拶なさい」

 ポンッ。

 軽く頭を叩かれた水瀬は、しぶしぶながら頭を下げた。

 「こ、今晩は」

 「やぁ。悠理君」

 「えっ?」

 水瀬はその声に思わず顔を上げた。

 黒装束の男から聞こえてきた声。

 それは―――

 「お、おじさん!?」

 「驚いたかい?」

 男が顔を覆う頭巾をとる。

 そこにいたのは―――昭博だった。


 「いやぁ。久々ですよ。この忍装束に身を包んだのは」

 「お、おじさんって」

 「僕も忍の一人だったんです。―――まぁ、頭領の地位は黒へ譲りましたがね」

 「―――へ?」

 「この忍装束、魔力防御も兼ねているからこういう魔力異常地帯化した所でも平気なんだ」

 ちらと死体を見た昭博は続けた。

 「周りの人達には気の毒なことしたけど」


 「とにかく、覚えておきなさい?瀬戸家は代々、倉橋家付きの忍軍頭領の家柄です」

 遥香が悠理に諭すように言った。

 「そして、昭博さんはその跡取り、つまり、次期頭領候補筆頭の一人でした」

 「まあ、僕は地位より由里香さんをとりました。後悔はしてませんよ?」

 「くすっ。そうですか?」

 「そうです」

 昭博はわざとらしく咳払いをした後、水瀬に言った。

 「とにかく、事態は切迫しています。綾乃を止めます」

 「でも、どうやって?」

 「魔力の根本を断ちます」

 何気なく言われた言葉の意味に、水瀬は正直、戸惑った。

 「って、おじさん?ま、まさか、綾乃ちゃんを!?」

 「まさか」

 その意味がわかるのだろう。昭博は笑って否定した。

 「あの力のほとんどは、綾乃の力ではありません。綾乃を媒体に集まっている他の力です」

 「他の力?」

 「ええ。正しくは、地の力というべきですね」

 「?」

 「すみません。僕としたことが」

 昭博は頭をかきながら頭を下げた。

 「いけませんねぇ。僕も焦っているようです。まず、この水月の儀が、古来、なぜここで行われていたか。そこから説明しなければなりませんね」

 「そんな古くから?」

 「そうです」

 昭博は微笑みを崩さずに言った。

 「そこからでなければ、全てがわからずじまいになります。パズルのピースだけいくら見ても、全体は掴めません」

 「―――はぁ」

 「水月の儀がなぜ、ここで行われていたか?そして、何故、他で行われるようになったか?―――これが、ようやく3時間ほど前にわかったんですよ」

 「そんなにギリギリになって?」

 「ええ。何しろ時間がないから、遥香さんにもご協力いただいて」

 「―――お母さん?」

 「前から頼まれていたんだけど、天界の帝室図書館の知り合いにね?人間界に関する書庫をアタってもらって、こっちもつい1日ほど前にようやくわかったのよ」

 「それって!」

 驚いたなんてものではない。

 自分の母の立場は知っている。

 それが、人間界にて公に出来ない立場だということも含めて。

 それを、肝心の母が堂々と漏らしている。


 「事態が事態です」

 まるで、息子の疑念を振り払うように、遥香はきっぱりと言い切った。


 「私の立場からしても、このような事態は止めなければなりません」


 「……はぁ」


 「で、私も驚いて昭博さんと合流したってわけ。お母さん、エラいでしょう?」

 どう?といわんばかりに顔をのぞき込んでくる遥香に、水瀬は引きつった笑顔で頷いた。

 「はい。とっても」

 「そうでしょう?―――さて。昭博さん。続きを」

 「はい。古文書の記述が遥香さんの資料で裏付けられたんです。あれは、“地”の力を利用しているんだって。」

 「地の力って?」

 「実はね?この丘全体が巨大な鍾乳洞って前に言ったけど、その鍾乳洞を構成しているのは、ただの岩石とは限らないんだ」

 「ただの、石じゃない?……ウランとか?」

 「近い。魔晶石だよ」

 「!?」

 「ははっ。驚いたね。日本だと山梨県白根地方が有名だけど」

 「まさか、魔晶石の鉱脈が?」

 「そう。儀式は、地に眠る魔晶石の鉱脈に宿る力を引き出して、それを利用していたんです」

 「つまり、巫女を媒体として、魔晶石の魔力を使って召還の儀式を?つまる所、巫女はその生来の魔力を使うっていうより、それじゃ、自然界に存在する魔力を利用するから……技術が求められるんじゃないですか?」

 「そうです。そうです」昭博はうれしそうに頷いた。

 「遥香さん。やっぱり、悠理君は聡明な子ですね。それで、わかったでしょう?」

 「それじゃ、歴代の巫女って」

 「代々の巫女を調べてみましたが、儀式がここで行われていた間の死亡率は7割以上です」

 「10人やって、7人が死ぬ儀式?ほとんど人体実験じゃないですか」

 「その原因が、この強力な魔力なんですよ。さっき悠理君が言ったとおり、求められる技術が不足し、結果死んだと考えて間違いないでしょう」


 それはそうだろう。


 水瀬は思った。


 魔晶石のエネルギーと一言で言うが、1立方メートルサイズの魔晶石一つあれば地方の都市に必要な電力なんて全てがまかなえるほどの莫大な出力を誇る代物だ。

 プルトニウムやウラニウムを使った反応炉応用型発電システムが日の目を見ないのも、この魔晶石を利用した発電システムの方が、半永久的に、安定し、かつ、クリーンで、廃棄物がでないなど、たった一つを除いていいことずくめだからだ。


 ここの地下にどれほどの魔晶石が眠っているかわからない。


 だが、たった一つ言えること。


 それは、

 “どの程度であれ、発せられる魔力は、人体が耐えられるほどの代物ではない”

 そういうことだ。

 

 「代々の巫女は、地下に眠る魔晶石の力を、自らの体を媒体にして引き出し、そして召還の儀式を成し遂げようとしたのです」


 「そんな無茶な」

 まるで、高圧電線が切れたからといって、人間に切れた電線の両端を掴めというような話だ。


 「そう。無茶でした」

 昭博は立ち上る魔力の柱を見つめながら言った。


 「巫女に求められた技術とは、媒体として自らを上手く守りつつ、空間をこじ開け、対象を召還し、かつ、自らへ対象を招き入れた後、流入する力を止めること―――無茶ですよねぇ。いや、昔の人ってのは、何考えてたんだか」


 「だったら、ますますはやく綾乃ちゃんを助けないと!」


 「そうです。だからまず、状況を正しく把握してください」

 昭博の目は、反論を許さない厳しい眼差しに変わっていた。


 「……」

 その目に、水瀬は口を閉ざした。

 父・由忠に睨まれるよりも怖かったからだ。


 「その無茶をやれる巫女なんてそうザラにいるはずがない。相次ぐ犠牲に倉橋家がネを上げたんです。当主たるべき巫女がそうボロボロ死んでは、家系が絶ますからね。

 だからこそ、儀式は魔晶石の鉱脈から外れた場所。魔晶石の力がダイレクトに及ばないが、そこそこ取り出せる場所へと移動し、儀式の内容も簡略化された。倉橋の血を守るために―――それが、巫女の儀式の変遷の真実でしょうね」


 「……その、犠牲になった巫女達と同じ立場に立っている綾乃ちゃんは……」

 「近い……いえ、それよりマズい立場にあります」


 「昭博さん?それってどういう?」

 遥香が初めて口を開いた。

 「綾乃さんは一体―――」


 「代々の巫女は、媒体になる方法をレクチャーされていたはずです。心身の防御方法や流入する魔力のコントロール方法……ただ、魔力に耐えられなかったからこそ、彼女たちは死んだ。ところが綾乃は」


 綾乃は舞い続けていた。

 舞うたびに地から吹き上がる白い炎のごとき魔力。


 水瀬の目に、昭博が唇の端をかみしめたのが見えた。


 「何のレクチャーも受けていない。そんな方法を知らないままで、ああなっている。完全な暴走です。……遥香さんが言いたいことは、何となくでもわかります。むしろ、綾乃がそうだからこそ、綾乃はまだ生きている。そういうべきでしょう」


 「?」

 綾乃ちゃんが何だって?

 水瀬は意味がわからない。

 助けを求めるように、水瀬は昭博の言葉を待った。


 「とにかく、今の綾乃の状況は、あらゆる状況の中でも最も危険です」

 

 (見ればわかる)水瀬はそう思った。


 「あれは、魔力が体内にたまった過負荷状態です」


 「過負荷?」

 それは思いつかなかった。


 「ええ。綾乃がきちんと巫女として、なすべきことの方法を知って、魔力をコントロールする術を身につけていたら、こうはならなかったはずです。

 ところが、綾乃はその方法がわからない。ただ、無意識に過負荷状態の魔力を外に放出しようとして、体から魔力を放出しているにすぎない。それはもう、儀式の最初でわかりました」


 「儀式の最初で?おじさん、そんな頃からすでにここへ?」

 

 「ええ。魔力が綾乃の体内に入り始めたので、綾乃は無意識に魔力を上空へ向け、放出を始めました。一種の放出現象ですね。ところが、時が経つにつれ、魔力は強くなる一方。放電現象を行っていた細い柱に魔力が走って、今やあの有様です」

 「……ちょっと待ってください」

 水瀬はそこで気づいた。

 放出された魔力だけであれだけの現象が起きている。

 綾乃ちゃんの体内には放出されている以上の魔力があるはず。

 じゃ、魔力がたまりにたまっている綾乃ちゃんの体内は?

 

 水瀬の顔が凍り付いた。


 「そうです。気づきましたか?」

 昭博の顔からも笑顔が消えた。


 「今の、綾乃ちゃんの体内は……」


 「綾乃の体内は、魔力を圧縮した―――いわば臨界寸前の反応炉そのもの。つまり……魔力反応爆弾と化しています」

 

 魔力反応爆弾(マジック・リアクター・ボンブ)

 別名「セルフギロチン」

 通常反応弾(核爆弾)と共に、使用に際しては国際的非難を免れない代物。

 使用=全世界への宣戦布告、自国を死刑にする代物という意味でついたあだ名が「セルフギロチン」。

 それだけでどういう代物かわかるだろう。

 放射能をまき散らす反応弾に近い爆発プロセスをとり、爆弾内部に圧縮して格納した魔力を一気に解放することで爆発させるという、割とシンプルな代物だが……。


 反応弾とでは破壊力と被害が比較にならない。


 人類が使用したのは一度限り。

 公式に配備したのは一国のみ。

 イスラエルだけ。

 1974年8月6日、イスラエル軍によるアンマンに向けての使用は、魔法技術界の恥部とされる出来事として記憶されている。


 使用の結果……

 アンマンの市民30万人に生存者はなく、都市は爆発の影響で魔力異常地帯化、草木一本も生えることがない死の世界へと変貌を遂げた。


 豊かな都市を、生物が住めない死の世界へと変貌させる魔の兵器。


 通常型反応弾では考えられないほどの殺傷力と周辺環境への影響は、国際世論をして人類にさらなる使用をためらわせるに十分すぎた。

 1976年、国際法で配備どころか開発までが禁止されているのはそのためだ。


 今、目の前には綾乃という名の“それ”が、爆発寸前の状態で存在する。

 もし、それが爆発したとしたら―――

 半径数十キロは吹き飛び、一面が砂漠化してしまう程度では済まないだろう。

 

 冗談ではない。


 水瀬の背筋に冷たい汗が走った。

 

 「じゃ、どうすれば」

 恐怖に喉が渇く。

 どうすればいいのか、考えが及ばない。

 今、綾乃を殺しでもしたら、それこそ―――


 「巫女は地の力を、足から吸い込みます」

 昭博は言った。

 「だから、綾乃を宙に浮かせて、地からの魔力の供給を絶てば」

 「あっ!」

 「そう。だから、遥香さんにもご協力をお願いしたのです」

 遥香はその言葉に小さくほほえんだ。

 「お母さん?」

 「なぁに?」

 「何か、策が?」

 「ええ」

 遥香はそう言って袂から何かを取り出した。

 鏡だ。

 

 「鏡?何に?」

 「ルシフェちゃんから教わっておいたの」

 「鏡魔法ですか?」

 

 鏡魔法

 鏡を使った空間魔術。

 水瀬の戦友、ルシフェル・ナナリの得意技だった魔法だ。

 ……ルシフェルを怒らせた水瀬は、一体何度、空間に閉じこめられた挙げ句、爆殺されかかったろうか……

 暗い過去を思い出した水瀬がげんなりする中、話だけは進んでいく。


 「悠君。ここからはお母さんの指示に従いなさい。いいですね?」

 「はっ、はい」

 「よろしい。まず悠君は、綾乃ちゃんを抱きかかえて宙へ飛びなさい。魔力は使わなくていいです。10メートル以上飛び跳ねなさい。そこをお母さんが鏡魔法を使用。空間ごとあなた達を封じます」

 「え?でも、封じられた空間内部にも莫大な魔力が」

 「中和現象でなんとかなるわっていうか、祈りなさい。綾乃ちゃんの体内にたまっている以上、それは綾乃ちゃんの魔力となるはずだから」

 “はず”という単語を力説する母に不安そうな目を向けつつ、水瀬は訊ねた。

 「失敗したら?」

 「封鎖空間内で……大丈夫。ホネも残らないでしょうから」

 「大丈夫って言うの?そういうの」

 「近頃はそうよ?」

 

 水瀬は綾乃を見た。


 まるで眠っているような安らかな顔。

 舞う躰(からだ)。

 

 美しい危険物


 それは、水瀬が密かに綾乃へと下した評価でしかなかったはず。


 今、それは文字通り現実の存在として目の前にある。


 でも、


 必ず守る


 そう、由里香おばさんにも約束した。


 桜井さん達も学校で心配している。


 この子を、


 学校へ、


 ステージへ


 ―――あるべき場所へ


 戻すんだ。


 何より、これ以上グダグタ言っていたら、お母さんかおじさんのどっちかに殺される。


 そう思った水瀬は、覚悟を決めた。



 「じゃ―――行きます」




 水瀬は、地を蹴った。



 水瀬の体の周りで強烈なスパークが発生し続けた。

 莫大な魔力が柱のように天へ向かって走る中、水瀬が防御魔法を全開にして一気に魔力の突破を試みた結果だ。

 近づくだけで魔力がそぎ取られ、それをさらに魔力を注ぎ込むことでカバーして進むが、消耗に補給が追いつかない有様だ。


 ゴールである綾乃に取りつくまでに、水瀬は息が上がってしまった。

 (僕の魔力をほとんどそぎ落とすなんて!)

 信じられない。

 驚愕の体の水瀬の手が、ついに綾乃を捉えた。

 


 抱きしめた綾乃に反応はない。

 ただ、絹の衣装越しに肉体の柔らかさが伝わってくるだけ。

 一瞬、死んでいるんじゃないかと思った程だ。

 「綾乃ちゃんっ!」

 呼びかけにも答える様子はない。

 「もうっ!」

 水瀬は綾乃を抱きかかえ、そして跳ぼうとして―――。


 凍り付いた。


 足が―――


 それに



 見上げた空


 放出された魔力がついに空間をねじ曲げ




 「な、何?―――あれ」


 


 見開かれた水瀬の眼に映るのは



 白く輝く物体



 違う



 それは、綾乃によく似た“少女”



 水瀬は、その“少女”が何者かを知っていた。



 だからこそ、信じられなかった。


 召還―――


 それは魔力に乏しい人間が、別次元から助けとなる“存在”を呼ぶ魔法。


 しかし―――


 水月の儀は、そんな生易しい物ではなかったのだ。


 それを水瀬ははっきりと思い知った。


 こんなの、巫女の7割が死んでも当たり前だ。


 全員死ななければウソだ。


 それでも3割が生き残って儀式を成功させている。


 それは、人間には不可能な儀式。


 だが、巫女が“人間以上”なら?


 儀式は、巫女という媒体に、“人間以上”を降ろすために行われる。


 降ろされる巫女が“人間以上”なら?


 そう。


 そうなんだ。


 水瀬は呆然と空を見つめながら思った。


 儀式?


 恐らく伝えたのは、神族じゃない。


 魔族だ。


 魔族が、自らの力を人に利用させようとしていたに違いない。


 何のため?


 それはわからない。


 理由はあったのかもしれないし、元からなかったのかもしれない。


 ただ、魔族が絡んでいることは間違いない。


 ほら。


 その証拠に、


 現に、降りてくるのは―――


 遥香が大声で何かを叫んでいるのにも水瀬は気づかない様子で、空だけを見ている。


 この儀式の意味が、水瀬にはわかった。


 神婚―――


 とんでもない。


 魔族の分魂(わけみたま)と巫女の魂の融合。


 分魂を巫女の魂と融合させることにより、巫女は人のまま魔族と一体化し、そして魔族の力を操る。


 ここは、そのための場。


 そのための儀式なんだ。




 降ろすのは、ただの魔族ではないことからも、かなりの厄介な儀式だということはわかる。


 だってほら―――






 「遥香さんっ!」

 昭博が遥香に怒鳴った。

 「あ、あれは一体!」

 「儀式が成功しかけているんです。―――もう、分魂が召還されてしまっています」

 遥香も呆然という顔で空を見つめていた。

 「分魂?あの少女のことですか!?」

 「そうです」

 遥香は昭博の顔を見ることさえしない。

 ただ、空を、“少女”だけを見ていた。


 長い赤い髪

 気品のある顔立ち

 まるで眠っているように閉じられた瞳

 両膝を抱えた少女―――

 

 それは―――

 「誰なんです?人間じゃないですよね?魔族―――それとも神族ですか?」

 「魔族です」

 遥香は答えた。

 「魔界女帝グロリア陛下が嫡女……次期皇位継承権第一位、レクシア辺境伯、ティアナ・ロイズール・トランシヴェール……ろ、ロイズール様……まさか……魔界はあのプログラムをロイズール様で」

 「?」

 遥香は、昭博なんていないといわんばかりの体で自問するように呟いた。

 「ありえない。あってはならない。……な、内通者がいたというの?あのプログラムは……だって……神族でもごく一部しか……そうよ。これは重大な」

 「遥香さんっ!」

 耳元で怒鳴られてようやく遥香は現実に引き戻された。

 もうすぐ、綾乃と“ロイズール”と呼ばれた少女が融合してしまう。


 「悠君っ!何をぼけっとしているの!跳びなさいっ!」

 

 遥香の怒鳴り声がようやく耳に届いたのか、水瀬は我に返ったように遥香を見た。

 

 そして、水瀬は恐るべきことを遥香に叫んだ。

 「ダメですっ!」


 「!?」


 「地の力が綾乃ちゃんを放そうとしないんですっ!僕の足まで媒体にしてっ!お母さんっ!僕の足は無視していいから、結界を展開してっ!」

 「悠君っ!」

 「すぐに再生するからっ!」

 

 両足切断

 それが、綾乃を助けるために自分の息子が差し出す代償。

 それでも綾乃を助けようという息子の願いを、無にすることは出来ない。

 「―――痛いけど、ガマンなさいっ!」

 遥香がためらいつつも決断したその刹那。


 バルンッ!


 突然、エンジン音が響き渡った。


 見ると、大型バイクにまたがる昭博の姿があった。


 「大丈夫です!」

 昭博は叫んだ。

 「大学時代、免許はとっていますから!」

 「そうじゃなくて!昭博さんっ!?それで何を!?」

 「忘れていたんですっ!地から力を引き出すために必要なのは、祭壇ですっ!―――祭壇を破壊すれば儀式は!」

 「試してもいないのにっ!昭博さんっ!?」

 

 血相を変える遥香。

 

 だが―――

 

 昭博は笑っていた。


 穏やかに、

 ただ、笑っていた。


 昭博は叫んだ。


 「僕だって父親です!父親として、出来ることがあるなら、僕だってやるまでですっ!」



 そう言い残した昭博は、


 アクセルを全開にして、


 祭壇へと飛び込んでいった。



 「昭博さんっ!」



 バイクが祭壇をなぎ倒し、昭博が魔力にはじき飛ばされた瞬間―――









 世界が、白く染まった。





 

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