壊れたココロ

壊れたココロ その1

 「戦争

人類が遭遇した対魔族・対妖魔戦。日本本土が主な戦場となり、500以上の市町村が消滅。平行して勃発した黄色戦争と共に日本全土に壊滅的被害をもたらした。国連軍120万人が参戦。軍民を含めた死者・行方不明者は3500万人以上とされる」


 「魔族

 異世界に住む存在。古くより「悪魔」と忌み嫌われた存在。騎士並、またはそれ以上の能力を持つとされる」


 「妖魔

 魔族と共に異世界に住む存在。古くより「怪物」「妖怪」と呼ばれる。魔族に使役されている模様だが、時折、自らの意志で我々の世界に介入することがある。」


 「魔法

 一種の奇跡。魔導師や魔法騎士など、ごく限られた存在が使用する事が出来る」


 「騎士

 一種の超人。通常の人間の数十倍の運動能力を発揮する。古くは「貴士」《「貴き《たっとき》士」》と呼ばれた」


 −以上、言泉2○○○年版より


 桜井邸

 『○○軍の最後の駐留部隊が撤退することで、戦争に派遣されていた国連軍は全てが日本より撤退したことになります。−では、次のニュースです』

 「美奈子、忘れ物は?」

 「ないわよぉ。入学式からそんなドジするわけないでしょ?」

 美奈子はテレビから視線をはずさず、母親に気のない返事を返した。

 テレビで情報をチェックしながら、トーストを紅茶で胃に流し込むのがいつも美奈子の朝の日課だ。

 同じテーブルでに座って、新聞から目を離さずにコーヒーを飲んでいる父親の遺伝だと、美奈子はそう思っている。

 「小学校の入学式でランドセル忘れていったのは誰だったかしら?」

 「いつの話よぉ」

 『芸能ニュースです。今日、アイドルが多数通うことで知られる明光学園の入学式が行われますが、その中でもデビュー一年目でトップアイドルの仲間入りを果たした瀬戸綾乃と観月唯香のダブル入学で、例年以上に盛り上がって』

 「あんた、明光学園で本当によかったの?あんたのアタマならもっと別の」

 「いいのよ。近いし」

 「……まぁ、あんたがよければそれでいいんだけどねぇ」

 「誘いがあった芸能コースまで蹴ったんだから、よほどの覚悟だろう。さすが私の娘だ」

 ようやく読み終えた新聞をたたみながら父が頷きながらそういってくる。

 「……あんまり褒められた気がしないけど、結局、私自身が何をしたいかってことでしょ」

 「で、何がしたいんだ?」

 皮肉が通じないのはいつものことだ。

 この鉄面皮こそ、社会で生きていく条件なのかもしれない。

 美奈子は紅茶の残りを飲み干しながら言った。

 「それを見つけたいのよ」





 以下、瀬戸綾乃の日記より


 入学式。

 お仕事の合間を見て、なんとか間に合うようにって、マネージャーさん達にも何度もお願いしていたけど、やっぱり無理だった。

 学校に到着した時にはもう式が始まっていた。

 入り口に立っていた先生に謝って、席を教えてもらう。

 まわりがすごくざわついて、私の名前が何度も聞こえてくる。

 やっぱり、遅刻してきたから目立ったな。

 何とか、平静をよそおって席に着けた。

 最初は校長先生のお話。

 戦争が終わったばかりだもの。校長先生のお話もそこから始まった。

 一年間、たった一年間でたくさんの人が死んだ戦い。

 しかも、相手は人間じゃなくて、妖魔とか魔族っていわれるオバケ。

 毎日、いつあのオバケに襲われるかって、みんなでおびえていたことが思い出される。

 校長先生もおなじようなことを言われた後、私達にもあの絶望的な状況を戦い抜いた人類の一員として胸を張ってがんばってほしいっていわれた。

 芸能コースの私にはよくわからないけど、私達芸能コースや普通の子達の一般コースとは違う制服の人達が、少し気になった。

 騎士養成コースの人達だ。

 ものすごい力持ちで、すごく速く走れる人って感じかな。

 戦争で人類を代表して戦って、そして死んでいった人達。

 あの人達も、いずれはそうなるのかなと思うと、なんだかかわいそうな気すらする。

 

 式が終わると教室へ。

 新しい制服と新しい教科書。

 私もがんばらなくちゃ。

 でも、入学式なのに、私の斜め前の席がポツンと開いていた。

 入学式にこれない子もいるんだな。私もこれなくなる一歩手前だったからな。他人の気がしない。



桜井美奈子の日記より

 

 昨日の入学式から一夜明けた今日、教室に入ったら瀬戸さんが気分が悪いようで机に突っ伏していた。

 普通コースの男子生徒達が何人か声をかけていたけど、心から心配して瀬戸さんに声をかけていた人はいなかった。

 みんな、アイドルとしての瀬戸綾乃と話ができたことだけ喜んでいる。

 一々、律儀に「大丈夫」と答える瀬戸さんの、寂しそうな顔がみている私もつらかった。

 あまりに気の毒だから、保健室へ行くように瀬戸さんに声をかけた。

 「瀬戸さん。保健室行ったほうがいいわよ?」

 その声に、瀬戸さんは苦しそうに顔をあげたけど、私の名前が思い出せないみたいなので、自己紹介してあげた。

 「私、桜井美奈子」

 「あっ……瀬戸綾乃です。よろしくお願いします」

 「こちらこそ。……じゃなくて!具合悪いんでしょ?保健室に行こ。何なら肩貸してあげるから」

 そしたら、瀬戸さんは首を横に振った。

 「大丈夫です。これ、持病みたいなもので、しばらくおとなしくしていれば、そのうち」

 「本当に?」

 瀬戸さんにこれ以上話をさせるのはかわいそうだったので、私は瀬戸さんの斜め前の席の椅子に座ってしげしげと瀬戸さんの顔を見つめた。

 本当に綺麗な子だと思う。

 去年デビューしてすぐにトップアイドルの地位に上り詰めたのは伊達じゃない。

 しかも、少しやつれた表情が、何となくなまめかしさすら感じさせる。

 「時々ですけど……」

 私が次ぎの言葉を探していると、誰かが私に声をかけてきた。

 「あの」

 振り向くと、女の子が困った顔で私を見つめていた。

 女の子?

 首から上は確かに女の子だ。

 髪はボブカット。かなり整っている顔立ちに大きめな瞳が印象的。

 とても同い年にみえないけど、かなりかわいい。今度デビューするモデルかアイドルなのかと思っても、この学校に通っている人に非難されるいわれはない。

 全体的な雰囲気はおっとりとした、いかにも良家のお嬢様って感じかな。

 男子の制服を着ているのが気になるけど……。

 「そこ、僕の席」

 つまり、どいてくれといいたいらしい。確かに、勝手に席に座っているのは私の方で、非は私にある。

 「ごめんなさい」

 「……」

 席が空いたのに、この子はじっと瀬戸さんを見つめていた。

 そして、

 つん。

 突然、瀬戸さんの頭を突きだした。

 「ねぇ」

 つん。

 「ねぇったら」

 トップアイドル瀬戸綾乃の頭を突いたなんて非常識もいいところだ。

 しかも、

 「ねぇ」

 ぐりぐり

 「!!」

 瀬戸さんのつむじを指でぐりぐりやりだしたんだ。

 瀬戸さんもたまらず苦しそうな顔を上げる。もう、精一杯といった動き。しかも、さっきより顔色が悪い。もう真っ青だ。

 「……いつも、こうなの?」

 「え?」

 「具合、悪いでしょ?」

 「え?はっ。はい……でも」

 「僕が近くにいるから普段よりひどいはずだよ?」

 そういって、この子は瀬戸さんの頭に手を乗せた。

 「つっ!」

 瀬戸さんが痛そうに頭を抱える。

 私は途端に抗議の声を上げようとして、言葉にならなかった。

 パンッ!

 紙風船が破裂したような音が教室に響く。辺りを見回すとクラスメートが私達に注目していた。誰かがいたずらしたのかと思ったけど、その音は瀬戸さんの頭のあたりで響いていた。

 どういうこと?

 瀬戸さんもきょとんとした顔で頭に触れていた子の顔を見つめていた。

 「……痛み、消えたでしょ?」

 「え?……えっ、ええ」

 「じゃ、大丈夫だね」

 「あっ。ありがとう……ございます」

 「うん」

 そういうと、その子は何もなかったように自分の席についた。

 「ねぇちょっと、どういうこと?」

 この子は、じっと私の顔を見ると、つぶやくように言った。

 「霊障……信じる、信じないは別だけどね」

 その子はそういうと、鞄から鉛筆などを取り出し始めた。私のことは眼中にないようだ。

 私がさらに質問しようとした所で、先生が入ってきた。



 「昨日、入学式に参加できなかった者がいるので、ここで挨拶させておく」

 先生はそういって黒板に誰かの名前を書き始めた。

 水瀬悠理みなせ・ゆうり

 女の子の名前だと思った。

 昨日、いなかったのはさっきの子だけ。でも、さっきの子は男子の制服を着ている。

 ?マークが頭をいったり来たり。

 「水瀬、前へ」

 「はい」

 先生に答えて教壇に立ったのは、やっぱりさっきの子だった。

 よく聞くと、この子の声って、透き通っていて、とてもよく響く。

 「水瀬、簡単でいいが、自己紹介してくれ。名前と出身中学、それと、趣味くらいでいいからな」

 男の子だったんだ。

 水瀬って呼ばれた子(彼?)は、ちょっと考えた後、続けた。

 「水瀬悠理です。出身は長野県の滝川中学校です」

 長野県の滝川って、戦争で最前線だった所だ。

「えっと、趣味は」

 口ごもったあたり、いろいろあるのかなと思ったけど、でてきた言葉は

 「昼寝です」

 ……何、この子。昼寝って趣味?

 「昼寝?」先生も呆れ顔で聞き返していた。

 「はい。昼寝」

 「……無趣味っていうんだ」

 「そうですか」

 本人は大して答えた様子もない。

 「コホン。気を取り直して。名前と外見が女の子みたいだが、一応、れっきとしたオトコだ。それと、制服からわかると思うが、騎士養成コースに所属。配属分隊は、一人で気の毒だが、第四分隊だ」

 騎士養成コースに所属する何人かの生徒達がザワッって騒ぎ出した。

 第四分隊?

 「せっ。先生、それってホンマでっか?」

お祭り好きな品田君が立ち上がって言った。

 「このチンチクリンなのが?」

 「チンチクリン……というのはどうかと思うが」

 「センセ、冗談キツ!第四分隊所属っつーたら、アータ」

 「品田。その通りだ」

 ざわめきは大きくなるばかり。私達一般コースや芸能コースの子達は何がなんだかよくわかないできょとんとするばかり。

 「うるさいぞ!静かにしろ!」

 先生から叱られた。

 「芸能コースや一般コースの生徒達は知らないかもしれないが、騎士養成コースで第四分隊に配属されるのは、魔法騎士だけだ」

 初めて納得できた。

 

 魔法騎士。

 

 ただでさえ凄い騎士のさらに上を行く存在。

 騎士の運動能力で移動し、魔法を繰り出す。

 戦争でマスコミをにぎわせた世界最強の騎士達。

 それが魔法騎士。

 初めてナマでみた。

 「ま。希少種だがみんな同じクラスメートなんだから」

 「そんなことはどうでもいいわい!」

 興奮した品田君が先生の声を遮った。

 「おい、水瀬とか言ったか。おまえ、ホンマに魔法騎士か?」

 水瀬君は無言で頷いた。

 「ホンマ胡散臭いわ。ランクは?」

 「申告ではAA/AA/AAだ。一般騎士でも滅多にいないスペックだ」

 そういったのは先生。騎士養成コースの教官を兼ねてるから、興奮している様子。

 「申告ではぁ?なんや、ダレかにハクつけてもらったんか?」

 「申告は水瀬の父親と、他にも数名いるが?」

 「なんや、パパにハクつけてもらったんか」

 生徒達からは失笑が漏れる。

 「水瀬の父親は」

 先生はおもしろそうにもったいつけて続けた。

 「水瀬由忠みなせ・よしただ。こっちでの身元保証人は饗庭樟葉あえば・くすはといえば納得できるか?」

 教室がシンって静まりかえった。

 品田君もなんだか青くなっている。

 「水瀬って、あの水瀬家で、しかも近衛の筆頭二人が保証人ッスか?」

 「そうだ」

 「あの――」

 水瀬君はここでようやく口を開いた。

 「父や樟葉さんのことって、ここでは関係ないのでは」

 「そんなことない」

先生は手を振って否定した。

 「戦争から生きて帰ったんだろ?お前。しかも上に超のつくサラブレットの家柄の出じゃないか。水瀬、おまえの実戦経験とそのレベルにはみんな期待しているんだ。俺とかな」

 「はぁ……」

 水瀬君はなんだか、困ったような顔をしていた。


 お昼

 

 水瀬君はどこかで食事かな。教室にはいない。

 興味があったので、騎士養成コースの木村君にいろいろ聞いてみた。

 木村君の話をまとめると、水瀬君の家は、代々、近衛騎士団の中核を占めるような有名な魔法騎士をたくさん輩出してきた。

 日本で「騎士の名門」と呼ばれる家柄の中でも知る人ぞ知る名門中の名門。

 近衛騎士団左翼大隊がまだ陰陽寮っていわれていた頃からこれを取り仕切っていたというから歴史的には確かに名門だろう。

 で、現当主も左翼大隊筆頭。本当ならば近衛の最強騎士を示す総隊筆頭位をとっていて当然とされる人物という。

 お昼休みが終わる頃に水瀬君は戻ってきたけど、どうにもかわいらしいその外見から、魔法騎士っていうなんだか「コワイ」イメージはどうしても結びつけることができなかった。

 きっと、かわいらしい娘が実はヤクザの娘だって知れた時も似たような感想を持つのかな。

 ……気になる。



4月12日 桜井美奈子の日記より

入学式から一週間以上。

一つ、とても気になったことがある。

水瀬君のことだ。

水瀬君、友達がいない。

いつも一人でポツンとしていて、移動教室も、お昼も、いつも独りぼっち。

誰も、水瀬君に話しかけようとすらしない。

騎士養成コースのクラスメートですら。誰もだ。

 騎士養成コースの中村さん達と話していたら(おなじ騎士ですら!)、みんながどういう目で水瀬君を見ていたか、はじめてわかった。

 「だってさ。普通の騎士っていうならさ。力が強い位でわかるけどさ。あいつ、魔法騎士だぜ?下手なことして魔法で殺されたらたまんないじゃん」

 「でも、クラスメートなんだし」

 「じゃ、美奈子は、クラスメートっていうなら、魔族や妖魔みたいなバケモノでも仲間っていえるわけ?それこそヘンじゃない?」

 「バ、バケモノ?」

 「そう。魔法騎士ってね。ようするにはバケモノだよ。バケモノ。戦争の時、あいつらがどんなことしたか知ってるだろう?」

 かかわらないほうがいいよ。って何度も忠告された。

 同じクラスメートなのに。

 水瀬君が、私達に何をしたっていうの?

 それに、魔法騎士の人達だって、みんなを守るために戦って、死んでいったっていうのに!!

 何か、腹が立ったから、私の方から水瀬君に接触した。

 水瀬君は、机で何かを熱心にいじっていた。

 「水瀬君」

 「?」

 きょとんとした顔で私の顔を見る水瀬君。ほんとにかわいいんだよね。この子。

 「何してるの?」

 「うん。さっき拾った袋の中にあったんだ。ほら」

 よく見ると漆塗りの筒みたいなもの。

 「何?」

 「雅楽で使う笙の一部だね。なんでこんなところに落ちていたかはわかんないけど」

 「高いの?」

 「かなりのものだね。よく手入れされているし。年代物」

 「探偵小説みたいないい方ね」

 「うーん。知的な仕事に就く中年の男性で、最近散髪に行った。妻の愛情は離れているとかって?」

 「さすがだよホームズっていってあげる」

 「僕は金田一モノの方が好きなんだけどね」

 「私はホームズ。イギリスの雰囲気が好き」

 何だ。気楽に話せるじゃない。

 「えっと、何か用?」

 「ううん。用ってほどじゃないけど、何してるのかなって」

 「ヒマしてる」

 「友達とかいないの?」

 「……うん」

 頷く水瀬君、とても寂しそう。

 「次、移動教室よ?よかったら一緒にいかない?」

 水瀬君、きょとんとして、私を見ると、うれしそうに頷いた。

 「いいよ」

 「決まりね」

 本当、普通なんだけどなぁ……。




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