第25話 小さな親切と大きなお世話

 あれから、いくつかの依頼を受けて路銀を稼ぎ、俺達は王都に向けて出発した。

 王都までの道を調べたところ、途中にいくつかの町があり、冒険者ギルドもあるということで、俺達は移動しながら稼ぐことにした。

 元々、それほど路銀は必要ないのだ。野営でも土魔法を使えばテントより立派なシェルターを作れるし、水魔法で飲み水はいくらでも出せる。火魔法と混ぜて湯を作れば入浴だってできる。食料は狩猟すれば現地調達できるので、町で買っておくものといったら塩ぐらいだ。

 ただ、そればっかりだと野菜が手に入らなくてビタミン不足になるとか、味に飽きるとかの問題が生じる。


「て事で、次の町では野菜と調味料を補充しよう」


「ふむ? 人間の体は不便なものだな」


 必要ならそうしなさい、と魔王は言う。

 ちなみに魔王は「食事なんて娯楽」だそうだ。つまり食べなくても生きていられる。生存に必要な栄養素は魔力のみで、それも空中にある魔力を吸い込むだけで事足りる。だから呼吸だけできれば生きていくのに支障はない。ただ、人間が娯楽に飢えるのと同じように、魔王も――というか魔族全体が、強くなることに飢えていて、戦って経験値を得たいという衝動があるらしい。


「じゃあ、そういうことで」


 俺達は街に入り、市場へ向かった。

 根菜類なら時間を問わず、鮮度を気にする必要もなく買える。常温で日陰で風通しのいい状態にしておけば長持ちするからだ。

 葉物野菜は保冷しないと数時間で明らかにしなびていくため、この世界ではあまり流通していない。農村や、農村から毎日通えるような距離にある町なら、葉物野菜がみられる。まったく同じ理由で、海辺でないと魚が流通していない。



 ◇



 一通りの買い物を終えて――買った物は収納魔法で異空間に入れておいた――冒険者ギルドにやってきた。

 仕事を探すためではない。宿を探すためだ。

 まずは受付に会員証を提示する。首にかけたままなので、服の中に入っているのを取り出すだけだ。行動中は――特に戦闘になると、チャラチャラ動いて鬱陶しいので服の中にしまっておくのがいい。


「こんにちは。はじめまして。

 この町には初めて来ました。おすすめの宿屋を教えてもらえますか?」


 冒険者ギルドには、こんな問い合わせがけっこう多い。

 前にも述べた通り、冒険者は基本的に宿屋暮らしで移動しまくり定住しないので、入れ替わりが激しいのだ。

 受付嬢は、会員証と俺たちの顔を交互に2度見した。15歳の、成人したばっかりの、明らかに登録してからそれほど時間がたってない若造が、会員証は「玄人」ランクなのだから、気持ちはわかる。


「……お、おすすめの宿屋ですね。はい。ここから、建物を出て右手の――」


 教えてもらった宿屋で1泊した。



 ◇



 翌日は、朝から冒険者ギルドへ。

 今度こそ仕事を探しに来た。昨日の買い出しで減らした路銀を補充するためだ。

 ゴブリンの討伐依頼を見つけて、受付へ。


「受注手続きをお願いします」


 ちょうど昨日と同じ受付嬢だった。


「この『ゴブリンの森』というのは、どこですか?」


 掲示板から剥がしてきた依頼書によると、依頼内容は「ゴブリンの森のゴブリンを最低10体討伐すること」とある。なお、より多く倒せば10体ごとに報酬は増額されるとのことだ。

 どこでもいいなら探知魔法で探して倒してくるが、場所の指定があると探知魔法ではどうにもならない。


「ゴブリンの森ですね。

 南門を出まして2時間ほど歩いたところで、街道の左側に見える森です」


 南門がどこにあるのか確認して、教わった通りに移動する。



 ◇



 南門を出て2時間ほど歩き、街道の左側に見える森。

 ここだ。


「……ゴブリンの気配じゃないな」


「ゴブリンの魂は見当たらぬな」


「「……?」」


 俺達は、お互いに顔を見合わせた。

 念の為、探知魔法も使ってみたが、ゴブリンは見つからなかった。

 この森にいるのはオークやオーガだ。


「歩く早さが『普通』じゃなかったかもな。

 2時間ぐらいなら休憩なしで歩けばいいと思ったが、もしかして普通は休憩を挟むのかもしれない」


「だとすると、もう少し戻ったところの森か。

 主も我も強すぎるから、こういう時には困るな」


 という事で、戻りながら探知魔法を使ってゴブリンを探してみた。

 ところが、街道から見える森は左右どちらもゴブリンが見当たらない。ついには町まで戻ってきてしまった。


「変だな」


「うむ。どういうことだ?」


 再び俺達は顔を見合わせた。

 あと、首もかしげた。


「とりあえず冒険者ギルドに戻って確認してみよう」


「うむ。それしかないな」


 というわけで、冒険者ギルドへ戻った。



 ◇



「あっ、おかえりなさい。ずいぶん早かったですね?」


 と、例の受付嬢が俺達を見つけて言う。

 依頼を受けるには遅く、報告に戻るには早い、そんな時間だ。ギルドの中はがらんとしていた。


「ゴブリンが見当たらなかったんですよ。

 確認ですが、南門を出て2時間ほど歩いたところの森ですよね?」


「そうですね。見当たらないということは、他に何か討伐してきましたか?」


 せっかく来たので……と場所を間違えても魔物を討伐して帰る冒険者が居るのだろう。想定と違う敵と戦うことになるので準備不足のおそれがあって危険だが、場所を間違えたのでは依頼は失敗になるしかない。ならば何か討伐してその売却益だけも得ようと考えるのは不思議ではない。


「いえ、何も」


「この時間なら、正しい場所へ行き直せば済むからな」


 そう答えると、受付嬢は呆れたような驚いたような顔になった。


「ものすごく体力があって、ずっと走っていった……とかじゃないですよね?」


「休憩なしで歩いたので、もしかして行き過ぎたのではないかと思って、戻りながら探知魔法も使ってきたのですが、やはりゴブリンは見当たりませんでした」


「うーん……おかしいですね。もう1度向かって、ゴブリンの代わりにどんな魔物がいるのか適当に討伐して持ってきてくれますか?」


 受付嬢がとんでもない事を言い始めた。


「それは受けた依頼内容と大きく異なりますが。

 その討伐の報酬は誰が支払うのですか?」


「討伐してくれれば、魔物はギルドで買い取りますよ」


「それは『討伐の報酬』ではなく『魔物素材の代金』ですよね?」


 俺は眉をひそめる。


「でも、そうしなければ今回の依頼はただの失敗になってしまいますよ。

 こういう魔物が居た、という証拠があれば、その影響でゴブリンが居なくなっていたんじゃないか、という報告書が書けますから、ただの失敗にはなりません」


 俺たちは――魔王のことは見なくても気配で分かるが――表情を無くして受付嬢を見ていた。


「その場合は『土地の危険度に変更があった』ということで、冒険者ギルド全体で冒険者たちに注意喚起する必要がありますね? 従って当然こちらの支部長に報告しなければなりません。支部長を呼んでもらえますか?」


 受付嬢が、マズイ、という顔をした。

 それでも言い返そうとする様子が消えず、口を開きかける。

 そこへ、魔王の威圧が飛んだ。


「――ぴっ!?」


「娘よ。ゴブリンの森が南門から2時間の位置ではなく、東門から1時間の位置であることは調べがついている。

 なぜ我らを騙し、南へ行かせようとしているのだ?」


 ゴゴゴゴゴ……と魔王のすさまじい威圧に建物全体が揺れ始める。

 俺たちは南門まで戻った段階で、門番にゴブリンの森の場所を聞いてみたのだ。そしたら「こっちじゃないぞ」と教えてくれた。

 さて、魔王が威圧するなら、俺は優しく行くか。警察の取り調べでもよくやる「怖い刑事」と「優しい刑事」のセットだ。


「『言い間違えた』とか『別の場所と勘違いしていた』とかなのかと思ったら、どうやら本当にわざと嘘を教えて南へ行かせようとしているようですね。

 なぜこんな事を? 僕ら初対面ですよね? 嘘を教えて予定より強い魔物が出る場所へ送り込むなんて、間接的な殺人じゃないですか。僕ら何か恨まれるような事をしましたか?」


「殺……っ!? そ、そんなつもりは……!」


「つもりはなくても、やった事はそうだが?」


 魔王が圧をかける。

 他の受付嬢や奥の事務員たちは、恐れて近寄ってこない。


「何事だ!?」


 そこへハゲマッチョのおっさんが現れた。


「あっ、支部長」


 バツが悪そうな顔をして、受付嬢が言う。

 この人が支部長か。引退した元冒険者とかかな。体の鍛え込みが半端ない。ブランクがあって勝負勘が鈍っているかもしれないが、体そのものは衰えていないという感じに見える。


「かくかくしかじかです」


 俺は事の経緯を説明した。


「バカモノ!」


 すぐさま支部長の拳が受付嬢に飛んだ。

 殴られた頭を押さえて、受付嬢が涙目になっている。


「いったーい! なにするんですか」


「人のこと殺そうとしておいて、ちょっと殴られただけで何をぬかしてやがる!

 しかもギルドの信用を損なう背信行為だ! 懲戒解雇は免れんぞ!」


「そ、そんなぁ……!

 強そうな有望新人っぽいから、早く実績を出せるようにサポートしただけなのにぃ……!」


 まさかの善意で、だと……!?

 なんという愚か者……! 救いようのない愚者……! 小さな親切、お大きなお世話の究極形態……!


「それで死んだら、どうするつもりですか。

 まったく予定にない魔物と戦うなんて、誰だって危険ですよ?」


「死んでないからいいじゃないですか。怪我もしてないんですし、なんの文句があるっていうんですか」


「なるほど。

 その理屈で言うと、なぜ支部長に殴られて文句を言ったんですか? 死んでないし、怪我もしてないから、いいじゃないですか。

 あ、そうそう。この後あなたを殺しますけど、生き返らせるので問題ないですよね」


「えっ……は?」


「殺されそうになっても死ななければ笑って許すなんて、俺はそんなに器デカくないので。

 ま、あなたは『死ななければいいじゃないか』っていう事だったので、構いませんよね」


 まったく反省する様子のない受付嬢に、魔法をかけた。

 受付嬢に「10秒ごとに殺される」という幻覚を見せる。夢を見ているのと同じ状態なので、肉体には影響が出ないものの、痛みや苦しみを体験する。

 10秒ごとに殺され、生き返り、そして生き返るたびに「死んでないからいいじゃないですか。怪我もしてないんですし、なんの文句があるっていうんですか」というセリフを、受付嬢本人の声で再生する。自分で言ったんだから、文句はあるまい。

 この幻覚は、受付嬢が本当に反省するまで――何が悪かったのか理解し、実行してはいけないという価値観を持つまで――永遠に繰り返す。鑑定魔法と精神魔法を組み合わせて心の中を判定しているので、その場しのぎの謝罪や、反省した演技では、絶対に解除されない。

 その性質上、もし9秒以内に条件を満たせば1度も「殺される」ことなく解除されるが……突然放心して動かなくなった受付嬢を、支部長が抱えて救護室へ連れて行った。

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