第12話 魔王と憐憫

「追い詰めたぞ、魔王!」


 ばーん!

 と、王子が魔王に向かって指をさす。

 ちなみに立体映像ホログラムである。本物の王子は魔王城には近寄っていない。テレビや動画配信みたいなもので、幻影の魔法をなんやかんやしたカメラ的な魔道具を使っている。


「ふむ。よくぞ参った、勇者よ」


 魔王は俺を見て言った。

 王子の立体映像はガン無視である。

 あと魔王は巨乳の美女だった。頭に角が生えている以外は、人間と変わりない。唇が黒かったり爪が黒かったりするが、そんなのはソッチ系の化粧だと思える。


「おいコラ! 私を無視するな!

 『王子、今は……』

 う、うむ……よし、行け、異世界人! さっさと魔王を倒すのだ!」


 あっ、騎士に注意されてら。


「……ふむ。異世界召喚か。しかも奴隷の首輪と……。

 自分の国を自分で守ることもできぬなら、さっさと滅べばよかろうに。

 まったく、人間どもはロクな事をせんな。同情するぞ、異世界人」


 あっ、なんだろう。魔王が優しい。俺、寝返ろうかな。人間陣営か魔王陣営かなんて、どっちでもいいし。てか俺にとって害悪しかない身勝手王国が滅ぶなら、喜んで魔王陣営に寝返っちゃうね。チッ、首輪さえなければ。

 しかし「さっさと倒せ」という命令が出た以上、俺の体は勝手に動き出す。


「ふふ……首から上と下ではまるで別人だな。

 そんなに私の胸が気になるのか?」


 俺の攻撃をあっさり受け止めながら、軽口まで返してくるお姉様系魔王。

 うーむ……かっこいい。

 いや、違うんだ。誤解だって。胸ばっか見てるわけじゃないよ? ホントダヨ? 人間だれでも癖ってのがあるじゃん? 目を見て話す癖の人もいれば、口の動きを見て話す癖の人もいる。俺の場合は、いつもなら「そのあたり」にメッセージウインドウがあるからだよ。表情の差分なんて記憶してるし、メッセージを読めばどの差分が表示されているか見なくても分かるからね。

 ……待って。これ結局おれ変態じゃね? いや、違うくって……! 変態じゃねーよ! ただのオタクだよ! ギャルゲーばっかやってねーよ! RPGのほうが多いって! やめろー! 俺をそんな目で見るなぁぁぁ!


「赤くなりおって……ふふふ。

 よかろう。敵意のないことは分かった。

 面白いな、異世界人。この私を恐怖以外の感情で見る者は初めてだ。

 もしも私を打ち倒し、その呪いからも解放されたなら、褒美だ。私を好きにするがよい」


 よっしゃあああ! みなぎってきたあああ!


「うお!? ふはははは! 急にやる気を出しおって。

 そんなに私がほしいか。可愛らしい奴め」


 オラオラオラァ!


「……ほう。……うむ。……むむっ。……ふふ。

 よいぞ。この私とここまで戦える者もまた初めてだ。

 だが、遠慮は無用だ。打ち倒しはしても怪我をさせぬように、などと考えているなら改めよ。我は魔王。殺した程度で死にはせぬ」


 殺しても死なない? 復活するとかか?

 よくわからないが、自信ありげな様子だから信用してみよう。

 全力攻撃の第1弾。刀を魔法で強化して、電撃魔法で発射する。レールガンバリスタだ。


「ほう……!?」


 刀は魔王の体を貫通し、心臓があるあたりをまるごとくり抜いていた。

 ボタボタと紫色の血を流しながら、魔王は感心したように声を漏らす。

 痛みを感じないのか? それとも、この程度では痛がるほどのダメージにならないのか? 殺しても死なないというのは伊達ではないらしい。


「素晴らしい。血を流すなど、いつ以来か……。

 よし、では第2形態といこう」


 流れていた血が蒸発するように紫色の煙が吹き出した。

 魔王の姿がその煙に隠れ、すぐに煙が晴れると、魔王は黒い竜の姿になっていた。


「いくぞ、異世界人!」


 突進。からの右手、鉤爪によるひっかき。丸太のように巨大な爪が、魔王城の床をえぐる。だが、えぐれた床は空間ごと消え去り、削れた空間の両端が引き合ってくっついた。「立禁止」の看板かよ。

 飛び退くが、空間ごと引き寄せられ、すぐさま左手の爪で同じくひっかき。

 これも飛び退くと、回し蹴りのように回転して背中を見せた。直後、尻尾が飛んでくる。サイズ的に、トレーラーが横転してくるような迫力だ。

 ジャンプして回避。直後、再び正面を向いた魔王が、口を大きく開いた。


「ゴアアアアア!」


 ブレス。

 空中で落ちる以外に移動できない俺を、炎が包んだ。赤い炎が吹き付けたが、それはMENが高くて耐えられた。しかし炎はすぐに白くなり、温度が上がった。魔法防御力を貫通してダメージが入り始める。床に足がつく。同時に炎は青色になった。温度はさらに上がる。すぐさま床を蹴って脱出――と思ったが床が蒸発して、足が空振りした。

 だが、蒸発した床材の体積が急激に膨張し、その爆風で吹き飛ばされて、炎からは脱出できた。運がいいのか悪いのか……。とにかく魔王の必殺コンボは恐るべき威力だった。最後の炎に空間攻撃の性質がなくて助かった。

 お返しだ。全力攻撃の第2弾。空間の断裂。VITもMENも無視して強制的に切断する。他ならぬ魔王自身が採用している空間攻撃だ。魔王の胸元が大きく切り裂かれた。


「ぐふうっ!? これほどの攻撃力……素晴らしいぞ、異世界人!

 それにしても、胸ばかり攻撃しおって。この姿になってもまだ胸が気になるのか?」


 とんでもない誤解だ。

 攻撃が通ればダメージが大きそうで、かつ命中率が高そうな部分というだけのこと。

 ……いや、からかわれてるのか。魔王め、余裕だな。


「このサイズで、私ほどの強さになると――」


 魔王が傷ついた胸を押さえる。

 だが傷は治らない。


「――こんな事でも必殺の威力になるのだ」


 血まみれの手を振った。

 付着していた血液が飛んでくる。

 避ける暇もなく命中し、吹き飛ばされた。液体を超高速で発射されたのだから当然だ。トマトを空気砲で発射するとまな板を貫通する。俺は今、そういう攻撃を受けたわけだ。

 起き上がって、全力攻撃の第3弾。重力操作。強い重力を魔王の足元に発生させる。魔王に何かしたわけではない。フィールド効果を発生させたのだ。よって魔王の魔法防御力による抵抗を受けない。重力操作の魔法は魔王に当たっておらず、魔王にかかる力は物理的な重力だからだ。


「むっ? この程度の攻撃がいまさら通じるとでも――」


 重力を強めて足止めする魔法がある。受ける力は似ているので、誤解するのも無理はない。

 だが、俺の狙いは足止めではない。重力とは、物理的な構造に影響を受けないエネルギーだ。すでに述べた通り物理的な効果なので、魔王はVITで抵抗するしかない。魔王のVITなら、骨が折れるような効果は得られないだろう。STRも高いので重力に逆らって動くことも簡単なはずだ。 

 だが、血液の流れまでは、そうはいかない。重力に引っ張られて全身の血が足元へ集まる。最も高い位置にある脳から血液が失われ、たちまち酸欠を起こして気絶する。


「――な、に……? これは……」


 めまいを起こしたようにふらりと傾き、魔王はそのまま倒れた。

 その隙に全力攻撃の第1弾と第2弾を連続で撃ち込む。魔王の首を切り落とし、頭と心臓をレールガンバリスタで貫通する。

 そこまでやると、魔王の体は灰になって崩れ始めた。


「ふはははは! いい気付けになった。

 うむ。これはもうダメだな。私の負けだ。

 では、呪いを解く日を待っているぞ、異世界人。その時お前がどこに居ようとも、私は必ず駆けつけ、約束を守ると誓おう。

 では、しばしの別れだ。さらば。また会う日まで」


 魔王は灰になって散った。

 どうやら本当に復活する自信があるらしい。

 最後まで潔い奴だった。また会うことができたなら、俺も潔く約束を受け取るとしよう。


「おお! よくやった、異世界人!

 では戻るのだ。王城へ帰還するぞ」


 王子の立体映像が喜色を浮かべている。

 戦闘の余波で魔道具が壊れかけたらしく、映像が乱れている。余波であっても魔王の攻撃だ。その衝撃や光熱に耐えたのはすごい。立体映像装置じゃなくて戦闘ドローンでも作れば、普通に戦えたんじゃないか?

 無関係な他人に仕事と危険を押し付けて、安全な遠方でふんぞり返っているだけの卑怯者には、魔王の爪の垢を煎じて飲ませてやらねば。

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