第24話 愚者と魔王

 冒険者ギルドの登録試験に満点合格したら、飛び級で「玄人」ランクから始める事になった。

 冒険者のランクは下から順に、新人・素人・灰人グレート・玄人・名人・達人・超人なので、ちょうど中間とも言えるが、実際には「才能が人並みでも努力はすごい人」が到達できる一番上のランクだ。

 そして冒険者ギルドの会員証は、日本でも自衛隊が首にかけている認識票と同じような形状で、ランクごとに色(というか素材)が違う。記載されている情報を読まなくても、色だけで判別できる。

 となれば、現れる。絡んでくるアホテンプレートが。


「よーし、登録したな。

 合格おめでとう。これでお前も冒険者の仲間入りだ。

 て事で、お祝いだ。いい女つれてるじゃねーか。一晩貸せよ」


 テンプレが来るなら、どっちかな? とは思っていた。

 なんで自分はダメなんだ、そんなガキが飛び級なんておかしいだろ。と絡んでくるタイプか――

 あるいは、単に新人いじめが好きな「いたずら好きチンピラ」タイプか。

 どうやら後者らしい。お祝いで「お前の女かせ」は意味が分からない。しかも「貸せ」と言っている「女」は、人類最大の強敵「魔王」だ。コメディが過ぎるぞ、こいつ。吹き出しそうになるのを我慢するのが大変だ。


「どうする? 相手してやるか?」


 俺は表情筋を総動員して笑いをこらえながら、魔王に尋ねた。

 魔王は心配そうな顔をしている。


「構わんが……大丈夫なのか、こやつ?」


「いいんじゃないか? 大丈夫じゃなくても」


「それなら、まあ……」


 と相談していると、何をどう勘違いしたのか、絡んできた奴が大笑いし始めた。


「ぎゃははは! なッさけねぇ奴ぅ!

 まあ、安心しろよ。お前の女は、俺が喜ばせておいてやるからよ!」


 と魔王の肩を抱こうとする。

 瞬間、魔王がするりと動いて逃れ、同時にそいつのキン〇マを鷲掴みにした。


「ぐああああ!?」


 絶叫が冒険者ギルドに響いた。

 遠くに居た人たちまで、何事かと振り向いた。

 絡んできた彼のズボンに、赤いシミが広がる。


「あー……ほら、軽く握っただけで潰れてしまったじゃないか。

 我のSTRに比べて、こやつのVITが低すぎるのだ」


「はいはい、【ヒール】」


 すぐさま彼に回復魔法をかけて、潰れたナニを治してやる。


「てッ……! てめェ……何しやがる……!」


 腰が引けたまま怒鳴る彼。

 気持ちは分かるが、まったく迫力がないぞ。

 周りも、プッ、とか、クスクス……とか、失笑している。

 彼はそれでますます顔を赤くしていた。

 自業自得という言葉を知らないらしい。


「君が望んだ通りだろう? 彼女に撫でてもらっただけじゃあないか。

 実力差がありすぎてダメージを受けたのは、君が弱いから悪い。こっちから絡んだのならこっちが悪いと思うが、君から絡んできたのだから君の目が狂っていたということだ。次からは絡む相手を選ぶことだな」


「ぐぬぬぬ……!

 暴行罪だ! 傷害罪も付くぞ! 謝罪と賠償を要求する!」


 わお。その言葉をこっちの世界で聞くとは思わなかった。

 16年ぶりだ。懐かしいな。


「何の話だ? 暴行と傷害? どこにそんな証拠が?

 誰か、俺達が彼に暴行や傷害をおこなうところを見たか?」


 周りを見回して尋ねると、誰もが目をそらした。

 まあ、居たらもれなく同じ目にあってもらうがね。


「ぐぬぬ……! だが、このズボンの血痕は……あれ?」


 回復魔法は、傷を治すが、失った血液までは戻らない。

 ズボンについた血液は消えない。それが証拠だ。と、自分のズボンを見下ろした彼は、きれいなズボンを見て首を傾げた。

 俺は「ヒール」と唱えたが、実際に使ったのは「レストレイション」という復元の魔法だ。回復魔法の中でも上位の呪文で、対象者の治癒力を高める「ヒール」と違って、原子単位で「元の位置に戻す」という効果をもつ。欠損していようが化学反応していようが確実に治る呪文だ。ただし空間ごと削り取られて原子レベルで消滅しているような場合には治らない。

 当たり前だが、魔王と戦うに当たって「ヒール」では全く役に立たない。治る前に次の攻撃が来るからだ。「レストレイション」は必要最低限のたしなみである。もっとも魔王は空間を削る攻撃ぐらい普通に繰り出してくるので、「レストレイション」もあまり役に立たないが。


「証拠もないのに妄言ばかり聞かされても困るな」


 肩をすくめて煽るように言ってやると、彼は再び顔を赤くして逃げていった。

 その姿を見送って、俺は魔王に視線を移す。


「ルスト」


「なんだ?」


「変なもの握って……ばっちいから手を洗いなさい」


 水魔法で空中に水の玉を作り出す。

 何の変哲もない、よく使われる魔法だ。しかし、見る人が見れば、俺のCONの高さが分かるだろう。


「流れた血も戻す魔法を使ったではないか。

 我の手についたのも当然……ははーん? さては嫉妬しておるな?」


 魔王がニヤニヤしながら俺を見る。

 それでも手は洗ってくれるので、言わせておこう。

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