第23話 登録と飛び級

「見抜いた通り、今のは俺の幻影魔法だ。

 初めてだよ。登録試験で満点を出した奴は」


 試験官は肩をすくめて首を振り、やれやれと言わんばかりに剣を鞘に納めた。


「出たこと無いんですか? 満点」


「無いな。

 そもそも、この試験はゴブリンをはじめとする魔物の危険性を警告するためのものだ。対応できない奴は不合格。できても『油断は禁物』と教えて、さらに気を引き締めさせる狙いがある」


「なるほど。よく考えられているのだな」


 魔王が感心する。


「それをまるっと全部見破られて完璧に対応されたんじゃあ、本当に試験なんか免除でよかったぜ」


「ああ……開始前のその言葉も、こちらを油断させるための……」


 試験官は苦笑しながらため息をついた。

 正解らしい。

 まあ、あの程度で油断するほど平和な人生じゃあなかったからな。転生前も、転生後も。……なんか、こっちの世界に来てから苦労しっぱなしなんだが? いや、苦労の種類が違うだけで、日本にいても苦労するのは一緒か。


「とにかく、優秀な成績だ。文句なしの合格だ。

 受付へ戻って、登録手続きをするといい」


「はい。ありがとうございました」


 試験官に一礼して、受付へ戻る。



 ◇



 受付嬢に試験が終わったことを告げて、手続きを進めてもらう。


「合格おめでとうございます。

 それでは冒険者ギルドの会員証を作りますので、その間に注意事項の説明をしましょうか。

 ……と言っても、ブラオ様のこれまでの様子を見ていれば、問題はないと思いますが」


 念の為、と言いながら――実際は会員証作成を待つ間の暇つぶしとして――受付嬢が説明してくれたところによると。

 要するに「人に迷惑をかけるな」という事だった。アレは依頼人に迷惑だから禁止、コレは一般人に迷惑だから禁止、ソレは冒険者ギルドに迷惑だから禁止……などと細かいルールがある。しかし俺からすると、そんなの言われなくても考えたら分かるだろ、と思うような事ばかりだ。


「最後に。

 先ほど説明した通り、冒険者が一般人と喧嘩するなど迷惑をかけることは禁止ですが、冒険者同士での喧嘩なら基本的に誰も助けません。冒険者ギルドは不介入ですし、殴り合い程度なら兵士だって見ても放置します」


「絡まれないように注意しないといけませんね」


「その通りです。

 ブラオ様なら蹴散らせるかもしれませんが、武器を使ったり、大怪我をさせたり、殺したりすると、普通に犯罪行為になりますので『喧嘩するときは素手で』とおぼえておいてください。

 逆に、相手が武器を取り出したなら、反撃しても正当防衛です」


「わかりました」


「説明は以上です」


「待たせたな」


 ちょうどいいタイミングで、試験官が現れた。

 なぜここに? と思ったが、その手に会員証が2枚あった。

 出来たから持ってきてくれたようだ。

 しかし、試験官は俺達に会員証を差し出すことなく、受付カウンターから出てきた。


「別室へ行こうか」


 よくわからないが、とりあえずついていく。

 小会議室に案内された。


「座ってくれ。

 まず、これがブラオ様たちの会員証だ」


 座ると同時に、会員証が差し出された。

 俺達は登録したばかりなので「新人」のはずだが、会員証には「玄人」と記されていた。

 冒険者のランクは下から順に、新人・素人・灰人グレート・玄人・名人・達人・超人。いきなり3つも飛ばして4つ目からのスタートという事になる。


「飛び級ですか?」


「その通りだ。

 あの試験で満点を取れるなら、それだけの実力がある。

 冒険者の『実力』とは、いかに強い魔物を倒せるか

 いかに魔物からだ。

 魔物の危険度は、パワーやタフネスではなく、奇襲のウマさ、ずる賢さにある」


 パワーやタフネスがすごいだけの、つまり戦車みたいな奴なら、逃げればいい。見つからないようにこっそりと。あるいは追いつかれない速度で素早く。冒険者は仕事を選べる立場だ。戦車に勝てなくても、別の相手に勝てれば、収入は得られる。生活が成り立つなら、得意な相手だけを狩ればいい。


「実際、パワーがすごいだけのレッドボアやらブラッディベアやらといった魔物は、冒険者ギルドが定める討伐難易度でいうと低いほうだ。

 むしろ子供程度の力しかないゴブリンとか、手を出さない限り全然動かないミミックとかのほうが、討伐難易度は高い。人間を騙すからだ」


「1つ聞きたいのだが」


 魔王が口を開いた。


「討伐難易度が『厄介さ』で決まり、『戦力』とは関係ないということは、難易度の高い魔物を狩ってきても、高く買い取ってくれるとは限らんという事か?」


「それはもちろんだ。

 物価は需要と供給のバランスで決まる。極めて厄介で非常に強力な魔物を倒したとしても、その素材に使い道がない場合は、誰も買い取ろうとしないのでゴミとして引き取ることしかできない。

 まあ、たいていの魔物素材には使い道があるので、めったにそんな事は起きないがな。それに、厄介であれ強力であれ、倒せる冒険者が少ないとなれば希少価値が高くなる」


「なるほど」


 へぇ~と言わんばかりの魔王。

 魔族の「物価」は、どうやって決まっているのだろう? 自由市場に新鮮さを感じるということは、計画経済みたいな感じなんだろうか? あとで魔王に聞けば分か……いや、聞いても無意味か。そこに参加する予定がないんだから。


「て事で、ブラオ様のパーティーには期待している。

 優秀な人材を遊ばせておく余裕は無いからな」


「ある程度はお金が貯まるまで働きますよ。

 その後は王都へ行く予定ですけどね」


「マジかよ……この町の出身だろ? しかも男爵の御子息じゃないか。継ぐ気がないというのは前から聞いてるが、弟君が継ぐならブラオ様が補佐役になるんじゃあないのか? なんで王都へ?」


「捜し物です」


 前世、俺は王城で殺された。

 装備品である刀や鎧は、その時に王城の連中に回収されたのだろうと思う。

 身勝手国王と身勝手王子をブチのめす前に……いや、後でもいいか。とにかく、装備を回収する。

 それが俺の物だという証明をするのは無理だろうから、奪う形になるだろうな。


「ふぅ~ん……?

 知らんうちにそんな美人と仲良くなってるし、長男に生まれたのに覇権争いはしないというし、昔から庶民に混じってきて貴族らしくないし……どうにも不思議なところが多いな。

 ま、ブラオ様が何者だろうと、俺たちはあんたの味方だ。応援してるぜ」


「ありがとうございます」


 国王と王子を殺そうとしているのに、応援されるというのは不思議な気分だ。

 まあ、試験官は俺たちが何をしようとしているのか知る由もないが。

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