第22話 ギルドと試験

 家を出て、冒険者ギルドにやってきた。

 ここには見知らぬ人たちが大勢いる。冒険者たちは基本的に宿屋か野営で寝泊まりし、護衛や輸送などの依頼を受けてあちこちに移動する。

 現代日本でいうと長距離トラックのドライバーみたいな生活だ。ほとんどトラックで寝泊まりしていて、自宅があっても滅多に帰らない。

 つまり人の入れ替わりが激しく、よそ者が多い。ここでは俺が今まで積み上げてきた交友関係が通用しない。

 少し緊張するな。飛び込み営業に行くような、あるいは入社試験に行くような気分だ。

 ただし――


「あら、ブラオ様。いらっしゃいませ。

 今日は何のご用ですか?」


 受付嬢をはじめとするギルドの職員たちは、この街に定住していて、顔見知りである。

 俺が冒険者ギルドに出入りしていたのは、回復魔法の練習に、怪我人の治療をしていた時期があるからだ。

 ポーションを使うほどではない軽い怪我をしている人に、練習台になってもらった。これは俺からの依頼として、安いながらも報酬を出して頼んだもので、普通ならお金を払って傷を治すところ、お金をもらって傷が治るというので、好評だった。

 人気が出てくると、俺では治せないほどの傷を負った人まで応募してきた。治せないことを断った上で回復魔法をかけたが、ほとんど治らなかったのに喜んでいた。聞けば、教会で治してもらうときに、軽い怪我のほうが代金おふせが少なくて済むのだそうだ。つまり俺の魔法を受けてから協会へ行けば、俺からの報酬と軽症化によって、二重に安上がりになるわけだ。

 俺は自分の魔法の練習になればよかったから文句はないが、人数が増えすぎると魔力が足りず全員を治療できなくなった。そこで人数制限を加え、報酬もなしにした。

 上達すると、教会から嫌な顔をされる前にやめた。代わりに孤児院で回復魔法の使い方を教えるボランティアをした。俺がやめた後の人員を育てたわけだ。孤児たちの魔力量は俺よりも少ないが、大勢でやれば補える。

 後任の孤児たちは、治療の代金をギルドから受け取ることになった。このときにはもうギルドの名物になっていたからだ。傷の後遺症で引退したり、無理を押して死んだり……そういうのが激減したので、ギルドとしても協力する気になったらしい。

 ギルド併設の酒場で、酒の代金を少しだけ上げたのだ。日本でいうと1円の値上げという感覚だ。1円なら別に……と反発も出ない。だが客の人数分のお金が得られる。未熟な魔法による治療代としては十分な金額になる。

 重傷者が、教会へのお布施不足で治療を諦めるケースが減った。事前にギルドで軽快させることで、お布施が足りるようになるからだ。すると教会もお布施の総量が増えたことで、文句を言わなくなった。


「こんにちは。今日は成人したので登録に来ました」


「まあ! ようやくですね。おめでとうございます。

 それでは、一応規則なので試験を受けてください」


 希望者が増えて、患者への報酬が支払えなくなった後、俺は未登録のまま魔物を狩って売りに来ていた。前世の経験が生きた。

 自分を先に治せなどと騒ぐアホに、特大の火の玉なんかを見せつけて黙らせたことも何度かある。

 なのでギルド職員は俺の実力を知っている。未成年だったから登録できなかったが、ギルドでは今か今かと待っていたようだ。難しい依頼でも溜まっているのだろう。


「地下でしたっけ?」


「はい。そちらの廊下を――って、知ってますね」


「ええ」


 勝手知ったるなんとやら。

 試験会場の地下訓練場へ向かう。


「試験とは?」


 魔王が不思議そうな顔をして聞いてきた。


「弱すぎて話にならない希望者をふるい落とすためのものだ。英雄の活躍を聞けば憧れて真似したがり、一攫千金の話を聞けば羨んで自分もと挑戦したがる。人間なんてのは、そんなものだ。自分の分際をわきまえるという事を知らない人が多い」


「ああ、人族保護のための方策ということか。

 それでここ50年ほど魔王城に挑む者が減っていたのだな」


「ザコ相手では、魔王も退屈しのぎにならんだろう」


「違いない。煩わしいばかりでな」


 自分の家に勝手に入り込んでくる迷惑な観光客みたいな感覚だ。日本でもマナーの悪い撮影マニアとかオーバーツーリズムとか問題になってるやつだな。


「15年前の主の訪問は、新鮮だったな。

 魔王城の城門にノックして入ったのは、主が初めてだ」


「そのまま警備の魔物に襲われたけどな。

 話も聞かずに襲ってくるとは、優秀な番犬共だ」


「礼儀知らずどもを相手にしていると、どうしてもな」


 辟易し、苛立ち、荒っぽい対応になる。分かる気がする。

 話しているうちに、地下訓練場に到着した。

 誰も居な――


「待たせたな」


 別に待ってないが、後ろから来た試験官に声をかけられた。

 この職員とも顔見知りだ。


「成人おめでとう、ブラオ様。

 そっちの女性も登録試験かな?」


「そうですね」


 一瞬迷った。

 魔王は人間にとって敵だ。法的な手続きなんかでは、魔物と同じ扱いになるだろう。そうなると、俺がテイムした従魔という扱いになるだろうか? 従魔契約はしてないのだが。

 でも人間に化けているし、人間と遜色ない知性もある。能力に至っては遥か上。実力主義的な考え方でいけば、人間扱いに何の問題もない。


「お願いします」


「よし、わかった。

 まあ、ゴブリンに襲われても逃げ切れるか? っていう程度の試験だ。ブラオ様なら免除でもいいぐらいだが、一応な。

 形式は模擬戦。合格の条件は、試験官の判断で『大丈夫だろう』と思えれば合格。試験官に勝つ必要はない。ただ、ゴブリンを想定しているというところに注意してほしい。それなりに、色々と試させてもらう」


「了解です。

 ルスト、殺したらダメだからな。怪我もさせるなよ」


「わかっておる。

 快楽殺人鬼か何かのように言わんでくれ」


「そうはいっても、小突いた程度で壁が壊れる威力だからな。うっかり、って事があるかもしれん。

 あの時のような感覚では困るぞ」


「大丈夫だ。問題ない」


「やめろ、その発言は問題しか無いフラグだ」


「は? フラグ? 何を言っておるのだ?」


「すまん。こっちの話だ」


 俺はヒラヒラと手を振る。

 試験官が戸惑った様子で口を開いた。


「……あー……もういいか?」


「あっ、はい」


「では、始めるぞ」


 模擬戦だが、木刀とか竹刀みたいな安全な道具は使わない。使っても、槍が得意な者だと普通に骨折とかするからだ。刀剣の形でも突きなら同じ。だから剣道でも突きの使用には年齢制限がある。そもそも魔法使いとかに、どうやって木刀や竹刀的なものを用意するのかという問題がある。

 ともかく、試験官は正面から襲ってきた。走って近づき、剣を振ってくる。ちょうどゴブリンほどのスピードだ。動き方もゴブリンと似ている。人間がこれをやると、素人丸出しである。剣道選手のように構えて間合いを詰めるというのが人間だ。


「……」


 ひょいと避ける。

 空振りした試験官は、勢い余って転んだ――ように見せて、地面の土をつかみ、投げつけてきた。

 虚を突き、奇襲する。ときには命乞いしてみせ、背中から襲ってくる。実にゴブリンらしい動きだ。この試験官、演劇の才能がありそうだな。

 人間なら、わざと転んで見せることはまずないだろう。土を浴びせて隙を作るなら、足で蹴飛ばせばいい。ゴブリンがそれをしないのは、足の形が人間と同じようになっているからだ。靴を履いていないので、足で地面をえぐるのに向いていない。


「【ウインドブラスト】」


 魔王の声がした。

 飛んでくる土を避けるか防ぐか判断する刹那に、横から風魔法が飛んできて土を吹き飛ばした。


「【マルチプルマジック】【ストーンアロー】!」


 試験官の気合いとともに、周囲の土が玉になって全周囲から無数に飛んでくる。先に使った魔法は、次の魔法を複数化する魔法だ。それでストーンアローが複数になった。

 ゴブリンは群れるから、仲間を呼んだという想定か。確かに、複数の相手に囲まれて一斉に攻撃される感じに似ている。

 ならば、これは「複数のゴブリンから物理攻撃を仕掛けられた」という想定で対応しなければならない。土魔法の構造に干渉して術式を破壊してやれば、飛んでくる土の玉は空中分解するが、それではダメだ。


「大地の王冠」


 技の名を告げて、俺は地面を2回突き刺した。

 1回目と2回目では突き刺す深さを変えている。そして2回とも最も深くまで突き刺した瞬間に爆発を起こして地面に振動を与えた。振動は、重なると振幅が倍増する。異なる場所から異なるタイミングで発生した「ズレた2つの振動」は、ある距離まで進むと重なり合い、増幅される。


 ドンッ!


 周囲で地面が爆発し、飛んできていた土の玉をまとめて砕いた。

 爆発によって舞い上がる土が、一瞬だけ円筒形を形成する。ミルククラウンみたいなものだ。技の名前はそこから取った。


「おお……!? そんな事もできたのか。

 今のは魔法か? それとも剣術?」


 試験官が、思わず、といった様子で動きを止めて質問してきた。


「両方ですよ」


 隠すほどの技でもないので答えた。

 2度の爆発は魔法だが、突き刺す深さやタイミングの調節は剣術だ。

 どちらが狂っても、狙った距離に王冠ができない。

 2回の爆発を重ねて威力を増幅しつつ、全周囲攻撃ができるというのが強みだが、繰り出してからヒットするまでに時差があるため、同格以上の相手には通用しない。普通に避けられてしまうからだ。つまり格下にしか使えないネタ技である。


「すっげー! なに今のー!?」


 7~8歳ぐらいの子供がこっちへ走ってきた。


「子供!? どこから入ってきたんだ? 受付は何をして――」


 試験官が戸惑う。


「「ふんっ」」


 俺と魔王は、同時にその子供を攻撃した。

 子供が煙のように消えて、ナイフが1本、地面に落ちた。


「うほっ! アレを見破るか!」


 試験官が驚きと喜びの混じった声を上げた。


「なんで分かった?」


「気配が人間じゃない。魔力の質と量が人間じゃない。姿と声の位置がごくわずかにズレている。そもそも子供が地下訓練場に入り込めるほど、ここのスタッフは怠け者でも間抜けでもない」


「呼吸をしていない。体温がない。魂がない。そもそも、これは不意打ち対応そういうテストであろう?」


 俺達の答えに、試験官は肩をすくめた。


「完璧だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る