第27話 現金と信用
前回の依頼人から指名依頼を受けることになった。
その依頼人というのは公爵で、今いる街の――その周囲も含めて――領主である。
「端的に言えば、現金輸送依頼だ。
依頼書には単なる配達としか記入しないが、現金だと知らなくても何かしらの高価な物だろうと予想はつくだろう?」
公爵の説明によると、輸送チームは複数あり、俺達はその1つとして動くことになる。
他の冒険者、兵士の部隊、騎士団、俺達の4チームで実行らしい。
「これには3つの理由がある。
リスクを分散するためと、複数の町へ配達してもらう必要から手分けして効率よく運んでもらうためだ」
……ん? 2つなの?
まあ、どうでもいいか。依頼人がそのように手続きするなら、それに従うしかない。
◇
輸送は問題なく完了した。
そして後日、再び公爵邸に呼び出された。
「中抜きがあってね。
まあ、何かを輸送してもらうときは、必ず盗難被害にあうものだよ。こっちもそれを見越して多めに送るんだが――」
と、公爵が1枚の紙を差し出した。
目を通すと、それは出発時の金額と、到着時の金額を記した一覧だった。
金額に違いはあるが、みんな一部を失っている。冒険者チームは多めに失い、次いで兵士チーム、騎士団チームと続く。
地球でも、コンテナが発明されるまでは盗まれるのが当然だったという。両手で持てる程度の木箱に詰めて送るのだが、船から倉庫へ、倉庫から馬車へ、という積替えの際に、間違えないように木箱を開けて中身を確認する。このとき少しずつちょろまかされる。輸送業者は、積替えの際に紛失した、と言い張っていたらしい。つまり、落とした、と。コンテナの登場で、積替えの際にコンテナごと移動するようになったため、紛失するならコンテナごとでなければ説明がつかなくなり、窃盗被害は激減したらしい。
そして、この世界ではコンテナはまだ存在しない。それを開発しても、運ぶ手段が存在しないから当然だ。
「――君たちのチームだけだよ。金額が完全に一致しているのは」
まさに、俺達のチームは一切の損害を出していなかった。
なるほど、そういう事か。3つだと言っていた「理由」が2つしか無かったのは、リスク分散の意味が2つあったのだ。1つは盗賊や魔物に襲われるなどして届かないリスク。もう1つは、今まさに話している「運んでいる奴が盗む」というリスク。
輸送チームが1つだけだと、襲われて全部奪われたと報告すれば、運んでいる奴が盗んだのか本当に奪われたのか分からない。だが複数チームなら、自分たちだけ奪われたというのは情けない。次の機会を得られなくなると損なので……という心理が働き、被害を軽減できるというわけだ。
このとき公爵の護衛についていた騎士が、
「問題にならない程度の少額だけです」
と堂々と言い張った。一般に冒険者がもっとも劣悪で、騎士団がもっとも優秀だと示した上で、
だが、恥じるならともかく、堂々と……話にならない。俺と公爵が同時にクソデカため息をついた。
全く同じ反応に驚き、お互いに視線を交わすと「お先にどうぞ」という目を向けられた。まず俺が口を開く。
「金額の大小の問題ではない。『問題ない』と
それなのに、勝手に『問題ない』と判断してしまう。それでは、公爵様が窮地に陥ったとき、君たちは自分だけ助かれば『問題ない』と勝手に判断して逃亡するのではないか、と心配で信用ならない」
信用とは、過去の統計から予想される確度だ。
100回やって1度も失敗しなかった人なら、次も成功するだろうと思える。
だが99回失敗して、最後の1回だけ成功した人では、次も成功するとは思えない。
冒険者の成功率が70%、兵士の成功率が80%、騎士の成功率が90%と聞けば、なるほど騎士は信用できる。だが、俺たちが100%を出してしまった以上、90%では「もし残りの10%を引いてしまったら」という不安が拭えない。それは公爵にとって窮地になればなるほど、その不安が大きくなるものだ。最後のところで信じきれない。多い・少ないの問題ではない、というのは、そういう事だ。
日頃から訓練しているはずの騎士が、その訓練の意味である「信用」を理解していないとは、呆れるばかりだ。
「なん――」
「まさしく全くその通りだ」
怒りを浮かべて口を開きかけた騎士に、公爵がピシャリと言う。
「――だっ……!? とっ……!?
か、閣下! こんなどこの馬の骨とも分からない冒険者ごときを、先祖代々この公爵家に忠誠を捧げてきた我々よりも信用できると仰せですか!? いくらなんでもそれは――」
「そう言っている」
「はっ……!?」
「結果を見れば明らかだ。
仮にお前たちがこのあと
「ぐっ……!?」
騎士が返す言葉を失っている。
結果を出せ、と言われては、さもありん。すでに出ている結果を変えることもできない。
「紛失、ですか」
「ぐぬ……!?」
盗難ではなく? との意味を込めて――そこまでは口に出さないが――確認する俺に、騎士が歯ぎしりして睨みつけてきた。
――あくまでも責任を取れと? 貶めたいと?
騎士の顔に、そんな感情が現れている。公爵が「お前たちは信用ならん」と言ったことへの反感は、その他もろもろの不満と一緒に俺へ矛先が移った。
頃合いだ。公爵ならおそらく――
「問題ない程度の金額というのも事実だ。
そこまで掘り起こしては、私は領地軍を失ってしまうからね」
――ほらな。乗ってきた。
さっきまで「信用ならん」と言っていたのを忘れたように、騎士の言葉を持ってきて追認する。これで騎士はだいぶ「ほらみろ」と言わんばかりに俺を見た。
「必要経費だ、と」
「そういうことだね。
君たちを除けば、
公爵の言葉に溜飲を下げたか、騎士の顔から険がとれた。
ここらで終わりだ。騒ぎ立てても改善はできないようだし、俺達が無駄に恨まれるだけ損だ。公爵もいい感じに乗ってくれたし、締めに入ろう。
「それが人の上に立つ苦労というものでしょうか。
僕らのような冒険者ごときでは想像もできません」
「ふふふ……君も十分にうまく立ち回っているじゃあないか」
苦言を呈して機嫌を取る。必要なのは、騎士の怒りが公爵に向かないことと、公爵が騎士を認める言葉だった。
まあ、公爵が乗ってくれたから、うまく行っただけだ。
俺は黙って肩をすくめた。
翌日、冒険者ギルドで「達人」ランクに昇格だと告げられた。
「公爵様からの強い推薦があったそうですよ。
いったい何をしたらこんなに褒められるんです?」
受付嬢が興味津々の様子で聞いてきた。
「普通に仕事をしただけだが」
普通の基準が違っていた、ということだ。
「人間の感情というやつは面倒だな。
魔族なら、力が全てで簡単だが。
……なるほど、個体差が小さいからか。数を揃えたほうが、質を高めるより強いから、権力だの信用だの不満だのと面倒なパワーバランスが……」
魔王がぼそぼそと1人で納得し始めた。
ずっと黙っていたのは、社会見学みたいな気分だったのか。分からんすぎて何も言えなかったらしい。
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