第26話 依頼と評価
受付嬢がやらかしたお詫びとして、ギルドは俺達のランクを1つ上げた。
これによって俺達は「名人」ランクになった。
ゴブリン討伐の依頼は、受注手続きを取り消してもらい、依頼を選び直す。
「今からゴブリンを討伐しに行くのではないのか?」
「ああ。ケチがついたから、ゲン担ぎで仕切り直す」
死と隣り合わせの冒険者稼業では、ゲン担ぎは割と誰でもやる事だ。
それは「死にたくないから」というよりは、死んだときに「あの時こうしておけばよかった」とか後悔したくないからだ。
「なんだ、それは……。意味のないことを」
死んでも復活する魔王には分からない感覚かもな。
そういう俺も、死んで
今や魔王の10倍のステータスで、ゴブリンごときには眠っていてもダメージを受けないが、それでも気分の問題だ。
「で、どれを受ける?」
「そうさな……これなんか良いんじゃないか?」
せっかく「名人」ランクにしてもらったので、受注制限「名人」以上になっている依頼を選んでみた。
「デリミーブルの肉を納品?」
「美味いらしいぞ。
見たことも食べたこともないけど、父親が言うには美味いらしい」
デリミーブル。俺が生まれる前、父上が王城のパーティーで1度だけ食べたことがあるらしい。あれは美味かった、と何かの肉を食べるたびに聞かされたものだ。それを取ってこいという話なので、上位の貴族が見栄を張るために使うのだろう。
一方で、冒険者ギルドにある記録を読む限り、討伐するのは難しいようだ。突進攻撃で城壁が破壊された、などの記録がある。魔法が存在するこっちの世界では「城壁」といっても、ただの石壁ではない。魔法処理され、物理耐性・魔法耐性ともに高くなっている。
とはいえ、所詮は魔物だ。その王たる女がここに居て、俺はそいつに勝ったことがあり、今や10倍のステータス。何とかなる――どころか、なんとでもなるだろう。
「美味いのか」
魔王が目を輝かせてにっこり笑っている。
完全に食べる気だ。
◇
て事で、デリミーブルを求めてダンジョンにやってきた。
特定の魔物を狩猟したい場合、ダンジョンが最も効率的だ。ダンジョンでは特定の階層で特定の魔物が無限にスポーンする。繁殖ではなく「出現」なので、地上(野生)ではあり得ない高密度で存在しており、出会う確率が非常に高い。その分、地上よりも戦闘能力が要求されるが、俺達なら問題ない。
「オラァ!」
「無駄に気合が入ってるな」
俺が探知魔法で見つけ、魔王がパンチ1発で倒した。
デリミーブルは、頭が吹き飛んで即死である。
ちなみに、ダンジョンだからといって、死体が消えたりはしない。なのでダンジョンが近い町では、大量に魔物素材が流通している。
俺達は、依頼よりも多くデリミーブルを狩猟して、ダンジョンを後にした。
◇
「よし、食べてみよう。どうするのがいいのだ? 焼くのか?」
ダンジョンから出たとたんに、魔王が言う。
待ち切れないようだ。
ダンジョンから出るまで我慢したのを褒めるべきか? ダンジョン内は洞窟や屋内と同じで換気が悪いため、火を使うと酸欠で死ぬことになる。法律でも重罪に指定されているが、実際には処罰されることはない。当局の監視が行き届かないのもあるが、それより何より勝手に死ぬからだ。酸欠で、あるいは周囲の冒険者に見つかって袋叩きにされて。
「まずは場所を移動しよう。
ここで料理すると、たかられる」
周りを見ろ、とハンドサインを出す。
ダンジョンを出入りする冒険者たちが、何人かチラチラとこっちを見ている。魔王の美貌に目を引かれたか、あるいはテンション高いのを見て「何かお宝でも見つけたらしい」とか思ったのか……あまり目立つと、いい事はない。力ずくで奪おうとする輩の出現率が上がるだけだ。
「うむ……そうだな。では人目を避けるとしよう」
魔王が指を鳴らした。
景色が一変した。
◇
「魔王城じゃねーか!」
周囲を確認して、懐かしい光景に思わず声が出た。
「ここなら問題あるまい」
「ないけども」
さすがに魔王城なら「人目」はない。
魔物の目はあるが。
「……まずは解体しないと。
せっかくだから、いくつか作ってみるか」
色々と諦めて、俺は頭を切り替えた。
「解体だな。任せておけ」
魔王が手を振ると、デリミーブルの死体が空中に浮き上がり、たちまち解体された。血抜きもバッチリである。
「まずは腰肉をステーキにするか」
サーロインと呼ばれる部位だ。
まず、土魔法と火魔法を組み合わせ溶岩プレートを作る。これを火魔法で加熱し、厚切りにした腰肉を焼く。味付けはシンプルに塩のみ。適度な塩が雑味になり、脂の甘さが引き立つ。
「うまっ……!」
魔王が目を丸くしている。
俺も一口……なるほど、これはうまい。A5の和牛みたいな味わいだ。
「ランプ(もも肉の柔らかい所)をローストビーフにするか。
調理に時間がかかるから、その間にふくらはぎの煮込みも作っていこう」
ふくらはぎの肉質は硬めだが、長時間煮込むことでコラーゲンが溶け出してやわらかくなる。シチューやカレー、ポトフに適している。
ただ、今の状態ではカレーを作れるほどスパイスがないので、シチューかポトフだな。ちなみに、どっちも煮込み料理だが、シチューは「スープ」がメインで、ポトフは「具材」がメインである。なので具材が全部とけてしまうまで煮込むと、シチューはそれでもシチューと呼べるが、ポトフはポトフでなくなる。カレーとおでんみたいなものだ。
「肩ロースは、薄切りにして――」
腰肉と比べて筋がある。厚切りで食べるには、ちょっと歯ごたえが強い。
しゃぶしゃぶにしたいが、昆布がない。市場でも見かけなかったし、商人たちも昆布を知らない様子だったので、港町で聞き込みしないと見つからないだろう。もしかすると食用に使われておらず、捨てられているかもしれない。
すき焼きにも適しているが、醤油がない。魚醤もない。というか発酵食品そのものが無い。地球でもヨーロッパでは醤油の製造が19世紀まで成功しなかった。湿度が低くて麹が知られていなかったためらしい。この国でも湿度は低い。そういう事だろう。
「――焼き肉にするか」
網で焼く感じで。
タレをいくつか用意しよう。前述の通り醤油はないので、オイルや柑橘類の果汁をベースにしてみよう。
「主よ、赤ワインあたりが欲しくならないか?」
「そうだな。今度買うか」
今回のダンジョンアタックで、デリミーブル以外の魔物素材もたくさん手に入ったので、売り払えばかなりの金額になるだろう。
これで資金難も一気に解決だ。
◇
て事で、冒険者ギルドへ。
納品を済ませ、報酬を受け取った。ついでに魔物素材を売り払って儲けようとしたが、時間がかかるから精算は明日になると言われた。まあ、ちょっと売りに出した量が多かったからな……。え? ちょっとじゃない? ま、まあ、そこは、ほら、ね?
ジト目の職員から逃げるように冒険者ギルドを出て、いくつか酒を買い集め、収納魔法に入れておく。
そして翌日、再び冒険者ギルドを訪れた。
「公爵様から呼び出しがかかっています」
魔物素材の代金を受け取るついでに、そんな情報まで受け取った。
実家が男爵なのもあって、パワーバランス的に拒否できないので、公爵の屋敷へ向かうことにする。両親に迷惑がかかるのは、本意ではない。冒険者は貴族からの呼び出しを拒否しても許されるが、それは「法律上はそう」というだけのことだ。ムカついた貴族が嫌がらせを仕掛けてくる可能性はある。
◇
公爵の屋敷は、街の北端にあった。超でかい。門から玄関まで移動するのに「こちらの馬車へお乗りください」と言われるほどだ。
玄関を入って、階段を上がり、2階にある一室へ通された。窓から庭が見える。その向こうに、入ってきた門があった。門の向こうに町が広がっている。こうして見下ろしていると、街全体が屋敷の庭みたいだ。
「やあ、待たせたね」
しばらくして、公爵が部屋に入ってきた。
「私が今回、君たちにデリミーブルの肉を注文した依頼人だ。
十分な量の納品、感謝するよ。
実は、自前で用意しようと領地軍を動かしたんだがね、潰走する羽目になったよ。本体の動きは遅いのに、分身による猛烈な突進攻撃が脅威でね。しかも分身の数が1つだけではないとあって、とてものことに本体まで手が届かなかったんだ。
いやはや、いったいどうやってあのデリミーブルを倒したのか……おっと、今のは質問ではないからね。答えなくていいよ。冒険者に手の内を聞くのはご法度だという事ぐらいは知っているさ。君たちに嫌われてデリミーブルが手に入らなくなるのは困るからね」
はっはっは、と笑う公爵。
よく喋る人だ。公爵といったら、もっと重々しくて厳つい感じだと思っていたが、この公爵は「何それ、おいしいの?」と言わんばかりである。
……てか、デリミーブルって分身攻撃するのか。そんなの繰り出す前に一撃で殺していたから全く知らなかった。
「何より素晴らしいのは仕事の丁寧さだ。
てっきり、凍って味が落ちていたり、あるいは電撃で焼けたり、切ったり刺したりして傷だらけ……そんな肉が納品されて、それと分からないように切り分けるのに苦労する羽目になると思っていたんだが。
攻撃を頭にだけ集中したんだね? 首から下には全く傷がなかった。おかげで非常に使いやすく、希少部位も取れた。完璧だよ。完璧な仕事ぶりだ」
称賛が止まらない。
俺達がうんざりするまで褒めちぎられた。
いいかげん疲れてきた頃になって、ようやく本題が始まる。
「それで君たちに指名依頼を出そうと思うんだ」
出すだけなら冒険者ギルドで手続きすればよかろうに。
わざわざ呼び出して告げるということは、「受けない」という冒険者としての自由を封じてきたか。
「指名依頼なら、冒険者ギルドで手続きをしていただければ、こちらの都合がつく時に引き受けますので」
引き受けるタイミングの決定権だけ、こっちに取っておく。
「うむ。では手続きしておくよ。
よろしく頼む」
そういう事になって、俺達は公爵の屋敷を後にした。
魔王は何やら思案顔で、日が暮れるまで黙っていた。
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