第28話 公正と信用

 またしても公爵邸である。

 最近よく来る。公爵が暇なわけがあるまいに、ちょくちょくお茶だの食事だのと誘われて、雑談して帰る感じだ。やってることが完全に友達である。


「なんでこんなに呼ばれるんだか」


「あれは主を教育しておるのだ」


 ぼそっとつぶやくと、魔王が意外なことを言った。


「教育?」


「雑談のように話しているが、上流階級の近況だぞ?

 平民生活の冒険者には、本来、知る由もない」


「……たしかに。

 じゃあ、このあと何か依頼するための下準備か」


「であろうな。

 はてさて、いったい何を言い出すつもりか……」



 ◇



「公爵は王位を狙っている」


「はい?」


「そんな噂が流れつつあるようでね」


「はあ……?」


「しかも事実なのだよ」


「えっ? 狙ってるんですか?」


「うん、そうだよ」


 軽い……! 王位簒奪、国家転覆――これはそういう話だ。日本の国会で政権交代とは次元が違う。天皇家が別の家に交代するレベルの話である。もっとも公爵というのは王家の分家なので、親戚筋ではあるのだが。でも天皇が直径の子孫じゃなくて分家の人に移るといったら、日本中がひっくり返るような大ニュースになるだろう。

 そんな話をしているのに、「うん、そうだよ」って……軽い!


「で、まあ、そのために君たちにも仕事を頼もうと思っていてね。

 魔王軍四天王のアーマーマスターを封印した祠があるから、そこへ行って封印を解いてきてほしいんだ」


「封印? アーマーマスターは封印されているのですか?」


 求めていた情報が、向こうからやってきた。

 アーマーマスターを取り戻し、そこから身勝手国王と身勝手王子への復讐につなげる計画なのだ。その「つなげる」のに多数の段階を踏まなくてはならない予定だった。

 だが公爵が王位簒奪のためにアーマーマスターを使おうというのなら、大幅に短縮して前倒しできる。この話には乗るしかない。ただし、それと悟られずに。


「そうだよ。

 15年前、異世界の勇者が暗殺されたとき、装備していた鎧がアーマーマスターだったんだ。勇者が持っていた刀を拾って、『助かったぞ、愚かな人間ども』と言葉を残して逃げ去った。記録によるとその刀も、四天王ソードマスターの装備品だったものを勇者が鹵獲したらしい。

 刀はともかく、だから、勇者はアーマーマスターを装備する形で封じ込めていたんじゃないか、という説が有力だね。パーティーを率いていたはずの王子は何も知らないようだし」


 そりゃあ、はるか後ろの安全圏で立体映像を送って指示するだけだったからな。同時にこっちの光景もテレビ中継みたいに見ていたはずだが、四天王レベルの戦いを素人の目で追えるはずもない。


「その後、討伐隊が送られたんだが、討伐はできず、封印したそうだ」


 アーマーマスターというだけあって防御力は高いからな。さもありなん。

 そうか、封印されているのか。


「アーマーマスターについては分かりましたが、閣下が王位を狙うのは、どういったわけで?」


「信用できんだろう? 異世界よそから召喚ゆうかいした人を勇者に仕立てて魔王軍と命がけの戦いに送り込み、功績を上げて帰ってきたら暗殺するような国王だぞ?

 我々貴族がいくら忠誠を尽くして功績を上げても、いつ勇者の二の舞いになるか分からん。そんな奴を王にしておくわけにはいかない」


 魔王が「そうだそうだ」と言わんばかりに何度もうなずいている。

 だが俺(が学ぶ)の(を)邪魔してはいけないと思っているのか、黙っている。


「論功行賞は公正にしなければ、ということですか」


 前世の俺が受けるべきだった称賛を受けさせ、国王と王子に本来受けるべき非難を受けさせる――歪められた結果を正しい状態に戻す。まさに不正を公正に直すということだ。


「せめて、この国に自浄作用があるのだと示さねば、暗殺された異世界の勇者も浮かばれまい。我々とて立つ瀬がない。異世界の勇者への同情とともに、明日は我が身という恐怖によって。

 味をしめたのか知らんが、討伐隊の功績も、討伐隊は王子が率いたという事にされて、王子の功績になっているからな。王子の動向を把握できる上級貴族は、みんな王子が実際には王城に居たままだったと知っている。今のあ奴らは、まったく信用できん」


 味をしめた――名声がほしい――か、あるいは「魔王関連のことは勇者でなければ対処できない」というイメージを作って、勇者の特別感を演出し、それを有する我が国は……と他国に対して優位に立つアピールするためか。


「『じゃあ、どうぞやってください』と言われたときに、どうするつもりなのか。

 アーマーマスターの封印を解くことで、そこを突破口に国王の不正を糾弾する」


「分かりました。この件に関して、閣下が公正である限り、閣下への協力は惜しみません」


 そこは俺にとって「超えてはならない一線」だ。

 あのクソどもと同じ穴のムジナにはならない。少なくとも世間的には。

 争いは同じレベルの者同士でなければ起きないというが、俺の復讐は「争い」ではない。「制裁」だ。過不足なく、公明正大に「裁く」形をとらなくてはならない。復讐のために悪に堕ちるつもりはない。あくまで正義の鉄槌を下すのだ。


「それで、アーマーマスターは解放するだけでいいのですか? 何か、その後のために特定の動きをしてほしいとかは?」


「そこまでは望めまい?

 解放したアーマーマスターは、こちらで討伐する予定なのだからな」


 討伐する予定――何らかの方法があるのだろう。通用するかは分からないが。

 封印は不完全だった、ということにするわけだ。アーマーマスターは勝手に封印から逃げ出した、と。かつて国王の指示で派遣された討伐隊も偽勇者にもできなかった討伐に、公爵の部隊が成功したなら、国王サゲ、王子サゲ、公爵アゲの世論が高まるだろう。

 アーマーマスターとしては、敗者復活戦の権利を得るわけだが、それを感謝することはないだろう。思い上がった人間どもを今度こそ……と血気盛んに動き出すのが目に浮かぶ。ただし、アーマーマスターは前世の俺が「悩殺」状態にしていたので、それが今も続いていたら話が通じる可能性がある。そうでなければ魔王の出番だ。あるいはもう一度戦って、今度こそ屈服させるか。


「さて? 存外、対話が可能かもしれませんよ。こちらの頼みを聞いてくれるかは、あちらの都合にもよるでしょうけど。

 魔王軍と比べては失礼かもしれませんが、閣下のことも、これほど対話が可能だとは思っていませんでしたから」


「たしかに公爵らしくないだの、落ち着きがないだのと言われることはあるな。はっはっはっ!

 では、もし可能なら、例の『助かったぞ、愚かな人間ども』というセリフの、その詳しい話を大々的にしてほしいところだな」


「国王への批判材料は多い方が良い、ということですね。やってみます」



 ◇



 て事で、祠にやってきた。

 アーマーマスターが美術館の展示品みたいに鎮座している。


「よう。元気か?」


「おお……! 我が主よ! まさか生きて再びお会いできるとは! このアーマーマスター、感動のあまり涙で前が見えませんぞ!」


 動けないようだが、話せるらしい。中身のない鎧のくせに……涙腺も眼球もないんだから、涙なんか出ないだろ。もし涙が出たところで前を見るのに支障はないはずだ。そもそも、どうやって前を見ているのか。

 とにかく「悩殺」状態は続いているようだ。


「転生して姿が変わったのに、俺が分かるのか」


「その魂の色は間違えようがございません。

 それに、魔王様もご一緒とは驚きました。いったいどのような奇縁によるものでしよう?」


 魂の色か。それがどういう感覚なのか分からないが、魂を見ているなら外見を変えているだけの魔王も、正体を見破ることに不思議はない。


「賭けて戦って、私が負けたというだけのことだ。

 今やブラオは私の主でもある」


 なんでもない事のように魔王が言う。


「左様で。なんとも感慨深い気持ちがいたします」


 魔王の言葉はあまり説明になっていなかったように思うが、アーマーマスターはそれで納得したのか、それ以上は聞かなかった。


「じゃあ、サクッと封印を解くか」


 数百の重なり合った封印を、快刀乱麻の一撃で断ち切る。

 アーマーマスターの封印は、ガムテープやサランラップでグルグル巻きにしたような状態だった。1つ1つの封印は弱いが、数百も重なれば身動きできない。


「ようやく自由になりました。

 何やら肩が凝ったような気持ちがいたしますな。凝る肩ないんですけども」


 筋肉どころか骨も内蔵もなんにもないリビングアーマーだからな。肩こりとも無縁だ。何時間も正座したって足がしびれる事もない。事務作業に強いかもしれないな。眼精疲労とか腰痛とかも無いのだから。


「冗談はそのぐらいにしておけ。

 アーマーマスター。我らの主の、名誉を回復し、仇を討つ時が来た」


 魔王が言う。


「ほう……?」


 ギラリ、と無いはずの目が光った。

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