第38話 パチモン始まる

 中継都市「リレー」で最大の奴隷商人「アンタモスキネエ商会」のスキーモ・ノデスネ会長は、決算予想の書類を机の上に置き、腕を組んで睨みつけていた。

 上半期、黒字確定するも直前の決算予想を大幅に下回る。

 下半期、赤字予想。


「どういう事だ?」


 書類から視線を外さず、会長は言う。

 机を挟んで会長の前に立つ男は、薄くなった頭ににじみ出る汗を拭いながら口を開いた。


「そこに書かれてあります通り、3年前に着任した例の英雄領主が、この業界の新興勢力になっております」


「奴隷に訓練を施し、売るのではなく貸し出すというスタイルだったか」


「はい」


「あれがそんなに好評なのか?」


「使い潰すのと大差ない値段で、やる気に溢れ能力の高い奴隷を雇えるとあって、大変に好評を博している模様です」


「そんなにか」


「そんなにです」


 会長は考え込んだ。

 そして、1分ほどすると書類から視線を外し、前に立つ男に視線を向けた。


「真似するぞ。

 ただし、うちはうちのやり方でな」


「かしこまりました」


 アンタモスキネエ商会は、性奴隷を専門に扱う。

 そこで、様々なプレイに特化した奴隷を育てることにした。

 娼婦は人類最古の職業ともいわれ、いかなる王朝よりも古くから絶え間なく存続してきた。つまりは、それだけ需要があるということ。実際、ビデオデッキが普及したのもエロの効果だし、VRも同じだ。プラットフォームごとに異なるが、一般向けのVRゲームだと大手の所でも1500タイトルとか1800タイトル。一方、エロだと8000タイトルを超える。

 そんな分野で「一流のテクニックを体験しませんか」「特殊なニーズにも応えます」と言い出したのだから、売れないわけがない。



 ◇



 堅実な運営で知られる「ヘルプケア商会」でも、同じ問題が起きていた。

 こちらはこちらで、別の対策を取っていた。

 具体的には、1人レンタルしてみたのだ。すると、その能力の高さに驚いた。


「奴隷がこんなに使えるとは、な……」


 奴隷といったら、死んだような目をして、やる気のない連中だというのが今までのイメージだった。生きること自体に無気力で、褒美を与えるよりも罰を与えるほうが効果的に動く。それは夢も希望もない人生に諦めきっていて、ただ痛いことや苦しいことを嫌がるだけの行動原理だ。


「いったい何をすればこんなにやる気のある奴隷になるのだ?」


 会長は、レンタルした奴隷に直接聞いてみることにした。

 企業秘密だと言われるだろうと予想して、ダメ元で聞いてみたのだが、返ってきた答えは違った。


「5年ほど働いたら、奴隷から解放される約束になっています。

 そのことは最初から宣言されて、3年間の訓練も受けました」


「そ、そうなのか……まさか教えてくれるとは。

 で、どんな訓練を?」


「読み書き計算、歴史、世の中の仕組み、生き物の分類法や特徴、いくつかの競技や体操、戦闘術、音楽、道徳、簡単な裁縫、料理、掃除、洗濯、野営……思い出せるのは、そのぐらいです。

 基本的には、読み書き計算を。それ以外は『上達しなくてもいいし、細かいことは忘れても構わないから、世の中にはそういうものもあるのだと知っておけ』というご命令で、体験程度にやらせていただきました」


「なんと……それほど広範囲に学んだのか。

 しかも上達しなくていい? 忘れる前提で? 意味がわからないな。

 というか、それほどの情報を話しても良かったのか?」


「はい。『聞かれたら包み隠さず答えるように』とも命令されています」


 同時に「聞かれなければ自分からは言うな」とも命令されているのだが、それは黙っておいた。

 なぜなら、ひけらかす事になるからだ。それが良い印象を与えないことを、英雄領主はよく知っていた。

 だから、明かされた情報だけで考えると――


「……意味がわからない」


 という答えになるのだ。

 企業秘密になるはずの部分が、まったく隠されていない。それでは競合他社が真似し放題だ。それでも利益を出せるということか?

 と、そこまで考えて、会長は気付いた。


「……そうか。領主だからか」


 領主は税を集める権利をもつ。

 そして商人に対する税は、利益から一定割合をという内容だ。

 つまり奴隷がよく売れて利益が増えれば、税収がアップする。英雄領主は自分のところで小規模に実験して、それがうまく行けば情報公開して同業他社に儲けさせる算段なのだ。


「商品開発を請け負ってくれるとは、素晴らしい領主様だ」


 会長はそのように理解した。

 英雄領主にそのつもりがあるか無いかは問題ではない。

 なぜなら、それは確かに事実だからだ。そういう側面があることを否定できない。



 ◇



 出る杭は打たれる。

 ただし打たれる角度は様々だ。たとえば「応援」。あるいは「反発」。

 カーライ商会の会長コッス・カーライは「反発」する側だった。


「クソが! 今度の領主が変な奴隷商売なんぞ始めやがったせいで、俺様の商売があがったりだぜ!」


「どうしやす? 潰そうにも、もう他の商会が真似し始めてやすが……」


「だなぁ。

 となりゃ、こっちも真似するか、それとも安売りするか……」


「真似するにも、物を教える役が必要ですが」


「そこだよ。クソ。

 実質、安売りしか手がねぇ」


「儲けが減りますね……」


「量を売るしかねぇわな。

 となりゃ、どうやって仕入れるかだが……」


「へぇ……儲けが減るんじゃ、仕入れるにも金がかかりやすんで……」


「金がかからねぇ仕入れをするしかないだろうぜ」


「ひ、人さらいっすか……」


「覚悟を決めろ。もうアングラな商売するしか、生き残る道がねぇ」


 暗躍を始めるカーライ商会。

 しかし、そんな動きをする輩が現れるだろう事はすでに予想されていて、英雄領主はそこを対策済みだった。

 英雄領主は探知魔法を領地全体に展開していて、誘拐事件が起きた瞬間、すぐさま探知。領地軍が転移魔法で送り込まれ、秒で逮捕されるのだが。それはもう少し後の話だ。

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