第39話 パチモン大好評

 1ヶ月後。

 アンタモスキネエ商会の会長スキーモ・ノデスネは、月次決算の書類を見てニヤニヤしていた。

 前に立つ男も、今日は薄い頭に汗を浮かべていない。


「まさにV字回復だな」


「おめでとうございます」


「それどころか、以前にも増して利益が出ている」


「おめでとうございます」


「訓練した奴隷に、これほどの価値が出るとはな」


「おめでとうございます」


「やる気があるのも大きい。5年後の解放か……これだけ利益が出るなら、訓練にかかる費用も十分に回収できる」


「おめでとうございます」


「それしか言えんのか」


「おめでとうございます」


「……まあいい。確かにめでたい状況だ」


「おめでとうございます」



 ◇



 ヘルプケア商会でも、大きく利益は伸びていた。

 こちらは現金を前にニヤニヤしている。一代で大商会を築いた会長は、書類より現物で実感する超現場主義だった。


「いやぁ……ちょっと訓練しただけで、これほどか」


 無意味だと思った大半の教育を省いて、読み書き計算だけ教えた奴隷が、飛ぶように売れる。

 この国の言語が英語みたいに「1種類の文字」「文字数も少なめ」という言語体系であるために、読み書きの教育は1ヶ月ほどで終わるのだ。会話はできるので、読み書きさえ覚えたらあとは平仮名を書く要領である。

 計算も、四則演算まで教えない。足し算と引き算だけだ。それだけで、かなりの利益になった。


「しかし、やっぱり領主様の所ほどではないな」


 そして会長は、再びレンタル奴隷に話を聞くことにした。


「どう思う?」


「無駄だと思われている分野でも、多少は知っているということが、大きな違いになるかと。

 たとえば料理をするのでも、包丁の使い方を知らない者では、まともに使えるようになるまで数ヶ月かかります。とりわけ根菜類の皮むきなどは顕著で……ああ、そうですね。この『根菜類』という言葉でも、通じるかどうかは教育によります」


「なる……ほど……」


「火の加減にしても、素人では『強火にすれば早く火が通る』などという勘違いをしがちです。ご存知かもしれませんが、強火と弱火では使い方……目的が全く別です。焼いたり炒めたりする場合は強火ですが、煮込むには弱火で、これを逆にすると焦げたり生焼けになったりして食べられなくなります」


「うーむ……」


「私もさして上手ではありません。

 しかし、最低限のことを教える手間が省けるというのは、奴隷を監督する方々にとっては即戦力。高く評価されるのは、そのあたりかと」


「ならば長く使えば価値は薄れる……最大1年というレンタル期間も、絶えず価値の高さを印象付ける狙いというわけか」


 会長はそのように理解した。

 英雄領主にそんなつもりがあるのか無いのか。それは関係ない。なぜなら、それは確かに事実だからだ。そういう側面があるのは否定できない。



 ◇



 カーライ商会の会長コッス・カーライは、処刑場にいた。

 人さらいがバレて、逮捕されたのだ。


「目には目を、歯には歯を。それが王国法だ。

 コッス・カーライ。汝は善良なる市民を誘拐し、奴隷に落とそうとした。

 汝の罪は2つだ。

 1つは『誘拐されかけた人から、本来の人生を奪いかけた』こと。

 もう1つは『誘拐被害者の親兄弟から、家族を奪おうとした』こと。

 これが既遂罪であった場合、汝は自身が奴隷に落とされ、家族が処刑される。

 だが未遂であったため、罪一等を減じ、汝は投獄、家族は奴隷とする」


「裁判長。この者には家族がおりません」


「であるか。

 ならば家族を奴隷とすることは不可能であるゆえ、その処分は汝自身が受けることになる。投獄と奴隷とは刑罰の性質上、両立できない。よって投獄が終わり次第、奴隷とする」


「終わった……」


 犯罪奴隷は、奴隷身分から解放される手段がない。

 コッス・カーライは人生終了のお知らせを受け取ることになった。

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