第32話 即位と降嫁

 公爵が王位についた。

 教皇とか法皇とかみたいな人――こっちの世界では教主と呼ばれる――を呼んで、公爵が王冠をかぶせてもらう。戴冠式だ。

 俺も、そこに参列していた。警備隊の主任として。

 ――時間は少し巻き戻る。

 俺は公爵の屋敷に呼ばれていた。


「君に、近衛騎士団の団長を任せたい」


「俺が、ですか? しかも入団だけでなく、いきなり団長に?」


「『超人』ランクの戦力は他にいない。

 しかも私が最も信頼する相手だ。誰がこれほどの成果を出せる? 君がいなければ、アーマーマスターに負けて殺されるところだった。

 君がいたからこそ、アーマーマスターに負けたフリをしてもらえたのだ」


「事実負けたのだがな」


 アーマーマスターが言う。


「手も足も出ず、一方的に削られた。

 あのまま続けても、ジリ貧だった。

 さすがは我が主。完敗だった」


 ステータスが魔王の10倍だからな。

 四天王のアーマーマスターでは話にならない。単純な防御力なら、アーマーマスターより俺のほうが上だ。でも公爵がアーマーマスター討伐のために用意していた弱体化魔法は、俺に有効だ。呪詛のほうは耐性があるけど。アーマーマスターには、そのあたりをカバーしてもらっている。


「……であれば、ますます信用できる。

 ぜひ近衛騎士団団長になってもらいたい。この通りだ」


 頭を下げられた。

 日本人にはさしたる意味を持たない日常動作だが、こっちの世界で公爵がやる意味は重い。


「分かりました。お引き受けします」


 そういう事になった。


「さて、そうなると必要な手続きがある」


 公爵が2枚の紙を差し出した。


「近衛騎士団の団長が平民のままでは、国家として体裁が悪い。他国から侮られるのだ。

 なので君には今回の働きに対する報酬として爵位を授ける。とりあえず伯爵だな。国境警備を任せるのが辺境伯だから、魔王軍関連を任せる魔王伯といったところか。

 そして、誰が見ても『最も信頼する相手だ』と分かるように、私の娘を嫁にもらってほしい」


 差し出された紙は、伯爵に任命する内容のものと、婚姻届だった。


「娘様は承知しているのですか?」


「もちろんだ。政略結婚など貴族には当たり前のことだからな。

 恋をして結婚するのではない。結婚してから愛を育むのだ。それが貴族というものだよ」


 恋は落ちるもの。愛は育むもの。

 どこかで聞いた言葉だ。恋愛結婚でなくとも、愛を育むことができるなら、それは幸福なのだろう。


「なるほど。

 承知していらっしゃるなら構いません」


 爵位の序列からいっても、断れる話ではない。

 このあたりが冒険者と違うところだ。


「よろしい。

 では君の家は、君と娘の間に子供ができ次第、私の分家ということになる。そのときには公爵になるから、そのつもりで居てくれ」


「飛び級にも程がありますね」


「まあまあ……ここまですれば、団長就任に文句をいう者もおるまい。

 君には十全にその辣腕を振るってもらいたいからな」


「その地位を務めるには足りない所ばかりですが、精進します」


 こうして俺は、新王の最大の懐刀として新たな王国に根差すことになった。

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