第36話 レンタル屋を始める

 3年後。

 第1期生の教育が終わり、いよいよレンタル開始の準備ができた。

 となると、次に問題なのが「客寄せ」だ。SNSもマスメディアもないので、宣伝方法はとてもクラシックなものになる。印刷技術もないのでビラを撒くわけにもいかず、消去法で選んだのが「コネ」と「口コミ」だ。

 要するに、嫁に社交界で宣伝してもらう。俺はそっち方面がさっぱりなので、うまく立ち回れない。現在勉強中である。嫁は元公爵令嬢にして今や新王の娘(王女)なのだから、受けてきた教育、経験してきた場数、立場、発言力、影響力……どれをとっても一級品だ。俺は邪魔にならないように大人しくしているのが仕事。


「奥様に勧められまして、ひとまず試してみようという事になりました」


 侯爵の使いがやってきて、顧客1号になった。


「それはどうもありがとうございます。

 うちで扱う奴隷は、3年間の教育を経て、読み書き計算、運動、道徳、音楽など、一通りのことは経験させております。最低でも『一応できる』程度の能力があり、かなり扱いやすいかと存じます」


「馬でいうと、調教済みだが訓練はこれから、という事ですな」


「まさしく。

 そう、まさしく『これ』なのです。この理解の早さ。これを……もちろん侯爵様に比べれば足元にも及びませんが、ある程度、こちらの奴隷には期待できる。

 これが最大のセールスポイントなのです」


「なるほど、なるほど。

 『どういう事か』と何度も言葉を変えながら説明する手間は省けると」


 相手は侯爵、俺は伯爵、しかし俺の嫁は王女で、俺も将来は公爵を確約されている。ので、かなり微妙なパワーバランスだ。「あなたのほうが上ですよ」「いえいえ、そんな事は……」と敬語の応酬になる。


「実際にご覧いただきましょう」


 と、第2の俺が現れた。


「失礼いたします。

 いかがですか? 


「は……?」


 2人目の俺が言ったことを、侯爵は理解できない様子でフリーズしていた。


「今まで侯爵閣下のお相手を務めておりました、そこの『私』は背格好が似た奴隷を仮装させたものです。影武者として育てたのではなく……この意味がお分かりですね?」


「……なんと。これほどの教育を施したのか」


 侯爵は俺と「俺のフリをしている奴隷」とを見比べて、うなった。


「買おう。

 予定では、お試しで1人だけ買ってみるつもりだったが、これほどであれば買えるだけ買いたい」


「かしこまりました。

 ですが、うちの奴隷はすべてレンタルになっております。貸出期間はお客様のご都合によって応相談とさせていただいておりますが、最低限のルールとして『最大でも1年』というのは守っていただきます。

 もちろん、1年後に再度同じ奴隷をレンタルするとか、別の奴隷を交代要員としてレンタルするというのは可能です。ただ、うちでは5年を目処に奴隷を解放していく予定ですので、5年後には『同じ奴隷を再契約』は不可能になります。そのとき、解放後の働き口として雇ってくださるというのであれば、これ以上の喜びはございません」


「1年契約で、5年後には解放と……? それは、どういうわけで?」


「軍隊では、兵士の士気の高さが結果に大きく影響する。

 ……と申し上げれば、閣下には御理解いただけるかと」


「なるほど。奴隷も同じ、ということか」


「御意。奴隷の士気を高めるための方策です」


「5年後には解放される、という希望をもって意欲的に働くわけか。

 なるほど、よく考えられている」


「加えて、どんな過酷な労働環境でも1年後には必ず終わるのだということも希望になります。

 逆に、継続的に雇われたいと思うような環境であれば、5年後、解放された後の職場として雇っていただけるように、労を惜しまず働くでしょう」


「素晴らしい。

 それで、何人まで貸し出してくれるのだ?」


「ありがとうございます。

 今貸出可能な奴隷は全部で30人おります」


「すべて借りよう」


「ありがとうございます。

 そうしますと、お値段がこのぐらいで……」


「これほど安く!?」


「買い取りではなく貸し出しでございますので」


「ますます素晴らしいな」


「では、人数も多いことですし、お手続きに入りましょう」


 こうして、第1号の客はいっぺんに大口顧客になった。

 そして1ヶ月もすると、侯爵から口コミが広がり、客が殺到するようになった。

 今、訓練所には2000人の奴隷がいる。訓練を終えたのは700人ほどだ。

 2ヶ月が過ぎると、650人以上が貸出中になった。

 極めて順調な滑り出しである。

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