第30話 偽物勇者と本物勇者

「では、進軍開始だ」


 アーマーマスターが宣言すると、停止していた魔物たちが前進し始めた。

 王都を守る防壁までの距離およそ100メートル。


「絶対にここを通すな!」


 防壁の上へ駆けつけた防衛隊の指揮官が、ただちに迎撃開始を命令する。

 無数の魔法や矢が飛び、魔物を吹き飛ばし、凍らせ、焼き払い、射抜き、ボーリングのピンもかくやという勢いで次々に倒していった。

 だが、10本しかないピンと違って、魔物の数は膨大だ。倒しても倒しても、次から次へと押し寄せてくる。まるで洪水のように。

 魔物が防壁に到達する。そして跳躍したり飛行したりして防壁の上へ。あるいは魔法処理された頑丈な防壁すらも砕いて通ろうとする。


「ぐわーっ!」


 防衛隊に被害が出始めた。防壁の上で戦うというのは「外から」「下から」敵が来ることを想定している。なのに魔物は「上から」来た。狭い防壁の上では逃げる場所がない。

 防衛隊は必死に応戦する。だが、距離がなければ爆発するような魔法は使えない。自分や味方を巻き込んでしまう。


「ああっ! 魔物が町の中に……!」


 空を飛んで防衛隊の頭上を素通りする魔物。

 防壁を砕いて侵入する魔物。

 かなりまで倒し、防いでいるといっても、完全ではない。一部は通過する。

 そして通過した魔物は、防衛隊など無視して町の奥へと進んでいった。



 ◇



 窓から見える無数の魔法の光。

 戦況を見守る王城は、静まり返っていた。

 命令は出した。今は待つしかないのだ。

 そこへ、伝令兵がやってきた。


「防壁を突破した魔物が、町に入り込みました!

 魔物はまっすぐこちらへ向かっています!」


 と、そこへもう1人の男が入ってきた。

 冒険者ギルド王都支部の支部長だ。


「営業に参りました。

 うちの『商品』をお求めではございませんか?」


 身勝手国王は「参戦せよ。これは命令だ」と言いたかった。だが、冒険者ギルドはそういう命令には応じないことを知っていた。「買わないなら帰ります」と本当に帰ってしまうだろう。

 冒険者は自由だ。法的な言い方をすれば「国籍を持たない」連中だ。ゆえに納税しないし、国民として保護されない。外国人観光客みたいな状態なのだ。国王といえども命令できない存在――それが冒険者だ。


「……買おう。売れるだけ売ってくれ」


「まいどあり。

 それでは早速『商品』の手配に参ります」


 と一礼した支部長は、顔を上げて、首を傾げた。


「おや? そちらの王子殿下は、勇者様ではありませんか?

 それでは王城の守りは万全ですね。

 冒険者の多くは王族や貴族の方々と違って、まともな礼節を知りませんので、こちらへ派遣しなくて済むのは我々冒険者ギルドとしても助かります。

 我々冒険者ギルドは、王城以外の守りに徹することにいたしましょう」


 言うだけ言って、支部長は出ていった。

 王城は冒険者ギルドに見捨てられた。

 この場に居た者たちは、支部長を呼び止めて「王城を守れ」と言いたかった。だが「勇者がいれば大丈夫」とは王宮がそのように喧伝してきた事だ。「嘘でした」とは言えない。

 支部長が立ち去ったあと、今度は窓をぶち破って飛び込んでくるものがあった。


「ま……魔物!?」


「むむっ!? その声は、先程の偽物勇者だな! 魔王様、見つけました!」


 鳥と獣を足したような姿の怪物が、その鳥の頭で叫ぶ。体の表面には鱗がびっしり。まるでドラゴンの亜種だ。しかし目はがらんどう。開いた口の中にも、何も無い。あるべき舌が。肉が。空っぽだ。ドラゴンの亜種ではない。リビングアーマーの変異種だ。

 直後、空間が歪み、アーマーマスターが現れた。


「でかした」


 アーマーマスターが一言。

 鳥と獣を足したような魔物は、「ははっ」と短く答えて、アーマーマスターの邪魔にならないように控えた。

 その場に居た全員が、いきなり現れたアーマーマスターに恐れおののいた。


「勇者様! 今こそ我らをお守り下さい!」


 公爵が叫ぶ。

 実のところ、公爵だけは冷静だった。アーマーマスターとは話がついた、と最も信頼する冒険者から報告があったからだ。しかも、それを証明するように事前に面会して計画を話し合う場まで設けることができた。

 アーマーマスターは転移魔法が使えず、今回の登場が実は魔王による協力えんしゅつだということまでは知らないが。

 一方、他の貴族たちは、そこまで冷静では居られない。公爵の言葉で「我が意を得たり」とばかりに「助けて勇者様」と口々に叫ぶ。

 当の王子は、ちらりと国王を見た。

 だが国王は厳しい顔をしつつも、王子の視線にうなずいた。やれ、と。


「ぐぬぬ……! こんな時だけ勇者扱い……! ええい、行けばよかろう!?」


 やけっぱちになったか、勇者王子が前に出る。

 おお、と歓声が上がった。これで助かるとは1ミリも思っていない貴族たちだが、それでも歓声を上げた。それは、ほんの少しでも自分が死ぬ順番が後になる事に対する喜びと、本当に行くんだなという驚きだった。


「これで文句はなかろう。王子が死ねば次はお前たちだ」


 苛立たしげに国王が吐き捨てる。

 だが当然の結果が起きた。王子はアーマーマスターに手も足も出ず、一方的にボコられた。一瞬で殺されるほどの力量差がありながら、王子は殺されることはなかった。


「ふはははは! この程度か! 本物の勇者とは比べ物にならんな! この程度で勇者を名乗るとは片腹痛い! ハナクソ勇者め、我を倒したなどとほざいた事をたっぷり後悔するがよい!」


「ぎゃあ! やめ……! ひいいい!」


 制裁。拷問にも似た一方的ななぶり殺し。いや、殺さないように加減しているから、なぶり倒しとでも言うべきか。

 叩かれて吹き飛び、打たれてへし折れ、必死の反撃も無抵抗に笑って受け止められる。


「あれはダメだ」


「明白だ」


 貴族たちが呆れる。

 そして自分たちの順番も近い、と顔を青くする。


「そうさせたのはお前たちではないか。次はお前たちだからな」


 国王はここに至っても身勝手だった。

 そもそも勇者の功績を横取りしなければ、こんな事にならなかった。勇者を暗殺

しなければ、こんな事は起きなかった。だが自分のことは棚に上げて、周囲のことばかり批判する。


「やはり話になりませんな」


 公爵が手を叩いた。パンパン、と人を呼ぶ仕草だった。

 また別の男が入ってくる。公爵の騎士団の団長だった。


「やれ」


「御意」


 短いやりとり。

 団長は、まず魔道具を取り出した。数百の弱体化魔法を封じたアイテムだ。これを起動し、アーマーマスターの防御力を下げる。これは戦いを早期に決着させるためのものだ。

 さらに平等の呪詛で彼我の能力を合算・等分。これでアーマーマスターと団長のステータスは完全に同じになる。この状態では、勝負を決めるのは個人の技量だ。将棋やチェスと同じ。いつ・どういう動きをするか。それのみが勝敗を分ける。

 最後。鏡返しの呪詛で、受けたダメージと同じだけのダメージを与える状態になる。団長が受けたダメージはそのままアーマーマスターにも複製され、団長が与えたダメージはそのままアーマーマスターのダメージになる。これによって、団長が1発でもアーマーマスターに攻撃を当てれば、あとは何もしなくても団長が勝つ。

 ……という作戦だが、それらの効果はすべて「防御」された。


「……!?」


 これには公爵も驚いた。

 当初の予定では、公爵はこれで勝てると思っていたのだ。事前の話し合いで「通じない」と教えられていたが、実際に見ると衝撃を受けた。同時にブラオが居なければ失敗して殺されていた事を悟った。

 今回のこれは「ここまでやっても倒せない」と見せつけるためのパファーマンスだ。アーマーマスターも、その強さを誇示する機会を得て、上機嫌である。


「無駄だ。そんなものは対策済みだよ。

 我が名はアーマーマスター。あらゆる攻撃を防ぐ。

 ゆえに、勇者暗殺後に差し向けられた討伐隊も、我を討伐することはできず、封印することになった。

 弱いものを重ねて強くする技法……個体の強さによらず群としての強さで生きる人間ならではの研鑽だ。実に見事であった。

 だが、我は学んだ。いくつ重ねようと1つ1つは弱いのだから、順番に断ち切ればよい。もはや我にその技法は通用せん」


 アーマーマスターが刀を振った。

 団長の体が豆腐のように切断される――という幻を見た。


「……はっ!?」


「む?」


 驚きの声を上げたのは、我に返って体が無事だと気づいた団長だ。

 その首のすぐ横に、アーマーマスターの刀と、それとは別の剣があった。

 刀の一撃を防がれて、疑問の声を上げたのはアーマーマスターだ。

 その視線は団長の向こう側に立つ男に向けられていた。


「誰だ、貴様? 我が一撃をよくぞ防いだ。名を聞こう」


 アーマーマスターが刀を引っ込めて尋ねる。

 団長が這うように逃げ出した。

 大柄な団長の、その後ろに隠れていた姿が現れる。


「おお、ブラオ殿!」


 公爵が歓喜の声を上げた。


「すみません。雑魚処理に忙しくて遅くなりました」


「冒険者は王城の守りには来ないと聞いたが、君はなぜ?」


「お忘れですか? 俺は閣下の護衛として雇われている状態ですよ。『王城に居る間は待機』という指示だったから外で待っていましたけど……」


 とアーマーマスターに視線を戻す。


「こんなのが出てきたんじゃあ、駆けつけないと護衛失敗になっちゃうでしょ?」


 対するアーマーマスターは、腰に手を当ててリラックスした様子だ。

 少し考えるように首を傾げいている。


「そっちの公爵の護衛ということは、我の攻撃対象がこの偽物王子とそこの国王だけだとする場合、どうなるのだ?」


「ああ、それはお好きにどうぞ」


「なっ……! ふざけるな! 貴様「【サイレンス】」……! ……!? ……!」


 姿を隠す魔法で隠れている魔王によって、アーマーマスターの合図で沈黙の魔法がかけられた。

 わめいていた国王は、そのわめく姿そのままに音声だけが消え去る。動いても服の衣擦れ音や足音などは全く聞こえない。


「国王。お前は黙っておれ。王子のナメた態度がお前の差し金だという事も知っているぞ。ゆえにお前も我の攻撃対象だ。

 ……とはいえ、そっちから仕掛けてきたのだから、公爵とやらを無視するのも武人として非礼であろうな」


「なら、戦いますか? できれば場所を移したいのですが」


「戦うのはいい。だが場所の移動はダメだ。そこの2人を逃がすつもりはない」


「魔物に命じて見張らせておけばどうですか?」


「『待て』と命じて、いつまでも我慢できるほど訓練しておらんからな。

 帰ってきたら食われて死んでいた、などという事になってはつまらん」


「仕方ないですね。ここでやりますか」


「うむ。ここでやるとしよう」


 という事で、予定調和の戦闘が始まった。

 切り結ぶたびに、その背後にある風景が切断される。10度も打ち合えば、王城はバラバラになって見るも無惨な廃城と化してしまった。


「防御はすごいが、攻撃はお粗末だな」


 俺は1度も攻撃を受けず、アーマーマスターは何度も斬られて少しずつボロボロになっていく。

 その後ろで山が吹き飛び、雲が断ち割れ、迫ってきていた魔物の群が巻き添えになって消し飛んだ。


「トドメだ」


「見事……!」


 アーマーマスターを両断。

 そのまま倒れて起き上がってこなかった。


「勇者の再来だ」


 公爵がつぶやく。

 その声が周囲の貴族に伝播する。

 持ち上げられ、やたらと感謝されてしまった。公爵の派閥の人たちも、計画を途中までしか聞いていなかったようで、本気の顔で俺を持ち上げてくる。

 その後、ギルドに行くと「超人」ランクになった。冒険者の一番上のランクだ。冒険者たちにもギルドの職員たちにも、まるでアイドルか映画スターでも見るような目で見られる。こそばゆい。だが、これは前世で俺が本来受けるはずだったものだ。もしこういう扱いを受けていたら、奴隷の首輪ぐらいは許していたかもしれない。






















「よっこらせ……と」


 両断されたアーマーマスターが起き上がる。


「うまくいきましたかな?」


 半ば確信した様子で尋ねる。

 なぜなら、両断された体が、戦利品として俺の手にあるからだ。


「本当にタフだな、お前は」


「それだけが取り柄でして」


 答えながら、アーマーマスターが変形する。

 封印から抜け出そうとして覚えた新技らしい。

 西洋風の板金鎧から、和風の甲冑に変形して、俺の体に飛んできて自動的に装着されていく。だが純粋な和風鎧と違って、隙間がない。暗殺されたときに斬られた首はもちろん、脇・股・肘・膝・指といった関節も、目や鼻すらも密閉されている。それでも外の風景は見えるし、呼吸もできる。まるで宇宙服か潜水服でも着ているようだ。


「これでようやく、また御身をお守りする役目につけます」

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