第13話 答えは問いの中に

 翌日、用があってD組に行ったついでに、梶原に昼を食べるように話をした。すると目をキラキラさせて


「わかった!……あ、ハルも誘っていいかな」


 好都合だと、頷いた。ちょうど昨日の話の答え合わせを高梨にも聞いてほしかったところだ。


「じゃあ、図書室に来てくれ。うちの教室だと窮屈だ」


 そして今に至る。梶原と高梨が来たとこで


「つばちゃんからお誘いを受けるなんて。明日は雪かな。雨かな」


 と失礼なことを言われた。俺はムスッとして


「そんなに珍しいことじゃないし、数回しか会ったことないやつにそんなことを言われる権利はない」と言い返した。


 図書室は大変静かで、時折図書室の先生が動く音や、タイピングの音、椅子の軋む音のみが響いている。本棚に四方を囲まれ、ロの字の中にある机に、俺らはお弁当箱を広げている。俺ら以外いない図書室は、文字通り貸切状態だ。


「なんでパンフレット持ってるの?」


 高梨が目をつけたのは、俺がポケットに入れている緑色のパンフレットだ。これは昨日の部活動紹介で置かれていたものだ。 


「ホントだ。なになに?部活の相談?」


「そんなとこ」


 俺はパンフレットを取り出して広げる。


「科学技術部は、存在する部活だ」


 二人の視線が集まるのを感じる。そして梶原が「え?!」とわかりやすく驚いている。 


「このパンフレットは、俺と同じように科学技術部という落書きがされたパンフレットだ」


「もう1つあったの?」


「ああ」


「誰の?」


「伊沢のだ」


 伊沢、3番目にあの体育館に入ってきたやつだ。


「なんで伊沢?」


「伊沢は帰り際、あの人混みの中でひとり、パンフレットを不思議そうに見ていた。まるで1人だけ『違う』パンフレットを見ているかのように」


 昨日、体育館からでてきた時に伊沢を見つけた。そして伊沢は、あの人混みの中で唯一立ち止まり、不思議そうにパンフレットを見ていた。あいつは周りと『違う』雰囲気だった。そして、俺と同じ雰囲気だった。俺が見た異端者は、伊沢だったというわけだ。


「今朝確かめに行った。伊沢のパンフレットには、俺と同じように『科学技術部』と書いてあった。もう1つ聞いた」


 俺は自分のパンフレットも取り出して、2つに並べた。


「なんて聞いたの?」


「右束の一番上を取ったか。と」


 すると伊沢は、一番上かわからへんけど右の束を取った。と答えた。


「俺は左の束の一番上のパンフレットを。伊沢は右の束の一番上のパンフレットを取った」


 あの会場には、2つに分けられてパンフレットが置かれていた。梶原は俺が取ったパンフレットの下のものをとった。3番目に来た伊沢が右の束から取っていたのを、俺は見ている。


「でも昨日の放課後、僕と海斗で話し合ったんだけど、生徒にはできそうにないって結論が出たよ」


 俺は頷いた。


「生徒にはできない。だったらもうできる人は1人しかいない」


「……先生ってことかい?」


 梶原は顎に手を当て、眉を少しひそめていった。


「もっと言うと、それができるのは湯浅先生だけだ」


「湯浅先生?誰それ」


「あの部活動紹介の司会の先生だよ」


 高梨がパンフレットの教師一覧を指さした。このパンフレットの右ページには、顧問の先生の名前が連なっている。そしてその部活顧問の欄の一番下に、司会兼代表として湯浅正と書いてある。


「先生しかできないのはとりあえず飲み込む。でもなんで湯浅先生だけしかできないのか納得行かない」


 不満そうに梶原は腕を組む。


「司会の先生なら、積み上げられたパンフレットを触っても一番違和感がないからな」


 昨日、ニュースでみた警察が殺人で逮捕された事件。なぜ10年も逃げられたのか。たまたま運が良かっただけかもしれない。だが心理学の中に、制服を着たものを犯人として見ることは少ない。というより見づらい、というものがある。だからその警察は10年間も一番近くにいて気づかなかった。それは今回でも同じだ。司会兼代表なら、パンフレットを触っていても誰も怪しむことはない。あー、何か確認しているんだなと思う程度だろう。


「恐らく湯浅先生は、中身を確認するという建前2つの束からパンフレットを1つずつ取り、不備がないかを確認するふりをした。ここからは予想だが、付箋を取り出しパンフレットに貼った。ペンを取り出して付箋に何かを書くふりをして、2つのパンフレットに科学技術部と書いたんだ。そして付箋をとる。周りの先生からは、何かをメモしたんだろうなと思われる程度だ。誰も落書きをしただなんて思わない」


 誰が、いつ、どこで、どのように、までは理解できる。だがその後はどうだ。一番肝心とも言える『何故』がわからない。


 梶原はそういうところを気にすると手を伸ばしてくる。


「なんでそんな事する必要があるんだよ。実在しない部活を書いたところで意味はないじゃんか」


 その通りだ。ただのいたずらにしては謎な面が多い。なぜ『科学技術部』と書いたのか。俺や、愉快犯が書くならもっと適当に書く。りんごの絵を描くとかもっと簡単なものを。


「何かメッセージ性のようなものを感じる…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る