第3話 日常の違和感

「よくそこまで頭が周るね。推理ができるなんて名探偵だ」


 向かいの席に座った梶原が興味を示して俺に話しかけてきた。その目はほんとに知りたそうだ。こちらとしてはこういうグイグイ来るやつは迷惑極まりない。適切な距離というのをこいつは知らないのか。


「事件も謎も解いてないのに名探偵は早とちりしすぎだ。それに推理ができるだけならこの国の大半は名探偵だ」


 日本の人口は約一億人。梶原の理論だと5千万人は名探偵ということになる。そうならば、未解決事件なんて生まれない


「でも、俺たちが出した情報で君は回答に近づいてきている気がするよ。現場を見てもないのに」


「推理とかそういうのは、日常の違和感だからだ。それを考えれば難しいことはない」


 日常を考えたとき、そこにあるのは自然と快楽。そして日常を俯瞰しておかしい点があるとき、そこに存在するのは違和感。推理というか、ただの間違い探し。それが推理だと俺は思っている。違和感を取り除けば、残るのは正当化された日常だけ。それがいわゆる結論であり、正解である。


「日常の違和感。中々面白いことを言うんだね」


 頬杖を解いて満面の笑みになった。少年のようだ。実際、精神年齢だけだと俺より5歳は下だろう。


 そのまま梶原の雑談を耳に流して抜けさせていると、店員がランチセットB、ここの用語で言うランビーが届いた。ボリューミーなかつサンドが3切れ、そして頼んだブラックコーヒーが殺風景だった机を飾り付ける。来てから食べていると、また梶原が口を開いた。

 

「明日、俺のクラスに来てよ。犯人探し!手伝って!」


「え……」


 一つ上の階だから行こうと思えば行けるのだが、単純に面倒だ。


「犯人探しじゃないだろ。持ち主を探すだけだ」


「あ、そうともいうか」


 そうとしか言わない。


「とにかく、お願いね!」


 


 翌日、朝学校に来た俺は、教室の前に梶原がいることに驚いた。何故こいつがここにいるのかだ。階を間違えたわけでもないだろう。教室の前に行くと、気づいた梶原が俺に手を振ってきた。ポケットに手を突っ込んでいる俺はわざわざその手を出して振ろうとはしなかった。


「おはよ。荷物を置いたら早速行こう」


「お前から来るなら昨日約束した意味がなくなるだろ」


 梶原が行動派の人間だというのは一昨日にわかっている。もう少し考えて行動するべきだ。


「だって、バックレるかもしれないじゃん?つばちゃんの昨日の反応だとこなさそうだったし」


 教室の、俺の席までついてきた。まだ人が少ないというのと始まったばかりというので、クラスは俺らの声しか聞こえない。物音もない。みんな何かしらをして静かにしている。読書をしていたり、窓際に座る奴は窓の外の景色を見ているんだろう。実際は窓の外の景色なんて興味はないだろうな。友達がいればそんなものより優先して会話をするんだろう。


「断るとは言ってないぞ。それにちゃんと行くつもりだった」


 気になることもあったしな。


 教室を出てA組の前を通り、階段を上がる。こっちは東階段だ。


 階段を上がりきりすぐ右に曲がるとC組、D組、E組と奥に向けてクラスプレートが続く。まあE組に用はないが。


 梶原のクラスであるD組の前に行くと、梶原は大きな声を出した。


「あ!わかった!この消しゴムの持ち主はイシイじゃないんだよ」


 誰もいない廊下では声がとても良く響く。


「どういうことだ」


「イシイは、好きな人の名前なんだ。消しゴムに好きな人の名前を書くと当たるって昔流行ったんだよ。だからこの子はそのおまじないを込めてたってこと」


「却下だ」


「えー!なんで!あ!昨日言ってた日常の違和感ってやつ?」


「お前の話には矛盾がありすぎるんだ」


 俺は右手をズボンのポッケに突っ込んだ。そして窓の外を見る。こちらの窓から見えるのは、体育館だ。そして正門から入ってくる生徒たちの姿も見える。


「1つずつ言うぞ。まず昔に流行ったやつは、消しゴムそのものに書いてカバーで隠す、それを誰にも見られなければ結ばれるという迷信だ。堂々と見られるカバーに書くものじゃない」


「詳しいんだね」


 ニヤついていう梶原に腹を立て、俺は思わず頭をガシッと掴んでいた。


「うるさい」


「痛い痛い!わかったから離して!潰れる」


 必死に抵抗する梶原を見て気が済んだので、「ふう」といいながら手を離した。梶原はまだ頭を抑えている。そんなに強くしたつもりはないぞ。

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