第2話 名簿にない名前
「え?なんで知ってるのさ!」
店員に聞いたつもりが、答えたのは梶原だ。店員の後ろからひょいと体を覗かせるその姿は目障りと言っても過言でない。そんな梶原に、俺はため息を吐いて呆れ気味に言った。
「お前が昨日俺に聞いてきたんだろうが」
記憶力が悪いのかと考えたが、かなりの人に話しかけていたようだったし、見た目を1度見ただけで覚えろという方が無理難題かもしれないな。
「そうだっけ?覚えてないや。でもまあ、気になるならちょうどよかった。……えっと、名前なんだっけ」
「
「それで、楠木…いや!つばちゃん!話を聞いてくれるんだね!」
いきなり下の名前かよ。しかもなんだつばちゃんって。初めてだぞそんなあだ名。
頷いた俺を見た梶原は、1つ咳払いをして、話を始めた。
「昨日、学力試験だったよね。4時間目が終わって教室の外に出ると、消しゴムがおちていたんだ」
その消しゴムが、あの消しゴムか。梶原は後ろにおいてあった消しゴムを手に取り、俺に見せてきた。確かに昨日見たやつと同じだ。
「でも名前があるじゃないか」
実際、俺が見ている面には『イシイ』と描かれている。
「そう。だから困っているんだよ」
梶原はやれやれといった態度だ。ため息もついて、お手上げと言った様子だろう。
だからって。何を困ることがある。それにはもうイシイと書いてあるんだから、あとはイシイを探せばいいだけだろうに……。いや違う。それなら困る理由はないはずだ。ここで迷うために必要な上限は…矛盾。
「イシイがいないのか」
「そう!そうなんだよ!確かにこのカバーにはイシイって名前が書いてあるんだ。でも俺のクラスにも、隣のクラスにもイシイはいないんだ」
前のめりになって、梶原と俺の鼻が危うく当たってしまうほど近づいてきた。息と前髪が顔に当たるのを感じる。ここまで近づかれると不快を通り越して苛立ちが出てくる。
俺は頬を押して梶原を遠ざけた。
ここまで断言できるということは、名簿表を見たんだろう。クラスの扉に掲示されているから見るのは簡単だ。
「だからあなたが、『もう一度探すべきだ』って言ったんですね」
店員を見る。すると胸元で小さく手を振られた。何か間違ったことでもあっただろうか。
「つばちゃん。この子は同じ高校の同級生だよ。
答えたのは梶原だった。俺はお前に聞いたわけではない。睨もうと思ったが、教えてくれた義理を考えたらそれはできなかった。
「ちゃんとした男だよ。こう見えても」
ピースとウインクをした。細い腕で、やはりどちらかを見分けるのは難しい。
「それで、その消しゴムの続きは?」
自分で曲げた話を、もう一度既定路線へと戻す。
「あー。そうだったね。それで、全クラス見て回ったんだけど、イシイはいなかった」
「そもそも、教室の前で拾ったんだろ?なら梶原のクラスか、その隣のクラスにしかいないだろうよ」
「え?なんで。落とし物ならその他のクラスでもあるんじゃないの?」
興味を持ったのか、高梨が首を突っ込んできた。
「落とし物を考えてみろ。消しゴムだぞ。どこに消しゴムを持ち歩くバカがいるんだ。それに、昨日は学力試験だ。休憩中に階をまたぐやつはいないだろ。みんな休憩時間は勉強していたはずだ」
「確かに。俺の教室に休憩中来た人はいなかったよ」
「なら、本当に海斗のクラスか隣のクラスってこと?」
梶原の階にクラスが2クラス以上あったとして、探すのは2クラスだけでいい。落とし物を落とせる者は、限られているんだから。
「でも、その2クラスは名簿を見たんだよね。それでいなかったからわざわざひとつ下の階の燕君にまで声をかけに行ったんでしょ?」
そうだ。だが……。
「梶原。クラスの前のドア際の4人の名前を教えてくれ」
「4人?」
「前のドアに一番近いやつと、その後ろと隣。隣の席のやつの後ろだ」
「えー?そんなのまだ覚えてないよ」
「あの…注文を…」
高梨は、店員としての責務を果たすべく俺にそう促してきた。俺はコクリと頷いて眼の前にあるメニューを広げた。今はお昼時というのもあって、ランチセットが主なメニューらしい。
Aは、玉子サンドイッチに飲み物。
Bは、カツサンドに飲み物
Cは、ホットドッグに飲み物。
どれもうまそうだ。
「ランチセットBで」
「かしこまりました。店長、ランビーお願いします」
ランビー?ランチセットBの略か。略語ねえ。略語……。
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