この庭の芝生は青い
心愛
The boy tries to
第1話 奇妙なあいつ
4月6日
俺は、高山高校に入学した。
蓋を開けた高校生活は、思ったよりか穏やかに始まったが、それでも疲れたことに変わりはないし、忙しいことにも変わりはなかった。そんな今日は土曜日。入学で溜まった疲れのせいで、昼ご飯さえも作る気力がでなかった俺は、昼飯を求め外に出た。少し振り返ってみた。ここ入学してからのこの3日間のことを。それにしてもとても忙しかった。2日目には自己紹介とオリエンテーションが午前に終わったかと思えば午後は委員会や係り決めがあった。自己紹介を聞いたことで、一通りクラスの人の顔と名前を把握できた。クラスの人数は34人。男子と女子でちょうど17人ずつだ。
昨日はと言うと入学早々学力試験があった。全く勘弁してほしいが、抗うことは当然できない。午前は国語、英語、理科。午後は数学と社会。いわゆる模試のようなもの。春休みの怠けが一瞬で剥ぎ取られるようなテストだった。
ただそのテストも問題なのだが、意味のわからないことが1つあったっけな。
「あの!すみません!」
確か5時間目の後の休憩だった。俺はトイレに向かっていたのだが、
「はい」
誰かに話しかけられたのがすぐに分かったのは、肩に手を置かれていたからだ。
「どちら様ですか?」
「俺、1年D組の
もう少しまともに漢字変換できないのか。梶原と名乗るこいつは、肩で息をする程に息があがっている。そんなに急いで俺になんのようなんだろう。
梶原海斗。人目でわかるがこいつはイケメンな部類に入るだろう。髪も少し焦げた茶色と言ったところだ。ただこの陽気な声は、耳に響く。悪く言えばうるさい。まあよく言うつもりもない。
「そうじゃなくて!この消しゴム君の?」
消しゴム?大手文房具メーカーの消しゴムだ。俺も同じやつを使っているから一瞬ビクリとしたが、そのカバーを一通り見ると違うとわかった。
「いや、違うな」
その消しゴムのカバーに名前が書いてある。俺の消しゴムにはわざわざ名前を書いていない。名字も一致しないので違う。
「そっかあ。ありがとう。じゃあね」
そう言うと、梶原は走り去っていった。そしてまた誰かの肩に手を置いて、消しゴムの持ち主を聞いていた。俺が見ただけでも5人以上だ。男女は問わずに。疲れないのだろうか。あんなに話しかけて。俺なんて2日目にして初めての会話だぞ。
そして今日、お昼を食べるために入った喫茶店で、俺は思わぬ再会をした。
「だから!ほんとにいなかったんだってば!」
「でも、ここにはちゃんと名前が書いてあるよ?もう一回ちゃんと探すべきだよ」
店内に入ると、店員と思しき人と客とが、言い合いをしている。あまり客のいない喫茶店には、不釣り合いだ。その片方の声には聞き覚えがあった。
その客側が、梶原だった。ゴワゴワと騒ぎ立てる辺りクレーマーだろうか。やばいやつだな。変に絡まれて変なことにならないといいんだが。こればっかりは祈るしかない。店内は、30代くらいの女性と、サラリーマンと思しき男性と、2人だけだ。それを凌駕するのが、この梶原だ。
「でも確かに書いてあるんだよ!ハルもこの消しゴム見たでしょ?」
消しゴム?あの消しゴムの事を話しているのか?なんとか覗きたいが、梶原の背中が邪魔で何も見えない。何かそのテーブルにはあると思うのに。店員に抗議する動きが大きい。大げさ過ぎないか少し……。
「探せばいるはずなんだよ!こんなありきたりな名前」
どんなだ。
「ん?あーお客さんだ。すみません。案内します」
こちらに向き直った店員はニコリとスタイルを作り片手のひらを空に向けた。中性的な見た目に中性的な声の店員がこちらに気づいた。明るい茶髪の店員に続いて振り返った梶原は、俺の顔を見てもキョトンとしている。
大変だろうな。こんなクレーマーの対応をしなきゃだなんて。
「メニューです」
窓際の席に案内された。こげ茶色を基調とする床と柱。その間の白い壁がコントラストとなり、落ち着きを感じさせる。ちょうど日が当たり、温かい、気持ちいい感覚に脳が多少の眠気を覚えている。しかしそれを上回るのが、好奇心だった。
水を運んできてくれた店員に、俺は注文とは程遠い内容を口走った。
「消しゴムの話を、聞かせてください」
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