第18話 蚊帳の外

「やっぱり、いたんやな」


「悪かったか。なら俺は帰る。じゃあな」


 俺はショルダーバッグを肩にかけ、椅子から立ち、入口にいる2人とすれ違うように教室を出ようとした。


「あー!待って。すまんそういうつもりちゃうかってん」


「下が空いてたから、もう来てるのかなって、話してたんだよ」


 背中で聞いていた。「そういうことか」と振り返り、教室に戻った。


「梶原はどうした」


 俺の正面の席は空いている。右隣には伊沢が座り、斜め前には千春が座っている。喫茶店でもこの席だったし、最近昼を食べるときも四角で座るとなればこの席のような気がする。


「海斗、小テストで基準点を下回ったから。再テスト受けてるの」


 しっかりしてくれよ部長……と俺は嘆いた。


「最後にクラスを覗いたときには、もう終わるとか言うてたから、もう来ると思うねんけど」


「どうだろ」


 その笑い方は、梶原を否定しているようだ。


「それにしても、今日なんかおかしない?違和感あるんよなここ」


 何かを言おうとしたところだったが、スマホのバイブレーションに遮られた。その場にいた全員の目線が、俺の直ぐ側に置かれたスマホに写った。この机にスマホを置いているのは俺しかいないので、このバイブは俺のスマホだ。


「海斗からだよ?電話」


 スマホを取った千春が画面を確認したあと、すかさず俺に渡してきた。


『なんだ補修』


『もしもし?ってあれ、補修のことつばちゃんに言ったっけ?』


『もうお前以外来てるからな。聞かせてもらった』


 2人を見ながら俺はいった。ふたりは談笑をしている。ラインではなく電話のあたり、何か急の用事なのだろうな。


『そうなんだ。……今から向かうよ。いやー補修長かった』


『お前教室にいるのか』


『え?そうだけどどうしてわかったの?』


『自分で椅子を引く大きな音を出しといて、よくそんなことが言えたな』


 意外と外の音を拾うものなんだな。


「ん?なんの音?」と声を出した千春を、俺と伊沢は見た。


 千春がキョロキョロしだした。俺には聞こえてないし、伊沢にも聞こえてる様子はない。


「なんも聞こえへんで。千春君、幻聴とちゃうん」


「聞こえるよ。ほんとに聞こえる」


 音の発信源がどこかわかっていないようで、教室をウロウロとしだした。


『…つばちゃん聞いてる?』


 電話から耳を離してしまっていた。電話をしていることを忘れかけていた。スマホを耳につけると、ふてくされた口調で嘆く梶原の声が聞こえた。俺は軽い謝罪を入れた。


『悪い。なんだ?』


『今日お菓子を持ってきたから、みんなで食べようよ!これからは毎日何か持ってくるから』


『そうか、伊沢と千春は喜ぶだろうな』


『そうだよね!……って、それじゃつばちゃん喜んでないじゃないか』


 フフッと笑う梶原。


『あ、こんにちは。……はいわかりました!ありがとうございます!』


 先生とすれ違ったのだろうか、そんな挨拶さえ聞こえてきた。


『もう着く。2人にもあとで謝らなきゃだ』


『そうだな。両膝でトントンだろうな』


 俺は真面目に言っているのだが、どうやらおかしいらしい。梶原はまた笑っている。もう着くということは、下を見れば梶原が見えるかもしれない。窓際に行き、技術棟の足元を覗いた。


 案の定、一般棟から出てくる梶原が出てきた。スマホを耳に当てているあたり、間違いない。顔までは、目が悪くて断定できん。


『あれ?開かないよ?』

 

 梶原が、下でモゾモゾと動いている。


『どうした。鍵は開いてるはずだぞ』


『みんな帰っちゃったのかい?!』 


 声が大きい!耳が壊れるだろうが。俺はスマホを耳から離してその声が聞こえなくなるのを待った。


『お前が来いって言ったんだろ。みんな部室にいる』


『え、それほんと?』


『つまらん嘘はつかん』


『じゃあなんで技術棟の鍵はかかってるのさ。そっちこそつまんない悪戯やめて早く開けてよ』


 目を細めてみると、入口前で戸惑っている梶原が、たしかにそこにいた。


 談笑をいつの間にかやめたふたりは、興味を引っぱってきたようで、俺の会話に釘付けだ。


『ちょっと待て』


 俺はスマホを耳から離して2人に向き直る。


「お前たち、技術棟の鍵を閉めたのか?」


 ふたり共に首を振った。もちろん、左右にだ。


『ふたりとも閉めてないとさ』


 嘘とも思えなかった。伊沢か千春かどちらがしそうかと言われたら、付き合いの長さの点から千春だろう。


『じゃあつばちゃんじゃないの?』


『俺はふたりが来てから教室を出てないぞ』


 あ…でてないと言えば嘘になるか。まぁ2人からも不可能だと間違いなく保証してもらえる。


「よくわからないけど、とりあえず開けに行こっか」


 千春が教室の外を指さして、苦笑いしている。


「せやな。梶原君も閉じ込められっぱなしはかわいそうや」


 外に閉じ込められるとは、これまた不思議だ。


 静まり返る階段を降りた。そこに響くのはおれたちの声と足音だけだ。3人の言っていた異質な雰囲気というのはこれか。確かに悪いものじゃないな。


 一階まで降りて、扉の前に来た。確かに鍵はかかっている。



 はぁ……とため息をついて扉の鍵を開けて、外を開ける。外の空気と一緒に人の声も入ってきて、この棟の空気が薄れていく。


 扉を開けても正面にはいなかった。左を見ても梶原はいない。少し外に出て反対側を見ると、スマホをいじって座っている梶原がいた。


「みっけ」


 ふてくされて、でもどこか寂しそうにしている梶原。

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