第15話 ミニ親睦会

用が済んで帰路についた。外はまだ夕焼けにもなっておらず、昼と言って差し支えは一切ないくらいだ。高梨がバイトだと言うので、別れようかと思ったが、梶原が俺達も行こうよ!と言って聞かないので仕方なく伊沢と俺もついていくことにした。


「千春君がバイトしてはるとこ、見れるんやね」


「ハルの制服をすごい似合ってるんだよ。ね、つばちゃん」


 確かに、似合ってた気がする。俺は脳裏に高梨のバイト服姿を思い浮かべる。


「千春君はどちらかと言うと中性的な見た目やから、どんな服着ても似合いそうやわ」


 伊沢が言うように、高梨はどちらかと言うとと言うまでもなく、中性的な見た目をしている。恐らく完全に女装でもされたら女性として見てしまうくらいには。


 高梨はさっき別れたところでバイトに急いで行くため先に行っている。その後を追うようにして喫茶店に向かっている。


 さほど遠い距離にあるわけでもなかったので5分も歩けば店は見えてきた。


 入店を知らせるベルが鳴る。中には客は二人組が1人いるくらいだ。男女でいる辺り恋人同士だろう。まあ静かに過ごしたい人たちにはうってつけの場所だろう。接客は前と同じように高梨がしてくれた。4人がけの席に案内され、適当に飲み物を頼んだ。梶原はココアを頼み、俺はコーヒーを頼み、伊沢は抹茶を頼んだ。


「静かでいい場所やな。京都にもこんな場所あったわ」


 故郷を懐かしむ伊沢。京都にもそんな場所があるのか。あんな都会は人がごった返していそうなのだが。


「京都に比べたらここはだいぶ田舎なんじゃない?」


「そやなあ。まだきて日が浅いからなんとも言えへんわ」


「確か高校からこっちに来たんだったよな」


 頬杖をついていた俺はそのまま顔を右隣にいる伊沢に向けた。伊沢は「そうやで」と微笑んだ。


「越してきたんも受験終わって卒業してからやから、3月末くらいやな」


 まだ3週間くらいしか経ってないのか。そりゃこの街を回る暇もないだろう。


「高梨がバイトを始めたのも高校に入ってからか」


 今度は正面に座る梶原を見る。妥当なことを言ったはずなのだが、梶原はなにやら納得がいってなさそうだ。


「なんだその顔は」


 たまらずおれは抗議した。


「ハルは、みんな下の名前で呼ばれるんだ。みんなと呼び方がかぶるから俺はハルって呼ぶことにしてるんだけど……」


 だからハル、か。言われてみれば高梨千春という名前は、高梨と呼ぶより千春と呼ぶほうがしっくり来る。


「ハルが高梨って呼ばれるのは、なんだかムズムズする!」


 はあ…?


 俺は呆れて頬杖をといた。そして無意識に眉をしかめた。


「だからせめて千春って呼んでほしいなー」


 人差し指は空を指し、数回会った中で何度も見た笑みを浮かべて意味のわからないことを言う。


「千春、ねえ……」


 元々、人を下の名前で呼ぶのはあまりしてこなかった。小学生の頃は全くそんなことなかったが、中学からはずっと名字呼びだ。実際に呼んでみるが、しっくりこない。かと言って梶原がこう言う以上、俺が変えないといけないのだ。


「お待たせしました。抹茶と、ココアと、コーヒーになります」


 今は店員モードの高梨……千春は、同級生で数回会話を交わした俺らにさえ敬語を使っている。


「ありがとハル!」


「僕も少し相席してもいいかな」


 それはここじゃなくて、店長に聞くべきことなのでは。


「もちろん!新科学技術部の親睦会と行こうじゃないか」


 笑顔で梶原の横に腰を下ろした千春。店員が客とこうして談笑に勤しめるのは、こういう静かな店ならではのメリットだろう。

「でも驚いたよ。まさか入部を希望したのがつばちゃんだなんてね」


 千春が椅子を引いて座ろうとしたとき、梶原は机につけた肩ひじの手のひらを空に向けた。梶原の言う通り、1番最初に入部を希望したのは俺だ。それには梶原が驚いて振り向いてきたが、俺は気にしてなかった。


「でもなんで科学技術部なの?他にあったでしょ」


「先生の話聞いてなかったのか。活動内容は特にないって言ってただろ。何もしなくていいならそれに越したことはないからな」


「俺たちまで巻き込んだ理由は?」


「千春と梶原は元々同じ部活に入るつもりだっただろ。そして千春も文化部を望んでた。あの時点で入りたい部活の希望を梶原に出さなかったってことは文化部ならどこでも大丈夫だったってことになるからな」


「たけちゃんは?」


 もうそんなあだ名つけてるのか。


「恐らく先生はあのパンフレットを取った生徒に科学技術部と何かしらでの関係を持ってほしかったんだ」


「でなければ書くのは1つだけでいいから……?」


 俺が言おうとしていたことを千春が代弁してくれた。おかげで手間を省けた。


「先生は、よっぽどあの部活が好きなんだろうな。それか謎を置くことが好きな愉快な人なのか」


 俺は補足として「あくまでも予想だ」と付け加えた。


「あの先生が愉快?」


「あんましそうは見えへんな」


「だよね」


 千春と伊沢はそういう。正直俺もその意見だ。あの先生は真面目で誠実というのが、実際に話した俺らの印象。


 だが1人、その意見を真っ二つに切った奴がいた。そいつはいつもの能天気に笑って、口より先に行動をするタイプの、焦げ茶色の髪を持つ男。


「それはどうかな。人は誰しも別の顔を持ってるものだと思うけどね。俺は」


 いつもの笑顔を存分に弾けさせて梶原は言った。俺は思わず梶原を見つめたままになった。頬杖をといたあのときのポーズのまま。


「つまり、湯浅先生にもいたずらをするような心があってもおかしくないってこと?」


「そう」


 なるほどな。確かに職員室内でも噂になるほど湯浅先生は変わり者のようらしい。とてもあの場で話した限りはそう見えなかった。酒癖でと悪いのか、あんなふうに見えてとんでもないオタクなのか。

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