第5話 俺だけが納得すればいい

「あ!そう言えば伊沢君1番最初に国語係に立候補してた気がする」


「係り決めの一番最初が国語係だったのか?」


「そうだね」


 なるほどなあ……。立候補したってことは、国語係じゃないといけない理由があったか、どうしても国語係が良かったかのどっちかだろう。


「推測に過ぎんが……梶原、お前はなんで一番最初に立候補したと思う?」


「ええ?クラス慣れするために目立ちに行ったとか?あの場だ とみんな手を上げづらいしね」


 確かに、クラスの中心人物になりたければある程度目立つ必要がある。それをするなら一番最初に手を上げて立候補をするのが良いだろう。実際、梶原の記憶の中には伊沢が残っている。ただ、


「ならなんで委員会じゃないんだ。目立ったりクラスの中心になりたいやつは、学級委員とかになるはずだろう」


 もし第一印象で目立ちたくてクラスの中心人物になりたいやつなら、『先生、僕は学級委員会になりたいです』と言うはずだ。でも伊沢がそうしなかったのは目立ちたいというのが理由じゃないからだろう。


「それにだ。目立つことを恐れないなら消しゴムを落とした時に『先生!消しゴム落としました』って言えば良かった」


 そう言えなかったことを考えるとおそらく伊沢は、おとなしいやつなんだろう。

 


「じゃあ、伊沢くんは目立つのが好きじゃないってこと?」


「まぁそういう事だ。伊沢に確認してみろ。……第一お前、クラスの人は確認しなかったのか」


「だって名前がなかったんだもん。除外するに決まってるじゃない」



 それもそうか。とりあえず、これで解決だ。


 俺は机においていたショルダーバッグを手にとって、狂疾の出口に差し掛かる。


「じゃあ、俺は帰る」


「ちょっと待って!」


 帰ろうとしたら、右手を掴まれた。さっきまで席に座っていただろうが。いつの間にこんなに近くまで来ていたんだ。


「なんだ。もう持ち主がわかったんならいいだろ」


 これ以上、何が気になると言うんだ。こいつは。


「なんでイシイから伊沢になるの?納得いかないよこれじゃ」


「国語が好きで、適当にもじあそびでもしたんだろう」


「でも!だからって、そんなうまくいくものなのかい」


 イシイと書かれた消しゴム。なぜカタカナなのか。なぜイシイなのか。


 俺は指差す。名簿を。最初から、この名簿と消しゴムさえあればわかったんだ。ただ、何故そんなことをするのか、何故カタカナなのかとかはわからない。こいつが理解さえすればいいんだ。


「よく見ろ」


 俺は指で伊沢健の名をなぞる。しかし、こんなにも大ヒントを出しているというのに、梶原は全くわからないという目で名簿とにらめっこを続けている。


「部首だ。伊沢健。部首だけを取ればイシイになるだろ」


「おー!ホントだすげえ!」


「昼にあった数学の問題用紙は鉛筆で消した跡が残っているはずだ」


 すると梶原は、伊沢の机の中を見にいった。中を覗いて手を突っ込む。出てきた手には、数学の問題用紙。勝手に漁ってもいいのか?友達でもないだろうに。


 梶原が問題用紙を開く。俺もそれを見に近寄った。すると案の定、伊沢の問題用紙はびっしりだった。同じ計算が何度もされている。間違えた文字は黒く塗りつぶされて答えと思しきところには黒丸をつけている。自己採点でもする気だろうか。真面目なやつなんだな。他の問題用紙も見ていた。どこもおかしいところはなかったように見えるが、最後に見た国語の問題用紙もなんら問題はなさそうだった。


「あれ、何してはるんですか?」


 関西弁?ここは関西じゃないだろ。かけられた声に振り返る前にそんな考えが浮かんできた。


「あー伊沢くん。ごめんごめん。ちょっとね」


 俺に助けを求めるようにして、その目は俺を見ている。答え合わせをしてやれとでも言われているようだ。


「この消しゴムは、あんた…あなたので間違いないですね?」


 俺は、カバーにイシイと書かれた消しゴムを見せた。するとはっと目を見開いて消しゴムを見たあと、その目のまま俺を見た。ただ一瞬の曇ったような顔には、違和感を覚えた。答えまでの間の沈黙が、変な緊張を体にまとう。


「俺のです」


 やはり関西弁。関西の人間なのか?


 俺は一通りの考えを説明した。時折納得するような相槌を打たれるたび、小テストの自分の回答に丸をつけていくような嬉しさがあった。


「すごい。まさか返ってくるとは思わへんかった。ありがとう」


 大人しい口調と振る舞いからの関西弁は、ギャップというものがすごい。


「伊沢くんは関西人なの?」


「せや。京都出身」


 梶原が俺の思っていることを代弁してくれた。


「高校からこっちに?」


「うん」


「なんでこんなことを?」


 わざわざ京都から。慣れない土地で高校生活って訳だ。


 梶原は、聞くが、俺がさっき言ったのと同じ回答だった。それをみて梶原のきらめく視線を感じた。


 気になることはあったが、別に聞くことでもないだろう。目的とずれる。頼まれたことは頼まれたことだけをすれば良い。それ以上のことなんてしなくて良い。


 1つはカタカナの理由だが、これはもう単純に部首から取ったってことでいいだろう。


 1つは、何故そんなことをしたか。そこは単純に冗談だとか、ふざけがあったんだろう。関西人特有のユーモアとでも言えばいいか。本心は本人の口から出たものだ。特段気にすることもないだろうな。


 はあ、一段落ついたな。そもそも、これが正解じゃなくてもいい。俺が気になったことだ。俺が納得行く形で終われれば、なんでも構わない。


 俺は時計に目をやってから、頭の後ろに手を持っていき、伸びをしながら教室に戻っていった。戻らないと、ホームルームが始まってしまう。遅れるのはごめんだ。俺も伊沢と同じように、目立つのは嫌いだ。

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