第7話 理由


「それで、なんで今日じゃないとだめなんだ」


 ふと、今日梶原と昼を食べることになった経緯を思い出した。梶原は「そうだったね」と口元まで持っていっていた箸を降ろした。


「今日の午後何があるか知らないの?」


「知らん」


 きっぱりと言い、卵焼きを箸で掴んで口に運んだ。


「時間割くらい把握しとくんだね」


 それは確かに大事なことだ。とぐうの音も出なくなってしまい、場が悪くなった。


「理由を教えてくれ」


 見苦しい逃げだ。我ながら情けないふっと笑う梶原。逃げているのが流石にバレたのか。


「せっかく仲良くなれたんだから、一緒の部活に入ろうと思ってね」


「仲良くなった覚えはない」


「釣れないなあ。もっと気楽に行こうよ!」


 はあ、とため息をつく。


「この前から気になってたんだけど、そのメガネ、度高くない?」


 窓を見る俺を覗き込むようにして見てきた梶原。相変わらず近い。それにこれは今関係ない話だ…。だがなぜか俺は、その話にも乗って答えてしまう。


「ああ、裸眼だと0.3くらいだからな」


「悪っ!」と驚かれた。いくらなんでも大げさすぎやしないか。この静かな教室だと、こいつの声量だと悪目立ちしてしまう。目立つことさえも避けたいのに悪目立ちなんて余計にごめんだ。


 俺は1度外した丸渕メガネを袖でレンズを拭いて再びかけた。


「俺はまだ2あるんだよ!すごいでしょ」


「聞いてない」


 視界の端で頬を膨らませるのが見えた。褒めてほしいのだろうか。俺はご飯を一口食べる。


「つばちゃんって、なんだか不思議だよね」 


いきなり何を言い出すかと思えば……。俺は動かしていた口を意図せず止めた。


「おとなしくて落ち着いた声なのに、言葉に棘がある」


 そうだろうか。自分では意識したことがない。


「怖い声でもないんだよ。優しくて落ち着いてる声なのに」


 人に声を分析されるのは、なんだか良い気分には慣れない。


「そうですか」


 俺は結局、適当に流すという行動を取った。


 そしてそのまま前みたいに梶原の雑談を聞き流しながら昼を終えた。時折梶原がスマホをいじっていたのが少しマナー的にどうかと思ったが。特に注意はしなかった。時計に目をやる。まだクラスメートは誰一人として動いていないが、早く行くことに越したことはないと思って、俺は弁当箱の片付けに入る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る