第20話 違和感がないという違和感

「遅かったね。10分も。このすぐ近く自販機あるのに」


 いつもの定位置に座ると、早速千春が口走った。


「ちょっと確認したいことがあったからな」


 確認?と伊沢が首を傾げる。俺は梶原が持ってきたせんべいをかじる。醤油味とちょうどいい硬さ。この食感。日本の風情を感じる。


「俺の後に入った2人。今日、技術棟に入って俺に『なんかいつもと違う』と言ったよな」


 俺はかじったせんべいで2人を指す。2週間ぶりに来た俺もわかったことだ。千春と伊沢もわかるはず。


「おかしなこと…」


「楠木君が来ていること?」


 俺は席を立った。ショルダーバッグを持って。教室の扉に手をかけたが、「嘘や。待って」と訂正された。


 席に戻った。ふたりはまだわかっていないようだ。一つ促しをいれるか。


「ねえ、つばちゃんどういうこ…」


「黙れ」


 俺は人差し指で自分の口に手を当てる。そして三人にそれを見せる。察したようだ。全員が声を消した。そしてその状態で10数秒待機。


 待ちかねた梶原が、口を破る


「ねえ、どういうことだい一体?」


「だから、いつも俺らが入る技術棟はこのくらい静かってことだ」


「あ。確かに今日は静かじゃなかった気がする。なんか違うと思ったんだ」


 千春は納得したようだ。俺は千春に頷いた。


「誰もいないあの棟でどうその状況が作れるか」


 俺はもう一度人差し指を口に当てる。席を立って向かったのは窓だ。その窓をガラガラと開けると、カラスの声や生徒たちの声が侵入してくる。俺が入ったときも、一階の窓は空いていた。


 これを見た3人は、あっけにとられたように何も言えなくなっていた。


「あのときふたりが感じた違和感というのはこれだ。いつもは空いていない窓が開いていて生徒の声で棟が埋め尽くされた。だからいつもの異質な雰囲気が失われたんだ」


「それが自分たちが感じた『おかしさ』やった、と」


 実際、俺も3人から聞いていた技術棟の独特な静けさというのを今日は感じなかった。


 顎に手を当ててうつむいていた伊沢が、顔を上げた。俺は首を縦に振ってみせた。


「梶原を迎えに行くときには、もう窓も閉まっていた。ふたりは閉めていないんだな」


「うん」


「扉もか?」


 俺は眉をひそめた。


「え、扉?どこの?」


「技術室」


 俺は床をトントンと指差す。ちょうどこの2つ下の階は、技術室がある。


「開いてたんだ」


「物理的にな。それも梶原を迎えに行ったときにはもう閉まっていた」


 そして俺が感じた最大の違和感。


「技術棟の一階はものすごく埃っぽかった」


「そう?全くそんなことなかったけど」


 答えるのは千春だった。ふたりが感じていないということは、その時にはもう埃っぽさがなくなっていたということだ。アレルギーを持っていない人間でも、あのホコリの量は咳が出てもおかしくない。どちらか一方でも感じないのはおかしい。鼻が詰まっていたとしても目に来る量だった。毎日部活に出てる3人だ。あのホコリの量はおかしくて午後に来た時に話しているはずだ。


「おれたち三人が上にいる間に技術棟の鍵は閉められ、そして俺が感じた埃っぽさもあの違和感も消えていた」


「ほこりっぽいのは仕方ないよ。ここを掃除する人はいないんだから」


「2週間前、俺らは掃除をしただろう……あれは2週間で堆積できるホコリの量じゃなかった。ホコリっぽさも二階で消えていたんだ。つまりホコリがたくさんあったのは一階だけ」 


 そして、鍵を閉めた犯人を決定づける証拠がここにある。


「この棟では、ほとんど授業がない。技術自体、座学なら教室でも受けれるからな」


「僕たちも技術は座学だった」


「梶原を閉じ込めたのは、技術科目担当の教師だろう」


 俺はスマホを開き、1枚の写真を出してスマホを机においた。


 3人とも目の色が変わった。気づいたようだ。


「2年生と3年生のクラス、1から6時間目まで授業がある」


 

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